俺のとは違うなぁ~?
かつての部下で後輩でもある沓澤は、首を横に振る。
そうして返ってきたのは直接的な答えではなく質問だった。
「……いつですか?」
「え?」
「この写真が、隊長のところに届いた時間です……」
北条は画面をタップし、タイムスタンプを確認した。
「昨日の午後7時50分ごろ……ってところね。撮影されたのは7時18分から26分ってなってるわ」
すると沓澤はなぜか、ほっとしたような顔になった。
「……誰が? とは、訊かないのね」
「……そんなの、わかりきってます」
彼が誰のことを念頭に置いて言っているのか、北条には見当がついている。
ただ今は、そこはたいした問題じゃない。
「それで、どうなの?」
沓澤は俯き、全身を震わせている。
「昨日、大会の後……ひ、水城と一緒にいたことは否定しません」
「どういう事情なの?」
「……」
なかなか答えは出ない。
彼から何か言いだすまで、もう質問を重ねることはすまい。
北条も口を固く閉じて前を向いた。
しばらくして、
「……俺はこの子に手を出したことは、一度だってありません……それだけは真実です!!」
「でしょうね。あんた、奥手だもんね」
少し、場所を変えましょう。
そう言って北条は問題の写真を撮られた駐車場に行き、車の中で話すことにした。
2人きりになると、沓澤の方が先に口を開いた。
「……水城は実に熱心な学生です。柔道も剣道も未経験で、皆に遅れを取りたくないからと、夜の空いた時間、そして休みの日にも稽古をつけてほしいと頼まれました。だから俺は、彼女の練習相手を何度かしました。そうしている内に、親しくなったのは事実です」
それで、と彼は続ける。
「俺は彼女に稽古をつけてやるのが、段々と楽しくなってきて……その内、プライベートな相談に乗るようにもなりました」
北条は黙って次を待った。
「あの子は、大切な家族をここ広島で亡くしたと言っていました。事故扱いで帳場も立たない……でも、絶対に事故なんかじゃないと。だから自分で真相を調べ直す為に、この県警に入ったのだと。だから俺は、彼女を助けてやりたいと思った……本当に、本当にそれだけなんです!!」
「……そこは信じるわ」
「それに。だいたいあの子は、藤江周のことを……」
沓澤はどこか不貞腐れたような調子で呟く。
北条は胸の前で腕を組み、思わず口にした。
「それは、どうかしらね?」
「え……?」
「それはいいとして、この写真はどう説明するつもり? アタシはどこからが【浮気】と呼べるのか、明確な線引きを知らないわ」
途端、沓澤の顔から表情が消えた。
「それで……どっちがこんなもの、北条警視のところに送ってきたんです?」
「今さら何言ってるのよ、見当はついてるんでしょ」
言いながら北条は妙なことに気がついた。
今、沓澤は『どっちが』と訊いてきた?
しかし彼は少し思案したあと、
「どちらかと訊ねているんです」
「……どう言う意味よ?」
「寺尾か、宇佐美か。どっちかでしょう? そうに決まっている!!」
「その、確信の理由は?」
沓澤は固く握った拳を震わせながら、
「あいつらが俺のことを逆恨みしているのはよく知っています。寺尾の方は、子供の頃から空手をやっていて、運動神経も抜群。一度授業の中で、そんな自信満々なあいつの鼻の柱をへし折ったことがあります」
いかにもこの男ならやりそうなことだ。
「だいたい、あいつは思い上りが強すぎるんです。親が教育委員会だか、親族が文科省だかの役員だか知りませんが、自分は特別だと信じ切っている。選民意識の化身で、仲間への思いやりがまったくない。おまけに好きな女……水城陽菜乃のことですよ。彼女は少しも自分になびかない。手頃な八つ当たり先を探して、何度となく皆の前で恥をかかせた、沓澤っていう教官をどうにかして吊るし上げてやろうっていう……」
「まぁ、その意見には全面的に同意だわ」
思わず心からの声が口に出た。
「じゃあ、宇佐美の方は? あんた、あの子に恨まれるようなことを何かしたの?」
「……」
北条は頭の中で必死に記憶を手繰り、今まで得た情報を精査した。
そうだ。彼女は5年前に自殺した堤洋一の妹だったと和泉から聞いた。
数珠つなぎのように次々と、甦ってくる記憶がある。
その事件があった頃、沓澤の自宅を訪ねてきて『どう責任を取るのか』と彼を責めた若い女性がいたと珠代が言っていた。それがもしかすると、宇佐美梢だったのではないか。
彼女は兄の死を沓澤が原因だと考えていたに違いない。
だから、強い恨みを抱いていた。
何としても復讐してやりたいと思うほどに……?
「もしかして今から5年前の、例の自殺事件のこと? 堤洋一っていう学生の」
沓澤はビクっと全身を震わせた。
「なんで、それを……?!」
「宇佐美梢は今でこそ姓は違うけど……警備部の堤部長の娘よね? 堤洋一の妹だって聞いたわ」
顔いっぱいに汗を浮かべ、青い顔をしてかつての部下はこちらを見つめてくる。




