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謎の屋敷

 ――カタカタカタカタ……


 キーボードをタイピングする音。


 ――カタカタカタカタ……


 ひどく慣れ親しんだ生活音。

 これは……

 まだ元の世界にいたころの夢か。


 デスクトップ画面には、作業中のファイル名が表示されていた。



 ――『アプリ間情報互換システム』



 これは複数の情報を相互に干渉させ、偶発的に新しいプログラムを生み出すためのシステム。

 夏休みの課題で作っていたものだ。

 しかし、結果的にこのシステムは完成することがなかった。


 なぜなら、俺がこの異世界に来ることになったからだ。


 もっとも夏休みの課題なんて、今となってはどうでもいい。


 ただこれは今の状況。

 つまり異世界についても、繋がる話だから始末が悪かったのだ。

 実はこのデータは訳あって未完成ながら、フェンネスに保存していた。

 

 そしてこの異世界の魔法やモンスターは、このアプリが原因で反映されている。

 モンスターとの戦闘を経て、俺はそこまでのことを推測していた。

 だんだん思い出してきたぞ。


 確か戦闘中にスキルが勝手に発動して、それから真っ暗な空間に……

 しかし記憶が鮮明になるにつれ、意識が覚醒してくる。


 ん……

 あれっ、ここは夢の中だったっけ。

 

 起きないと……

 


「ん、はぁぁっ、だるい」


 

 目を覚ました俺は、ベッドから体を起こした。

 何か昔の記憶を思い出してたような……


 うーん、でも忘れてしまったみたい。


 寝起きだと、こういうことはよくあるよな。

 俺は気にせず、1階のリビングへと向かうことにした。


 しかし――

 何気なくふと気づく。


 ここが2階だなんて、確認してないよね。

 昨日は起きてから部屋を出てないし、プロネアもそんなことは言ってない。

 どうして俺はここが2階だと思ったんだ。

 それに何故か1階のリビングの位置まで把握してるし……

 もしかして、以前にもここに来たことがあるのか。


 すこしだけ考え込むけど、すぐに否定する。

 

 いや、そんなことはありえない。

 俺がこの世界に来たのは昨日のことだったはず。

 記憶は途切れてるものの、さすがにそれは覚えている。


 こんな家に寄っていた時間なんて、あるわけない。

 やっぱり勘違いかな。

 だいたい家なんて、似たような構造ばかりなのだから。


 それから窓の存在に気づいたので覗くと、庭が見渡せた。

 やっぱりここは2階であってるみたい。

 昨日、無意識にでも見てたのかな……

 

 とりあえず部屋にいてても、仕方ない。


 俺は扉を開けて、部屋を出た。

 50メートルくらいの廊下が続いている。

 かなり広い家で、まるで貴族の屋敷のようだった。


 しかしそんな場所でも、自然と足は目的地へと向かっていた。

 まるで何度も通ったことがあるかのように。

 廊下を進み階段を降りて1階、エントランスに到着する。

 さらに進んで、扉を開ける――


 すると、リビングルームに繋がっていた。


 うーん……

 何故か思った通り、迷うこともなく辿りつけたな。

 

 ただ想像とは違い、部屋はずいぶんと汚い。

 これは……

 老朽化なのかな。

 家具や壁紙が古くなっていて、部屋全体にガタがきているように見える。


 思い返せば俺が寝ていた部屋も、けっこうボロかったもんな。


 そうして見渡していると、入ってきた扉がふたたび開く。

 プロネアか。

 彼女は昨日の服から、お洒落な洋服に着替えていた。


 どうやら、たくさん服を持ってるみたい。

 プロネアはちょっと意外そうに、話しかけてくる。


「あれっ、おはようございます、クトリール様。もうお体は大丈夫なのですか」

「プロネアの魔法のおかげで、ほとんど回復したよ」

「それはよかったです。でも体調が悪くなったら、すぐに教えて下さいね。便秘に花粉症、虫歯や肩こりなど、どんな症状でも回復魔法をかけて差し上げますから」 


 すげーな、回復魔法。

 そんなことまで出来るのかよ。


「ただし、眠気には効きませんよ。眠くなったら、しっかり休んでくださいね!」


 そりゃ眠気なんて、ただの生理現象だからな。

 言われなくても寝るけど……

 

「大丈夫だよ。それより、いろいろ聞きたいことがあるんだ」

「分かってます」


 彼女は自信ありげに頷いた。

 まるで有能な秘書のように、その質問を想定していたかのよう。

 プロネアは何の疑いもなく答える。

 

「まず攻略すべきなのは最寄りのダンジョン都市、ディナエルスです」

「えっ……」

「ここのダンジョンは数百年の間、未だ誰にも攻略されていないんです」

「プロネア、何の話をしているんだ?」


 いきなりの答えに、思わず訊ねる。

 するとプロネアはきょとんとした顔をしながら、首をかしげた。


「この世界の最速攻略ルートが知りたかったのでは」

「全然違うよ! そもそもここはゲームの世界じゃなくて、異世界なんだろ」

「ええーとっ、クトリール様には、そこから説明しないといけませんね」


 プロネアは考え込むように、顎に手を当てた。

 眉をよせて難しい顔をしている。


「でも私、朝ご飯を作ってる途中だったんですよ」


 彼女はきびすを返すと、ドアの方へと向きなおした。

 そして振り返りながら告げる。 


「30分後に食堂へ来てください。詳しい話は、そこでお話ししますね」


 そう言うとプロネアは、リビングルームから出て行った。

 

 30分後に食堂へ、か……

 どこにあるかも説明されていないのに、迷う気がしない。


 こんなにも広い屋敷なのに――

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