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わたくし、恋愛結婚がしたいんです。  作者: 青柳朔
第三部

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9:王妃になる覚悟

 休憩時間に顔を見にきただけだというマティアスが時間切れだと残念そうに去っていくのを見送りながら、エミーリアは細く息を吐いた。

(せ、せっかくの機会なのにレオノーラ様とはまったくお話せずに戻ってしまわれたわ……)

 やってきたマティアスはレオノーラやベアトリクスに一言二言声をかけたあとはずっとエミーリアに構い倒しだった。




「相変わらず仲が良いみたいで良かったわ」

 ふふ、と笑いながらベアトリクスに言われた瞬間、エミーリアは心の内で冷や汗を流した。もちろんそれを顔に出すような真似はしなかったけれど。

 言葉の通り受け取れば褒め言葉かもしれないが、ベアトリクスは「客人を放置するのはいかがなものかしら?」という意味も含ませてある。

「……恐れ入ります。陛下もお疲れのようで、お二人にあまりご心配をおかけしたくなかったのだと思います」

 エミーリアも微笑み返しながらマティアスをフォローしておく。疲れた顔をあまり見せたくなかったようです、ということにしておく。とベアトリクスのことだから、嫌味といえば嫌味かもしれないが、どちらかというと忠告の意味合いが強い。私相手に失敗するのは構わないけれど、他の人には気をつけなさいということだ。

(陛下も、相手がお身内だから気が緩んでいただけでしょうし……)

 大事な客人や公式の場で周囲が見えていないような行動をするような人ではない。


「……驚いたわ」

 レオノーラがぽつりと零した。

 独り言というにははっきりと、しかし誰かへ話しかけているというには曖昧な響きにエミーリアは首を傾げる。

 するとレオノーラがエミーリアを見る。射抜くような強い眼差しだが、敵意はない。

「まさかあのマティアスが恋愛馬鹿になってるなんて想像もしていなかったもの」

(れ、恋愛馬鹿……)

 くだけた表現にエミーリアは困惑した。笑顔を取り繕うのも違う気がして、ちらりとベアトリクスに助けを求めるがやんわりと拒まれてしまった。助けるほどではないと思っているのか、助けるつもりがないのか。エミーリアには判断しにくい。

「別に悪いとは言っていないのよ? 堅物だった昔に比べたらずっとマシだわ」

「陛下は今も昔も素敵な方ですよ」

 まるで昔は駄目だったというようなレオノーラの口ぶりに、エミーリアは思わず口を挟む。あら、とレオノーラの瞳に面白がるような色が滲んだ。

「陛下は初めでお会いしたときに、わたくしが嫌いで仕方なかったこの髪を、やさしいミルクティー色だと慰めてくださったんです。それ以来わたくしは、この髪がとても好きになりました」

「まって。それ、婚約が決まったときに……いえ、初めて会ったときならそれ以前かしら?」

 レオノーラの問いににこやかに微笑みながらエミーリアははい、と答えた。

「わたくしが七歳のときです。そのときは陛下はまだ王子殿下でいらっしゃいましたね」

「……随分前の話なのね」

「はい! わたくし、そのときは陛下のことを存じ上げませんでした。そのあと国王陛下になられて……陛下の隣に立つために、頑張りました」

 勉強は嫌いではなかったので苦にならなかったが、それでもエミーリアが詰め込んだ勉強量は普通ではなかった。礼儀作法もダンスも手を抜かず、貴族の娘としては必要以上の教養を身につけた。出来る努力はすべてしたといっても過言ではない。


「それほどまでして王妃になりたいの?」

「ええ。なりたいです。陛下の隣にいるためには、王妃になるしかありませんから」


 ただ王妃になりたいのかと言われたら違う。他国へ嫁げと言われたらエミーリアは首を横に振るだろう。マティアスが国王だったから、共に生きたいと願えば目指す先はひとつだった。

「……それほどいいものでもないでしょう。苦労のほうが多いかもしれないわ」

 レオノーラが紫紺の瞳を伏せ、そう呟いた。

「まだその地位にないわたくしにはわからないことも多いのでしょうが、楽な立場ではないことは知っているつもりです」

(……レオノーラ様からそう言われると、重みが違うけれど)

 既に王妃として国王を支える立場にあるレオノーラは、今のエミーリアが想像している以上の苦労を背負っているのだろう。王族として育った彼女でさえ苦労するのなら、公爵令嬢であったエミーリアはさらに苦労するかもしれない。

 だがエミーリアは、この座を誰かに譲るつもりなどない。

「それならあなたは、王妃として何をなさるおつもり?」


 王妃として。

 婚約者として、ではなく。


 その問いに、エミーリアはいつの間にか一つ目の難関を突破していたらしいことを知った。

「……そうですね、まずは教育を充実させていきたいのです。庶民の子どもたちへの初等教育、そしてさらにそこから才能ある子へはもっと高度な教育を受けられるようにしたいと思いますし、他国への留学制度も整えたいと思います。地方貴族の現状を把握してより今の時代にあった統治の方法を見直していきたいとも思います」

 改めて誰かに話したことはまだない。しかしエミーリアは婚約期間で経験したことを踏まえて、変えていくべきだと思うことは既に頭にあった。

 まずは育児院の子どもたちから教育を施し、徐々に庶民全体へ広げていきたい。未来の選択肢を増やしてあげたいと思う。

 さらにオリヴァー・ゼクレスに出会ったことで知った地方貴族の現状。昔のままの統治を続けて領地の運営が行き詰まっていた。おそらく似たような領地はまだあると思う。

 すらすらと今後やりたいこととして語ったエミーリアに、レオノーラは苦笑した。

「それ、全部できると思っていらっしゃる?」

子どもの夢物語を聞いたかのような表情のレオノーラに、エミーリアはにっこりと微笑み「いいえ」と答えた。

 エミーリアが考えていることは一年二年で出来ることではない。時間をかけて変えていかなければならないことだ。並行して行えばどうにかなるかもしれないが、そのための人員も予算も今のエミーリアには自由にできない。


「すべては無理かもしれません。ですが、わたくしの夢をひとつでも多く叶えることができたら、この国はもっと素晴らしい国になります」


 エミーリアは自信をもってそう告げた。

 そのためにエミーリアは努力を惜しまない。マティアスの隣に立ち、彼を支えると決めたときから苦労する覚悟はできているのだ。



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