平穏と手荒れ
それから、私の生活は驚くほど平穏だった。
私に関わってくるのは、マーサだけ。
後は、本当に時々、オービット。
砦の人は、それぞれ忙しそうって事もあるけども、私のことを遠巻きにしている雰囲気。
多分、あんまり近寄らないようにって言われているんじゃないかしら。
だからといって何か意地悪される訳でもない。
食事も質素だろうけど、ちゃんと出たし、他の人と区別される事も無い。
ここの状況だったら、区別する余裕もないのだろうけど。
皆平等。
皆一緒。
厨房で大鍋に作ったスープと黒パンだけの食事。
救護院って聞いていたけど、弱っている人も同じメニューなのかしら?
なんて心配になってしまう。
スープはともかく、黒パンは固い。
前世では、人によって食事の形態を変えていたんだけど。
飲み込めるのかしら?
そんな事を思ってしまう。
だけども、そんな事、口にすることもできない。
今の私の立場では、余計な事は言わない方が良い。
言われたことをするだけ。
黙々と働いていると、掃除する区間がどんどん増やされていく。
廊下や階段だけだったのが、人がいなくなったタイミングで食堂とか、玄関とか。
ハタキをかけて、雑巾で拭いて、床は箒で掃いて、また雑巾をかける。
大変だとも思うけど、掃除箇所が増えるって事は、私の立ち入って良い場所が増えるってこと。
信頼されているのかしら?
なんて前向きに感じてしまう。
言われたまま掃除する私を時々マーサは驚いた顔で見ていた。
私が文句を言わずに掃除をやり遂げているからなんだろうなって思う。
驚いた顔を見ると何だか胸がすっとする。
それに綺麗になっていくのは嬉しい。
ある程度、掃除を任されるようになったら次は洗濯を任された。
これは一人では出来ないから、他の洗濯係と一緒。
ここも意地悪されるかもと思っていたけども、洗濯っていう過酷な作業に一人でも人が増えたのが嬉しいのだろう。
必要最低限だけど、話しかけてくれて、仕事を教えてくれた。
もちろん、世間話なんかは入れてもらえない。
私のわからない話をずっとしていて見えない壁を感じる。
でも、仕事の指示はしてもらえる。
やることがあることは有り難い。
何もせずにボンヤリするのは辛いから。
救護院だけあって、汚れ物はいっぱいある。
洗濯はやっぱり重労働だ。
前世の洗濯機は偉大だと思う。
すぐに手が荒れてしまう。
またイザベラは怒っていた。
貴族令嬢として手を大事にしてきたのにって。
私の大事な手を荒らして!って。
嘆いている。
でもね。
私は思うの。
ここの人は親切だって。
あからさまに汚れが酷いものとか、大きくて大変な物を最初から押しつけてきたりしない。
前世の仕事場では、知らないと思って最初から大変な事を押しつけてくる人とかいたし。
それに比べたら全然良いと思う。
やっていたら評価されるもの。
だって、洗濯も黙々とこなしていたら皆の見る目が変わってきた。
それでも話しかけては来ないけど。
空気が少し変わってくる。
皆で一緒にやる作業だから、そういうのって感じる。
言葉じゃなくても何か感じるっていうのかな。
それがまた、少し嬉しかった。
イザベラは怒っていたけどね。




