幼馴染み萌え~♪
井手が教えてくれた、一ノ関の幼馴染みの女性は現在、中区のビジネス街で働いているらしい。
和泉はその足で彼女の勤務先だという某企業のコールセンターへ向かった。
一ノ関の幼馴染みが働いているビルは、かなり前、捜査1課にうつって初めての時に扱った事件の折り訪ねたのと、奇しくも同じビルであった。
ただ、会社は違っていたが。
1階のロビーは吹き抜けになっていて、広いスペースのあちこちにベンチが設置されている。
予め連絡を入れておいたところ、会ってくれるという返答だった。
ベンチには座らず、立ったまま和泉はその女性を待っていた。
しばらくして向かいから歩いて来た若い女性が、
「先ほどご連絡くださった……和泉さん、ですか?」
声をかけてくれる。
「そうです。お仕事中、申し訳ありません」
「お待たせしました、山下真由子です」
そう言って彼女は首からストラップで提げたネームプレートを持ち上げてみせる。
オフィスカジュアルが許されている会社らしく、コットンシャツにクロップドパンツというラフな格好だ。
「県警の和泉と申します」
和泉は名刺を彼女に渡した。
「……たっくん……一ノ関卓巳君のことですよね……?」
彼女は幼馴染みの訃報を聞いていたようだ。
思い出したら泣けてきたのか、彼女は目を真っ赤にして鼻を啜り始めた。
「……お辛いところを申し訳ありませんが、少しお話を」
「自殺なんて、嘘です!!」
彼女はいきなりそう叫んだ。
まわりにいるビジネスマンや清掃員が、驚いて振り返る。
「落ち着いて、なぜそう思うのか教えていただけますか?」
少し場所を変えましょう、と和泉は柱の影に移動することを勧めた。
彼女は小さく頷き、大人しくついてきてくれた。
そして和泉が何か言う前に、
「だって約束したんです!! 会って話したいことがあるって。なかなかお互いの都合がつかなくて、結局、来月の頭に決定したんですけど」
「……それは、いつの話ですか?」
「先週の木曜日の夜です」
一ノ関が北条に、相談に乗って欲しいことがあると言ってきた夜だ。
「彼、なんかいろいろ悩んでるみたいでした。よく知らないけど、警察学校って大変だって聞いていたから……転職するつもりなのかな、って。ちょうどうちの会社、新しい人を募集しているところだったから、誘ってみようと思っていました」
来月頭の約束。
彼はちゃんと将来を考えていた。
「一ノ関さんは、どう言う人でしたか?」
「……彼、子供の頃はとても快活な野球少年でした。将来はプロ野球選手になりたいと思っていたぐらいです。でも、何があったのかわかりませんが……ある日突然、野球を辞めてしまって、それから塞ぎこむことが多くなりました」
「失礼ですが、あなたは一ノ関さんと……?」
「彼がどう思っているかはわかりませんが、私は彼のことが好きでした。私達、高校も同じだったんですけど、卒業する時、たっく……一ノ関君が県警に入るって聞いて、しばらく会えなくなるから……私、思い切って告白したんです。でも彼、自分にはそんな資格はないって……」
「資格?」
「野球をやめたことと、何か関係があるのかどうかわかりませんが、とにかく自分は公務員として県民のために尽くすんだって言っていました」
意外だった。
北条や先ほどの井手から聞いた話では、彼は寺尾に引っ張られて仕方なく県警に入ったような、そんなイメージしかなかったから余計だ。
次にどう質問をつなげようか、和泉が思案していると、
「もしかして、寺尾って人が……何かしたんじゃないですか?」
向こうから思いがけない問いかけがあった。
「え……?」
「私、一度だけ見たことがあるんです。たっくんが寺尾とか言う人と話している場面。なんて言うのか……脅されているような感じでした」
「内容はお聞きになりましたか?」
「ちらりとだけ、ですけど。なんだか、黙っていて欲しかったら……誰にも言うなとか。相手はヤクザだとか……」
「……それは、いつ頃の話です?」
「まだ、私達が高校1年生だった頃です。彼の部屋と私の部屋、手を伸ばせば届くぐらい近くなんです。とある暑い夜に、窓を開けていたら隣からそんな会話が聞こえてきて……」
またここでも寺尾、か。
何かある。
和泉は今後、この男をよく注意しておこうと考えた。
「あの、刑事さん」
「はい」
「もしも、たっくんが誰かに殺されたのだとしたら……私にも教えてください」
目に涙を浮かべて懇願する彼女は、かなり本気のようだった。
聞いてどうするのだ。などと、問うまでもない。
「ご協力をありがとうございました」
和泉は立ち上がってビルを出た。
そうだ。西岡の遺体を解剖に回すよう、連絡しておかなければ。




