プロローグ
――そうして、悪い魔法使いは聖なる騎士に打ち倒されました。
高い高い塔の上に捕らわれていたお姫様は聖なる騎士によって助け出されたのです。
めでたしめでたし、で終わるお話に、女の子たちはきゃあきゃあと声を上げている。
いいなぁ、わたしもおひめさまになりたい!
わたしのところにはおうじさまがきてくれないかなぁ!
そんな無邪気に物語の余韻に浸る女の子たちの輪から抜け出して、小さくため息を吐き出した。
「みんなお姫様になりたいなんてバカみたい」
そんなもの、なれるはずがないのに。
だってお姫様は特別だから、騎士が助けに来てくれたり、王子様がプロポーズしたりするのだ。王都の片隅の、庶民の子どもたちにとっては夢のまた夢の話。
「おまえはちょっとひねくれすぎ」
呆れたような声が頭の上から降ってきたかと思うと、ぽかっと頭を叩かれる。むぅ、と頬を膨らませて頭上を睨みつけた。現実的だと言って欲しい。
「だって、みんなのところに騎士様が来てくれるわけないじゃない。騎士様は王様やお姫様を守ったり、この国を守るのが仕事なんでしょう?」
「そりゃそうだけどさぁ……」
――でももうちょっと夢を見たっていいんじゃないの。
癖のある髪をくしゃくしゃとかきながら彼は言う。夢を見ろと言われても、なかなか難しい話だ。だって現実は夢を見る暇もないほどに忙しく、そして残酷だから。
「……しゃーないなぁ。じゃあ俺が約束するよ。もしもおまえが悪い人に捕まって捕らわれのお姫様になったら、俺が助けに行ってやる。必ずおまえを、連れ戻すよ」
だから、それで満足しろよ。
その言葉に、思わずぷはっと笑った。
「変なの! あなたは騎士様も王子様も似合わないわよ!」
だって彼も王都の片隅で暮らす庶民の一人。どうやったって騎士様にも王子様にもなれやしない。
それなのにかっこつけて約束してくるものだから、笑うしかないじゃないか。
「言ったなぁ!?」
じゃれあうように拳で頭をぐりぐりとされる。こういう子犬のような触れ合いはいつものことだ。
……いつものことだと、思っていた。
お姫様になりたいと願ったことはない。
だって、どうやったって自分はお姫様になんてなれない。みんなの特別にも、誰かの特別にも、なれっこない。
遠い遠い昔の――きっと相手は忘れてしまったであろう約束を思い出して、小さく笑う。
守られることのないとわかっているのに、思い出と一緒に大切にしてきた幼い約束は今もキラキラとしていて、胸を締め付けてくる。
「……ほんと、できない約束なんてするもんじゃないわ」




