一文字入魂
鶴見知世はごく普通の書道家である。毎日心を鎮めて墨を磨り、毎日一枚の紙に魂をこめて文字を書く、齢65の書道家である。今日も今日とて、書道教室に来たお弟子さんにお手本を書いて渡して指導をした後、行きつけのコンビニでイカ墨パスタと歯ブラシを買って家路についていた―――のだが
ギュギュイッ!!ギューウイ!!!
ドガ――――――――――――ん!!ぐわしゃぁああ!!ぶちゅ。
真っ白な空間。鶴見知世の魂と、女神が対面している。
「鶴見知世さん、あなたは気の毒ですが人生を終えてしまいました。転生してもらいます。」
「はあ。」
「あなたにはチートをお一つ差し上げます。ステータスをご確認ください。」
鶴見知世(65)
レベル70
称号:転生者
保有スキル:一文字入魂
HP:5
MP:97
「というわけで、いきなり草原に、たった一人で、取り残されて…。」
べよん、べよん。
水色の、ぶよぶよした丸い塊が書道家の前に現れた!
「これは、スライムというものではなくて?!まあ、どうしましょう!」
うろたえる、書道家。
「ええっとっ!保有スキル!試したら、何か変わるかも、一文字入魂?」
うばほん!!!
書道家の愛用書道セットが出てきた!書道家は、一文字、心をこめて、書き始めた。
「滅…そうね、消滅、しなさい。この場にふさわしくないものは、滅するべき存在なの…」
しゅううううううう!!
この世界にふさわしくない書道家は消滅してしまった!スライムは残された墨で遊んでしまって黒くなってしまったという。
「う、うーん???なんか夢でも見ていたような??」
書道家は時間を巻き戻されて、コンビニの前に立っていた。コンビニの前で立ち止まる前に、ちょっとだけ時空がゆがんだのだが、それに気づく様子はない。
書道家はコンビニでイカ墨パスタと歯ブラシを買って帰路に就くと、家の近所の交差点で車の暴走事故が発生していた。
「もう少し早く通りかかってたらひかれてましたよ、怖いですね、気をつけませんと、ね。」
書道家は、書道教室を開いて後身の育成に力を注ぐだけでなく、自らの人生をテーマとした文字の書を日々の糧としずいぶん作品を発表しましたが、なかなか自身で認めることのできる一枚を仕上げることができないまま年を重ね、88歳で米という文字を書いた次の日にこの世を去ったということです。




