特訓編 5
「クトリール様、それでは行きますよ」
「あい……」
やる気のない返事を返して、俺たちは屋敷を後にした。
必要なものはプロネアが持ってるらしいけど、
全てアイテムボックスの中にしまってあるので、俺たちは手ぶらだった。
「ねぇ、プロネア。街までは距離があるの?」
庭からも見えていたが、屋敷の周囲は森に囲まれている。
そして外に出てみて分かった。
この森はけっこう深い。
そんな中を歩いていたのだ。
「森を抜けて、平原を渡ればすぐですよ。ほんの10キロくらいです」
「そんなにあるの。車を呼んで欲しい……」
「この世界の技術力では無理ですよ。
移動は馬車が主流ですし、そもそも通信手段がありません」
「えぇー、そんなに技術力が低いんだ」
「そうですね。だいたい中世頃のイメージです」
中世って、かなり昔のことだよな。
歴史は苦手だけど、確か……
昔は封建制とかって制度なんだよね。
「そうだとすると、王様とか奴隷とかいる時代ってこと?」
「えへへ、その通りですよ」
「やっぱりそうなんだ」
つまり貴族とかいる身分世界なんだろ。
俺なんていきなり異世界に来て、何の身分にもついてないのに。
きっと最底辺扱いされちゃうんだ。
「クトリール様は身分なんて超越してますから、王様よりもすごいんです」
「何が」
「ご存知の通り。この世界のユニークスキルは全て、フェンネスのゲームデータから生まれてます」
「ふーん、それで」
「つまりクトリール様はある意味、この世界の生みの親とも言えます」
「神様ってこと?」
「そうですね。ユニークスキルやゲーム種族のモンスターの神様って感じでしょうか。案外この世界の人たちに、祀られてたりするかもですよ」
「もしそうだとしても、俺はそんなの名乗れませんけど」
誰もそんな話を信じないだろうし。
となると、別の身分を用意しないとな。
「プロネアってこの世界では、どんな身分なの?」
「私は人間ではないので、そういうのは取得してません」
「えぇー、プロネアって違う種族だったの」
「はい。今の私の肉体は精霊族のものです。人間社会で生きる必要はありません」
「でもお金は持ってたよね。プロネアってどうやって生活費稼いでるの?」
「えーとっ、クトリール様がフェンネスに課金していたお金が余ってたので……」
「あれってこの世界でも使えたのんだ」
「はい。アイテムボックスの中に、この世界の通貨として入ってました」
「なるほどな。つまりプロネアはニートだったのか」
「違います。クトリール様に養ってもらってるだけです」
プロネアは慌てたのように反論すると、話をそらした。
「ともかく、この世界で身分を求めるなら冒険者がおすすめですよ」
「それって身分ではなく職業なのでは……」
「お金を稼げば身分なんて、後からどうとでも出来ますので」
そういうことね。
まあ身元不詳の俺たちが取れる手段は限られるか。
そんなことを話していると、森の茂みががさごそと動いてるのに気が付く。
「クトリール様、モンスターですよ。実戦訓練、第二段階。スタートです」
「おーけー。まずは敵の戦力を計るよ」
出てきたのは小型の四足獣型モンスター。
見るからにザコそうだけど、念のためにレベルをチェックしとこう。
――アナライズ/カリキュレート
ネーム:ラーウオラート
レベル:89
行動予測:演算中――
迎撃プラン:ワールドフレームの起動
――ワールドフレームを起動しますか
――YES/NO
アナライズを使ったら、勝手にメニューに選択肢が出てきたぞ。
とりあえずYESな。
俺は空中に浮かぶ画面をタッチする。
――エディション:スタンダードモデル
すると衣装が戦闘スタイルへと変化した。
武器も謎の長剣が装備されている。
機械的な構造を持つそれは、黒い鉛ような輝きを放っていた。
そして視界には敵の体力が表示され、
予測される行動が示されていた。
攻撃タイミングや回避ポイントがマーキングされている。
アナライズが情報を解析した結果を、視覚化してくれるみたいだ。
俺はそれを頼りに突っ込み、剣を下に薙ぎ払う。
「ガオオオオオオオッ」
モンスターはそれを躱して、上空へと跳ねた。
でもそれは予測されていたこと。
待ち構えていたように、全力で剣を叩きつける。
「ガアアアアアアアッ」
完璧なタイミングで繰り出された攻撃は、急所を捉えたようだ。
一撃でモンスターを仕留めた。
それを見届けたプロネアが話しかけてくる。
「これくらいの敵であれば、今のクトリール様でも余裕ですね」
「まあな。このスキルがあれば楽勝だよ」
「油断したらダメですよ。森の中は平気ですけど、平原に出たら大型モンスターもいるのですから。ダメージが通らないこともあるでしょうし、躱し切れないような広範囲の攻撃はどうするつもりです」
「えーっと……」
プロネアの言葉に、返事を詰まらせる。
「大丈夫ですよ。私がクトリール様をお守りしますから。命に代えても守ります」
彼女はそう言って、微笑んできた。




