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私が警察官を志した理由:1

 午後の授業がすべて終わり、残すはホームルームのみとなった。 

 誰が書いたのか、黒板にはチョークで『私が警察官を志した理由』と書いてある。


 ほとんど猶予のない時間の中、どうにか文章をまとめた周は、まわりの仲間達は果たして何と書いたのだろうかと気になった。


 陽菜乃は今日も、実技とその他の授業に参加しなかった。

 それなのに、今はこの場に皆と一緒に列席している。

 どういうつもりだろう?


 ガラ、と教場の扉が開いて昨日と同じく、北条と和泉が入室する。


 そして驚いたのは、その後ろに沓澤が続いていたことだ。


 なぜか陽菜乃がガタっ、と立ち上がる。


「座りなさい」

 北条が静かに告げるが、彼女はひどく困惑した顔で、まるで逃げ道を探すかのようにキョロキョロし始める。

「座りなさい!!」

 それこそ目にも止まらない早業で、北条は彼女の肩を抑えつけ椅子に座らせた。


「さて、全員……課題は済んだかしら?」

 口元は柔らかく笑っているが、目が全然笑っていない。


 できませんでした、なんて答えようものなら張り飛ばされそうな空気が漂っている。

 思わず周はごくん、と喉を上下させた。


「ま、無理でしょうね。時間的に言って」

 なんだそれ。

「そんな訳で特別プログラムよ。興味のない人間は聞き流してくれていいわ、それじゃお願いね」

 北条は椅子に腰かけ、腕と足を組んだ。


 和泉は彼に向かって小さく頷き、手元に持っている大学ノートを開く。

 そして。


「私が警察官を志した理由。一ノ関卓巳」


挿絵(By みてみん)


 えっ? と、教場の中は静まり返った。


 ※※※


 私はとある、小さな田舎町で生まれた。

 農家を嫌がった父は私が小学校に上がった頃、広島市内に就職先を見つけ、そこで私達家族は市の中心部に移転し暮らし始めた。


 文章は続く。


 どうやら自分は足が速かったらしい。自覚はなかったが。

 ある時、近所に住んでいた同級生の誘いに乗るまま、とある少年野球のチームに入った。

 チームの監督は私を買ってくれた。自分の足を活かして、もっとチームの役に立てないか。そんな向上心も生まれた。


 その時。私と同じポジションを狙っていた、とある少年がいた。仮にAとしておこう。


 Aは私よりもずっと前から同じチームで活躍している、いわゆるレギュラーであった。

 つまりライバル関係である。


 それは小学校3年生の頃。

 私とAは夏の大会に向けて互いに競い合っていた。次の試合に出られるのは、選出されるのは?


 どうしてもAに勝ちたかった。ここで選ばれることができればもしかすると将来、プロになれるかもしれない、そんな囁きさえあったからだ。


 当時の私は必死だった。それは一種の賭けであり、必ず自分が選出されるという保証などどこにもない。

 悩んでいた私に声をかけてきたのが……Tとしておこう。


 Tは私に、これをAの飲み物に混ぜておけと何か薬のようなものを渡してきた。


 それが今で言うところの【ドーピング】アイテムだったなどと、幼かった私にどうしてわかるだろうか。


 これを飲んだことが後でバレれば、Aはチームから永久に追放されるだろう。


 まさに悪魔の囁き。

 Tの勧めに従い、私はその薬をAの水筒に混ぜた。


 結局、その薬が何だったのか未だにわからないが。Aは大切な選抜試合の途中で突然、体調に異変をきたし、そのまま病院へ運ばれた。


 私はレギュラーに選出され、Tに心から感謝した。


 だが。Tはその後、私を脅してきた。


 お前がAに飲ませたのは毒薬だ。このことをAやその家族にばらしたら、お前もお前の家族も全滅だ。Aの父親は県内で少しは名の知れた暴力団関係者なのだから。

 家に火をつけられて、殺されるかもしれない。


 どうすればいい?


 混乱する私に、Tは言った。


 今後、自分のために奴隷として尽くすなら黙っていてやると。

 どうして否などと言えるだろうか。


 誰にも言えなかった。

 私は野球をやめ、Tの奴隷と化した。


 自我に目覚め、物の道理がある程度はわかるようになった年齢に達した時。


 両親なり教師なりにすべてを正直に明かし、思い切ってTから一切離れるという選択肢もあっただろう。だが中学生の頃、私のいたクラス内ではイジメがあった。

 いわゆるスクールカーストと呼ばれる三角形の中、Tは上位をキープしていた。

 だからTの後ろに隠れている限り、自分が被害に遭うこともないだろう。そんな保身が働いたのは確かだ。


 高校からはTと別々になれるとわかった時の開放感!!


 だけど。私には幼い頃のあの出来事が、ずっとシミになって心に張り付いていた。

 そのせいだろうか。私は誰にも心を開くことができず、高校に上がってからは友人らしい友人もでき

ずにいた。

 幼馴染みの真由子はいつも私を気にしてくれていたけれど、彼女の好意を素直に受け取ることもできなかった。


 さて、ここから私は重大な告白をしなければなるまい。


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