ダンジョン都市、ディナエルス
ディナエルスへと辿り着くと、大きな門が開かれていた。
入口には門番こそ立っているが、忙しそうな様子はない。
「基本的には開けっ放しなんです」
「へー、ただ見張ってるだけなんだな」
「そうですよ。モンスターや賊などを警戒してるんです」
俺たちは彼らを無視して、門をくぐり抜けた。
そうして街の中に入ると、活気にあふれた音が聞こえてくる。
馬車が走っていたり、買い物やお喋りしている人の姿が視界に入ってきた。
けっこう人が多いんだな。
元の世界では地方都市の駅前で、よく見かけたくらいの人数くらいかも。
「活気のある街なんですよ。冒険者も多いですから」
「そうみたいだね。みんな平気で武器とか持ってるし」
「えへへ、ぶつかって喧嘩になったら大変ですね!」
「うん。気をつけようね」
そう答えると、プロネアが先導するように歩き出す。
「それではまずは、ギルドへ向かいましょうか。他にも案内したい場所はいろいろあるのですが、まずは冒険者として登録しないとダンジョンにも行けませんし」
「そうなんだ。うん、いいよ」
俺は彼女に案内を任せると、アリゼレートを起動させた。
せっかくだし、他の人の強さも気になるよね。
すれ違う街の人たちのステータスを調べていくことにした。
レベル15、レベル33、レベル6、レベル58、レベル25。
うーん……
冒険者が多いと言うわりに、みんなレベルが低いのな。
「ねぇ、プロネア。ここの人たちって外に出られるの。レベルだけ見ると、街の外にいる大型モンスターに勝てるとは全く思えないけど」
「もちろん危険は伴いますが、必要があれば住人たちも街の外に出たりしますよ。大型モンスターと出会ったら、普通は逃げますからね。あるいは貴族や商業馬車なんかは、そのためにギルドで特別な護衛を雇って、大型モンスターに対抗したりしてるようですけど」
「へー、護衛がついてると対抗はできるんだ」
「せいぜい足止めしたり、逃げる時間を稼ぐ程度ですけどね」
なるほどな。
さすがに真っ向勝負で、打ち負かすような真似はできないのか。
「じゃー、この世界では外の平原って、かなり危険なんだ」
「はい。ダンジョンよりも危険です」
「えっ、ダンジョンよりも!?」
「そうです」
プロネアは頷いた。
その答えに俺は、そこそこの衝撃を受ける。
ダンジョンと言えばトラップや強敵なんかが潜む、
ファンタジー世界最大の危険地域。
そんなイメージだったんだけど……
まさか、ただの平原の方が危険だったなんて。
「これはですね、この異世界がゲームデータの影響を受けたせいなんです」
「まあ、ダンジョンだしね。ゲームみたいだよね」
「いいえ、そういうことではありません。ダンジョン自体は元の異世界にも存在してました。ただ、その特性がゲーム寄りになってしまったんです」
「どういうこと?」
「簡単に言いますと、この世界のダンジョンは階層が深くなるにつれ、敵が強くなっていきます」
「それって当たり前のことじゃないの」
「ゲームバランスが設定されてるゲームではそうですが、ここは異世界ですよ。食物連鎖や生息域分布を無視した生態系は本来、ありえません。平原のように強い敵も弱い敵も、一緒の地域で暮らしているのが、自然として当たり前のことなんです」
確かに、言われてみればそうかも。
でも別にゲーム風のダンジョンも楽しそうでいいじゃん。
むしろいきなり強敵が出てこなくて安心な。
「クトリール様がまた楽な方へと、物事を考えてるのが分かります」
「それは決めつけだと思うよ」
「ですがアナライズ/カリキュレートでは、予測的中率が99%と出ています」
「卑怯だよそれ」
そんな会話をしていると、ふと誰かとぶつかったらしい。
「ぎゃうっ!」
「きゃっ!」
ぶつかったのは、首輪をつけた可愛い女の子。
彼女は尻餅をついたようで、地面にぺたんと倒れてしまったようだ。
「ごめんね、大丈夫」
「は、はい。ご、ごめんなさい。平気です、ごめんなさい」
起こしてあげようと手を差し出すと、彼女は警戒するように身をすくめた。
そしてすぐに近くにいた男が少女に向って怒鳴る。
「てめぇ。せっかく買ってやったのに、ぼさっとしてんじゃねー。早く行くぞ」
怒られた彼女は慌てて、起き上がる。
そしてすぐに男の元へ駆けよると、立ち去っていった。
その場に残された俺は、プロネアに尋ねる。
「今の人たちって、どういう関係なの」
「女の子が奴隷で、怒鳴ってた男がその所有者です。この世界は王様を頂点とした、身分制度が厳しく引かれてますからね。奴隷もいるんです。ちなみに彼女がしていた首輪、あれが奴隷の証ですよ」
「そうか……」
この世界の制度に、文句を言うつもりはない。
でも、はっきりと奴隷制度は不快だった。
あんな女の子が奴隷として、生きていくしかない世界は間違ってる。
「クトリール様。この世界で戦うには、奴隷は有効な手段です」
「分かってるよ。それくらい」
「……では、そろそろ私たちも行きましょうか」
「そうだね。俺たちの目的は、元の世界に戻ることだから」
決して、奴隷の扱いについて考えることではない。
だから必要なら俺も奴隷を使うことが、あるかもしれない。
少し嫌な気持ちになりながら、俺たちはその場を立ち去った。
そして歩きながら、
ふと気になることがあったので訊ねてみる。
「そういえばプロネアって元の世界に来たら、どうなるの?」
「おそらくは普通の女の子として、存在するのではないでしょうか。もう肉体を得てしまいましたし、今さらゲームの世界に戻るのも気が進みませんし」
「そっか。でも戸籍とかないけど、どうしよう」
「後からどうにかすればいいです」
「そうだね。戻ってから考えればいいよね」
プロネアが一緒に来てくれるのは、嬉しいかも。
置いて帰るとか嫌だったからね。
そんなことを喋りながら移動してると、やがてプロネアが建物を指さす。
「クトリール様、あれがギルドですよ」
よし、さっさと登録してダンジョンに行こう。
俺たちは意気込んで、ギルドへと向かった。




