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わたくし、恋愛結婚がしたいんです。  作者: 青柳朔
第三部

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13:氷の微笑

 エミーリアが姉夫妻が王城にやって来ていることを知ったのはつい先ほどのことだ。リンハルト公爵夫人とのお茶会を終えたところでテレーゼが気を利かせて教えてくれたのだ。最近エミーリアは忙しさのあまり家族とゆっくり過ごす時間がなかなかとれていないことをテレーゼは知っているのだ。


(お姉様が陛下とお会いしている?)


 なぜ? と思うのは当然だろう。

 エミーリアとマティアスの結婚によって縁戚関係になるとしても、もともと親しい知り合いでもなんでもない二人である。そしてコリンナの夫であるリヒャルトは夜会にも滅多に参加しないし王城にやって来ることもほとんどない。そんな二人がなぜマティアスと会っているのか。

 エミーリアは急いでお邪魔しても良いかと知らせを入れた。よほどの用件でなければマティアスの婚約者でありコリンナの妹であるエミーリアの同席を拒んだりはしないだろう。

(……お姉様が陛下に何をおっしゃるか……)

 レオノーラに関する対応をエミーリアが任されたと知って、コリンナは怒っていた。コリンナは良くも悪くも自分に素直な人だ。怒りをそのままマティアスにぶつけていてもおかしくはない。

 そしてリヒャルトはそんなコリンナを止めないだろう。そういう人なのだ。





 そわそわしながら待っていたエミーリアがようやく三人のいる部屋にたどり着いた時には、なんとも言えない空気が漂っていた。

 もちろんそれはエミーリアが感じ取っただけで、表面上はなんの問題もなかったように見える。やってきたエミーリアにコリンナはにこりと微笑み、マティアスは手を取ってエスコートしてくれた。

「ちょうど世間話をしていたところだ。君も姉君と会うのは久しぶりなんじゃないか?」

「ふふ、実はこの間我が家で会ったばかりです。ありがとうございます陛下」

 マティアスの気づかいが嬉しくてエミーリアは自然と笑顔になる。

 しかし、女官がエミーリアのお茶を準備している間にエミーリアは悟った。

(……間に合わなかったみたい……)

 コリンナのうつくしい微笑みの下には紛れもなく怒りが滲んでいて、それはエミーリアではなくマティアスに向けられている。ちらりとヘンリックを見ると肩を竦めていたので一悶着あったのは間違いない。

 さて、問題はここで追及するべきか否か。エミーリアは考えた。

 コリンナは淑女らしい振る舞いで隠しているものの怒っていることは確か。しかしマティアスは普段と変わらないように見える。

(陛下は温厚な方だものね……お姉様に何か言われても簡単に腹を立てたりなんてしてないのかも……)

 ひとまずエミーリアは当たり障りのない会話をすることにした。素直にマティアスの言葉を信じて世間話でもしよう。

(とはいえお姉様たちを無視して陛下とお話していたら、お姉様はますます怒るわよね?)

 それにテレーゼやマティアスもエミーリアが家族と交流する場となるように気を使ってくれたのだ。ここで話しかけるならコリンナかリヒャルトにするべきだろう。

「お義兄様が外出なさるなんて珍しいですね」

 結局、エミーリアはこの場で一番何を考えているのかわからない義兄に話しかけることにした。

 それに単純に疑問だったのだ。リヒャルトが王城に来てマティアスに会わなければならないような用件とはなんだろう?

「研究していた新しい薔薇ができたから、その報告に来たんだよ。今日はコリンナがおまけだ」

「あら、そのおまけがいなければ約束の時間に間に合わなかったと思うけど?」

 リヒャルトの発言にコリンナがじとりと睨みつけている。このくらいはいつものことだ。エミーリアは見守っていればいい。

「それにしても、新しい薔薇……ですか? どんな薔薇か気になりますね」

 薔薇といっても形も色もさまざまだ。どんな薔薇か想像もできない。

 エミーリアがそう言うと、周囲はなぜかほっこりと微笑んでいる。まるで子どもを見守るような生暖かい目にエミーリアは首を傾げた。

「城の温室でも栽培されるから、今度陛下に見せてもらうといいよ」

「そうだな。今度ゆっくり時間をとって見に行こう」

「は、はい……?」

 リヒャルトの提案にマティアスは甘い表情を隠すことなく約束してくれるが、なんだかいたたまれなさを感じるのはなぜだろうか。新しい薔薇とやらを見たらわかるのだろうか。


「陛下は本当に、エミーリアのことを愛してくださっているのですね」


 ふふ、とコリンナは笑みを零しているのにその声はどこかひやりとしていた。

(お姉様がこんなに怒っているなんて珍しいんだけど……)

 もともとコリンナはエミーリアに対して怒ることはほとんどない。父と口論になったときも声を荒らげるほうで、静かに怒るというのは珍しい。

 そんなにマティアスと相性が悪いのだろうかとエミーリアは心配になるが、リヒャルトは素知らぬ顔をしている。

「ああ、もちろん」

 そしてマティアスの当然だと言わんばかりのはっきりとした返答に、エミーリアの心臓は思わずきゅっと締めつけられる。不意打ちだ。嬉しい。

「それなら」

 コリンナのうつくしい唇が声を紡ぐ。

 芸術品のように完璧な微笑みのまま、コリンナは問いかけた。


「もしも国民全ての命か、エミーリア一人の命か。どちらかを選ばなければならないとき、陛下はどちらをとりますか?」



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