番外編6.三人しりとり(コミックス2巻発売記念SS)
コミックス2巻が出ました!!!!!
ということでお祝いの記念SSです。イヴリンとキラとセオドア様のお話です。
「イヴリン、キラくん。一緒にしりとりしない?」
ある日の昼下がり。
私とキラが二人でお茶をしていると、セオドア様がそんなことを言ってきた。
しりとりをしようだなんて唐突だけど、セオドア様はたまにこうやって子どもっぽいところを見せることがある。ちょっと可愛い。
世間知らずだとたまに言われる私だけど、しりとりはキラとやったことがあるのでルールは分かっている。私は笑顔で返した。
「もちろんいいですよ。キラもいいわよね?」
「……うん」
キラはなぜかセオドア様の顔をじっと見てから、こくりと頷く。
セオドア様は空いている席に座り、「それじゃあ」と私たちの顔を見回した。
「時計回りで、俺から始めて、イヴリン、キラくんの順番で」
「分かりました」
さっそく、セオドア様からしりとりがスタートする。
「それじゃあ、『りんご』」
「『ゴリラ』」
「……『ラッパ』」
まずはお互い、肩慣らしというように王道のところから。
しかしそこでセオドア様は、少し悩む仕草を見せてから口にした。
「――『パンケーキ』」
「キ、キ……」
私はそこで、はっとする。
「キ、といえば…………『キラ』!」
思いついた私はどさくさ紛れに抱きつこうとするが、キラにはサッと避けられた。相変わらず動きが早い。
「もう、なんで避けるのキラ!」
「『らっきょう』」
お構いなしに続けるキラはつれない。そこが好き。
顔を上げると、そんな私たちをセオドア様が注視していた。
「セオドア様? どうされたんですか?」
「いや……なんでもないよ。じゃあ再開するね」
やたら厳しい表情のセオドア様は緩く首を横に振って、『う』から始まる単語を口にする。
「『腕立て伏せ』」
「えーっと、『セロリ』」
「『リス』」
「『擦り合わせ』」
「せ、せ、『セミ』?」
「『三日月』」
「『着痩せ』」
「せ、せ、せ……せ、『洗濯物』!」
「『ノック』」
……あれ?
なんか……なんか、すごく答えにくいわ。
どうしてだろう、と私は小首を傾げる。まだしりとりは始まったばかりなのに、どうしてこんなに思いつくのに時間がかかるのだろうか。
そんな私に対して、セオドア様とキラはほとんど間髪容れずに返してくるので、ますますそんな思いが深まる。軽く混乱していると、セオドア様が言う。
「『クセ』」
……あっ!
ようやく私は気づいた。
セオドア様――『~セ』責めをしている!!!
こんな貴公子みたいな顔をしておいて、なんて大人げないのだろうか。
しかししりとりにおいては、これも作戦のひとつだろう。同じ文字で返し続ければ、相手はどんどん選択肢を奪われていき、遠からず詰みの状態になるからだ。
もちろん、聡明なキラもセオドア様の狙いには気づいているようだった。案ずるように私のことを見つめているが、キラが直接、私の手助けをするのは難しいだろう。
「どうしたの? イブリン」
普段は優しいセオドア様なのに、微笑む表情には圧を感じる。
ぜったいに、しりとりを途中で終わらせはしない……そんな強い思いが窺えた。
何がそんなに彼を駆り立てているのかは分からないが、私も早々に負けを宣言したくはない。ぐっと下唇を噛み、なんとかして単語を絞りだそうとする。
『セ~』から始まるすべての物よ、どうか私に力を貸して――!
「もう一度言うね。『クセ』」
「……せっ、『生活』!」
「『ツララ』」
「『来世』」
「……せ、せん、『洗面所』」
「『ジョーク』」
「『口癖』」
ああ……。
私の頬を、一筋の汗が流れていく。
どうしよう。そろそろ、本当に厳しくなってきた。
セオドア様による苛烈な『~セ』責めは勢いを増すばかり。防戦一方の現状では、私の敗北は目に見えている。
悔しい。せっかくたくさんの『セ~』が私に力を貸してくれたのに!
こんなところで為す術なく負けてしまうなんて……!
悔しさのあまり、私は膝の上に置いていた手をだらりと垂らしてしまう。
その瞬間だった。私は目を見開いていた。視界が一気に開けていくような感覚に、鼓動が際限なく高まっていく。
そうだ。そうだった。
まだ『セ~』の単語は、残っているじゃない!
私はとうとう、魔法を唱えるかのようにその単語を口にしていた。
「セ、セ、『セオドア』……!」
その瞬間だった。
厳しい面持ちだったセオドア様が、驚いたように私を見る。
灰色がかった青色の瞳から、ぽろりと何かの冗談のように涙がこぼれ落ちていた。
キラが静かに立ち上がり、部屋を出ていこうとする。
去り際に、キラは小さな声で呟いた。
「――――『愛』」
「『イヴリン』……!」
セオドア様は勢いよく立ち上がり、私のことをぎゅっと抱きしめる。
「『~ン』だから、しりとりはセオドア様の負けですね?」
「願ったり叶ったりだ。だって……だって、嬉しいんだ。イヴリンが、ようやく俺の名前を言ってくれたから! もちろん勝負は俺の負けだ!」
セオドア様の顎から滴り落ちる涙が、私の肩に触れる。
私は小さく苦笑する。
「だって、恥ずかしいじゃないですか。最初に『~セ』が回ってきた時点で言おうと思いましたけど……」
「どうして言ってくれなかったんだ? キラくんの名前はすぐに出していただろう?」
今思えば、セオドア様は『パンケーキ』と言うときにどこか様子がおかしかった。
あれは、私が『~キ』でなんの単語を思いつくかを確認したのだろう。彼の予想通り、私は『キラ』と返したのである。
「うう……だから、恥ずかしかったんです! 私がセオドア様のことが大好きだって、バレちゃうじゃないですか!」
唇を尖らせて伝えれば、セオドア様は頬を真っ赤にして叫ぶ。
「か……可愛すぎるよ、イヴリン!」
ますます強く抱きしめられつつ、私は密かに冷や汗を流していた。
……言えない。
大喜びするセオドア様に、キラが「セオドアって言って」と私の手のひらに書いてくれたから気づけたなんて……!
セオドア様の名前、ぜんぜん思いついてなかったなんて、とてもじゃないけど言えない……!
「ンンンンン不届き者がわたくしのイヴリン様を勝手に抱擁している気配を感じますわね!? 許せません、許せませんわよセオドア様! そもそもしりとりで自分の名前を口にしてもらおうなんて、女々しいにも程がありますわね! わたくしならイヴリン様の愛らしさを口にするだけで永遠にしりとりができますわよ! 『イヴリン様』『まさに天使』『白魚のような指先にキスしたいですわ』『わたくしのことを離さないで』『デートしたいですわ』『ワンチャンですわ』『ワンダフルですわ』『わわわわわ』……!」
突然遊びに来たエウロパ様がオチを担当してくれたおかげで、私は事なきを得たのだった。
たまにはエウロパ様も役に立つことがあるのだ。







