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たまにはデレてみる

「班長、ありました!!」

「こっちもです!!」


 和泉が犯人だと見当をつけた人物の部屋からは、紛失したはずの一ノ関のスマホ、彼が個人的に書いていた日記、そして。

 薬品の入った茶色い小瓶が発見された。


「……さしずめ、お宝の山ってところでしょうかね……」

「宝なもんか。人の命を3人も奪っておいて……」

「3人じゃありませんよ……4人です」

「4人? お前は誰を念頭に置いて話している? 自殺したとされた学生と、事故で亡くなったとされた学生と……あとは……そうか!!」


 今から3年前、包ヶ浦海岸で亡くなった少年。

 そして。

「でも、宇佐美梢の事件の時は……奴にはアリバイがあったよな?」

「アリバイなんて関係ありません。直接的にしろ、間接的にしろ……彼女が亡くなる原因を作ったのは、あのクズです……」


「彰彦……」

 聡介が隣に立つ和泉の様子を伺うと、彼は握った拳を震わせていた。

「どうしてあんなのが、我々と同じ警察官を名乗っていいんですか? 奴はもはや人間ですらない!! 動物以下だ!!」

 

 いつもそうだが、和泉は事件に関わったすべての人物達の心情に自らの心を寄せ、感情移入してしまう。

 同じ立場に立って、同じ景色を見て、その悲しみ、悔しさを共有する。


 だからこそ、彼には真実が見えるのかもしれない。


 そして、一つの事件が終わりを迎えようとする時。

 彼なりに判定を下しているのだと思う。

 自分達は判事ではない。だからあくまで、胸の内でだけ。


 今回の事件の犯人には同情すべき余地がない。

 今の彼は、強い怒りに震えているのだ。


 和泉は虚ろな目で訊ねてくる。

「ねぇ聡さん。僕達の仕事って、なんですか?」


「真実を明らかにすることだ。今はただ、それだけを考えろ」

「それで、誰かが救われるんでしょうか……?」

「少なくとも、このまま闇に葬られることはない。それだけでも……救いじゃないか」


「わかりません」

「わからないって、お前……」


「上は必死になって隠蔽しようとするでしょう。もっとも、こんなこと公にならない方がいいのは確かですが」

 確かにそうだ。


「それに……周君が……」

「周君が、どうかしたのか?」


 和泉の言う『犯人』と、周が親しくしていたとは思えない。


「……何でもありません、忘れてください」


 ※※※※※※※※※


 学校に帰りついた時は、周も倉橋も2人揃ってヘロヘロであった。

 何人かに職務質問をした結果、これと言って手柄に直結するような摘発はできなかったけれど、実地訓練を経験して良かったとは思う。


 とは言っても。

「周……大丈夫か?」

「他人の心配してる場合じゃないだろ。護だって、足がふらついてる……」

「う~……作文やらなきゃいけないのに、無理だぁ……」


 広島市内からここまで歩いた距離を計算すると、気が遠くなるのでやめよう。足が棒のようだ。

 まずは昼食を摂ってちゃんと休憩しよう。


 周がフラフラしながら廊下を歩いていると、前方に和泉の後ろ姿が見えた。


 気付かれないようにしよう。こんな状態で奴に見つかったら何を言い出すか、やりだすか容易に想像がつく。


 しかし。気のせいだろうか、いつもと少し様子が違う。


 もしかして……泣いている?


「周?」

「悪い、先に行ってて……」


 周はゆっくりと和泉に近づき、手を伸ばして、そっとその背中に触れた。

 びくっ、と大きく震えて彼は振り返る。


「周君……」


 和泉は泣いてはいなかった。でも、今にも泣き出してしまいそうな、そんな表情(かお)をしている。


「……全部、わかったんだ?」

 犯人も、その動機も。


 だから。

 苦しくて、辛くてやりきれない。

 彼は悲しみに暮れている……。


 俺がもう少し、背が高かったらな……いや、まだ伸びしろはある。

 周は爪先立ちになって、和泉の首を抱えこんだ。

 ふわり、と彼が好んで使用する柑橘系の香りがした。


「和泉さんは優しいね……犯人を挙げたっていう手柄よりも、被害に遭った人達の気持ちを考えて、悲しくなっちゃうんだろうな」

 

 和泉が感情豊かで優しい人だということを、周はもうずっと前から知っている。


「あともう少し待って。俺も、必ず刑事になるからね」


 公に彼の相棒として、隣に立つことができるようになったら。

 同じ位置で、同じものを見聞きする。

 そうしたら、苦しさも悲しさも2人で分け合うことができると信じている。


「そうしたら辛いことも楽しいことも、2人で共有しようよ?」


 ぎゅっ、と抱き返されると、苦しくて少し息が詰まった。

 今、彼の抱えている感情がダイレクトに伝わってくるような気がして。


「ありがとう、周君……」

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