ひどいよ、周君!!(魂の叫び)
気にしないことにして周は続ける。
「それに……教官が学生と2人だけでいるのがおかしいっていうんなら、俺だってたまにはやってる」
「なんだと……?」
「和泉っていう助教と俺のことだ。俺達、古くからの顔なじみで、たまには休みの日に一緒に出かけることもある。そのことで誰かに咎められたこともなければ、どう言う関係かなんて……下衆の勘ぐりをするような奴はお前ぐらいだ、寺尾」
そもそもこっちは、これっぽっちも【デート】だなんて思っていないし。
「それに。俺は経験ないけど、あの教官は課外時間に、特別に稽古をつけて欲しいって頼む学生に、よく昼飯なり晩飯なりを奢ってくれるって聞いてる。水城は休みの日にもよく特訓してもらってる。だからだ、彼女が先日の大会で、あそこまでの成績を収めることができたのは……」
陽菜乃の頬に赤みが刺す。
「まぐれかもしれないだろうが!!」
寺尾は叫ぶが、
「本人に確認してみたらどうだ、なぁ? 水城」
周は隣に座っている彼女の横顔に向けて話しかけた。
ずっと黙っていた陽菜乃は、はっと顔を上げる。
「え……?」
「この写真、覚えてるか?」
陽菜乃は少し考えた末に、
「……藤江君の言う通りだよ……」と答えた。
「嘘をつくな!!」
寺尾が立ち上がり、大声でわめく。
「知ってるんだからな?! お前、沓澤が当番の週は絶対に外出しないって!! 2人だけで話してるところ、見たことあるんだぞ?!」
のどが渇いた。
周は飲み物のメニューと共に口を開いた。
「そんなに2人を不倫カップルにしたいんなら、夜に、どっかのホテルから出てくる写真でも用意しておけよ。水城……俺アイスコーヒー飲みたいから注文して」
「う、うん……」
陽菜乃は立ち上がって受話器を持ち上げる。
寺尾は顔を真っ赤にし、何やら意味不明のことを喚いている。
ああうるさい。
座ったまま、その猿のような赤い顔を見上げつつ周は言った。
「なぁ。知ってるか? 俺の知る限り……ここ近年、殺人事件の動機で一番多いのが脅迫だってこと」
寺尾は今度は黙り込んだ。
「ひょっとすると、一ノ関や西岡も……誰かの弱みを握ってたんじゃねぇの?」
自分で言っておいて、本当にそんな気がしてきた。そうだ。
彼らはもしかすると自殺や事故ではなく、殺された可能性も……。
店員が飲み物を持ってきたのがドア越しに見えた。
突然、寺尾は身体の向きを変える。狭い出入り口で、入ってこようとする店員と、出て行こうとする彼が拮抗する。
まだ若い女性店員は押されてバランスを崩し、尻もちをついてしまった。
手に持っていた盆も飲み物ごと落としてしまい、床の上には褐色の液体が広がり、ガラスの破片も飛び散る。
寺尾は走って逃げた。
「大丈夫ですか?!」
周は店員に駆け寄る。
「すみません……」
陽菜乃は砕けたガラスの破片と氷を拾い集めている。しかし、
「いたっ!!」
指をガラスで切ってしまったらしい。
周は咄嗟にポケットを探った。が、そう都合よく絆創膏は入っていない。
すぐに他の店員も駆けつけてきて、ガラスの破片は無事に回収された。陽菜乃の指の怪我も、店が用意してくれた絆創膏でどうにか応急処置を済ませる。
で、結局……俺が利用料金を支払うのか?
ちなみに精算は「迷惑料だから」と、陽菜乃が全額支払った。
周は妙な気分で周達はカラオケボックスを後にした。
「帰るぞ」
「あ、あの……ありがとう……」
「別に」
陽菜乃は笑って、
「さっきの藤江君、本物の刑事みたいだった。カッコよかったよ」
あれは、おそらく和泉だったらこう言う……と頭に思い浮かべながら口にした、咄嗟の出まかせみたいなものだ。長い間の付き合いは伊達じゃない。
だが。効果は抜群だったことに少なからず満足感を覚える。
「それよりお前、あまり誤解を招くような行動はするなよ?」
「うん……」
それから陽菜乃はなぜか、じっとこちらを見つめてきた。
「何だよ?」
「私……どうせなら……」
何を言い出すんだ?
「藤江君にだったら、逮捕されてもいい」
なんだこいつ。
奇妙に思ったが、突っ込むと面倒なことになりそうなので黙っていた。




