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わたくし、恋愛結婚がしたいんです。  作者: 青柳朔
第三部

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11:内密の問いかけ

 にこにこと笑顔を浮かべたコリンナに品定めされている。そんな気分を味わいながらマティアスはどうしたものかと頭を悩ませた。

 マティアスにはコリンナから喧嘩を売られたところでそれを買う理由はない。コリンナと不仲になればエミーリアが悲しむだろう。

 そしてこういう態度の女性と話すのは人生で初めてで、どうしていいのかさっぱりわからない。

 マティアスに自発的に寄ってくる女性は王妃の地位やそれに近いものを狙う人々ばかりだ。当たり前だが喧嘩を売ってくる女性なんていない。

 とりあえず喧嘩を買わずに受け流すべきだろう。


「……いい名前だ。私もこの薔薇を見てすぐに彼女を思い浮かべた」


 やさしい緑色。エミーリアの瞳の色に似ているし、小さめの花はエミーリアの可憐さと謙虚さと表しているようだ。

 コリンナはマティアスの反応に目を丸くしていた。そしてすぐにその目は探るようにじぃっとマティアスを見る。

「勝手にご婚約者様の名前を使ってお怒りになりませんの?」

「勝手もなにも、私が決めることではない。それに姉であるあなたが本当にそれを望んでいるのなら、エミーリアは嫌がらないだろう?」

 エミーリアなら少し恥ずかしがるかもしれないが拒むことはないだろう。

 エミーリアがコリンナからの少し重そうな愛情に気づいているのなら、まぁしかたありませんねと苦笑することもあるかもしれない。エミーリアから聞く姉の人物像とは少し違うので、気づいていないのか、それとも気づかないふりをしているのか。

「……陛下が何もおっしゃらないなら、正式にこの名前で決まりですわ。そうでしょう?」

「もちろん」

 ふぅ、とため息を吐いたあとにコリンナはそう告げて、夫であるリヒャルトに確認をとる。

「数株、王城の温室に運び入れております。ぜひエミーリアと一緒に楽しんでくださいませ」

「エミーリアはまだこの薔薇を知らないのか?」

「ええ、できるまでずっと内緒にしておりましたもの」

 エミーリアは事前に『あなたの名前をつけた薔薇を作ろうと思うの』と言われて『そうですか』と聞き流すようなタイプではない。むしろマティアスが最初に考えたようにコリンナの名前の薔薇を作るのではと思っているだろう。姉より先にどうして、と訴えるはずだ。

 新しい薔薇ができて、国王からの承認を得てからの事後報告。なかなかの策士だ。




 それから軽い世間話が始まり、マティアスは内心で首を傾げていた。そのうえそろそろ「ではこれで」と話が終わってしまいそうだ。

 ちらり、と護衛のヘンリックに目配せする。するとすぐに察したヘンリックは他の護衛や書記官を下がらせた。

「あの……?」

 それにすぐに気づいたコリンナが訝しげに眉を寄せる。

「何か私に言いたいことがあるんじゃないのか?」

 書記官がいれば会話は記録される。マティアスは喧嘩を売られたと感じた会話も文字だけの情報となれば当たり障りのないただの世間話みたいなものだ。

 コリンナはぱちぱちと瞬きをした。その反応がエミーリアと似ていてああやはり姉妹なんだなとマティアスは笑う。

「こうして話せる機会はなかなかもてないだろう。言いたいことがあるなら聞くが」

 他でもないエミーリアの姉であるコリンナだから、マティアスも無視はしない。

「……先に申し上げておきますが、いくら婚約者の姉であろうと護衛を下がらせるのはどうかと思いますわ」

「一人残っていれば十分だ」

 複数いた護衛も、今はヘンリック一人になっていた。しかしその一人にマティアスは絶対の信頼を寄せている。

「さようですか。……ではせっかくの機会ですし、素直に申し上げます」

 はぁ、とため息を吐いたあと、コリンナはまっすぐにマティアスを見た。エミーリアと同じく緑色の瞳――しかしエミーリアよりも青みがかっていて、深い色をしている。

「陛下がエミーリアを大事にしてくださっていることは、あの子からよく聞いております。はじまりは政略結婚でしたが、結果としてはそうならずになりそうで私としてもほっとしているんです」

 そう言いながら、コリンナの目は穏やかではない。

 素直にそのままありがとうございますと言われて終わる空気ではないことはマティアスにもすぐにわかった。

「陛下の婚約者として、エミーリア以上にふさわしい女性はいないでしょう。陛下もあの子を未来の王妃として正しく扱ってくださっている」


 マティアスの眉がぴくりと動く。

 未来の王妃として、正しく。


 どうにも棘があるような言い方だ。それではまるで、マティアスがエミーリアのことを王妃としてふさわしい女性だから大事にしているように聞こえる。

 婚約そのものに反対しているわけではないようだが、賛成しているとも言い難い。そんな空気がコリンナにはある。

「……簡潔に。何が言いたい?」

 マティアスは息を吐きながらコリンナに問う。本来ならば間に入るべきリヒャルトはなんてことない顔で黙っている。妻を止めるつもりはないらしい。

 もとよりマティアスが言いたいことがあるなら言えと護衛や書記官を下がらせたのだ。まだるっこい言い方はやめてほしい。


 ふふ、とコリンナは笑った。

 誰もが見とれるであろう、うつくしい微笑みにマティアスの心はまったく震えない。それがコリンナのような女性にとっての武器であることを知っている。

 目の前で武器を見せられ、阿呆のように見とれるはずがないのだ。


「では、簡潔に申し上げましょう」


 微笑みを浮かべ、コリンナは告げる。

「陛下がエミーリアを大事になさっていることはわかっております。でも、その愛情表現はきちんと伝わっていますか? ……伝えていますか?」

 マティアスはなんのことを言っているのかすぐにわからなかった。

 愛していると、それはエミーリアに伝えている。彼女もそれをわかっていてくれるはずだ。それを今さらなぜコリンナから問われているのか。

 コリンナはマティアスの顔を見て続けた。


「……国王としてではなく、ただ一人の男として、ただ一人の女性を愛しているのだと。エミーリアに、伝わっております?」



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