ソラからの使者10
「――はっ!?」
マシューは自分の耳を疑う前に、手首の端末を操作し、録音機能を立ち上げる。
インテリジェント・デザイン説とは、知性ある何者かの意思によって、人間が生み出され、宇宙の真理が組み上げられたとする説で、全能なる神と呼ぶに等しい何者かの存在を肯定する思想である。
「もう一度言いましょう。インテリジェント・デザイン、ID説は正しい。――まあ、全体からすれば、極めて限られた範囲内での話ではありますが」
「……どういうことですか?」
「まどろっこしい説明は自分も好きではありません。端的に言いましょう。あなた方エルフは、人工生命体なのです」
「僕達が人工の種族であるというのですか!?」
「その通りです」
直後、バルクの右拳がテーブルにめり込み、放射状のヒビと手形が刻み込まれる。
「デタラメ言ってんじゃねえ。そんな妄言、誰も信じやしねえぞ。証拠を出せ、揺るぎない証拠だッ!」
この時、バルクは声を荒げながら、メルカルの言葉が正しいのだと気づいていた。
幼少の頃より、何百人と嘘を吐く人間達を見てきたバルクだからこそ分かる。目元、口元、頬、鼻、眉。そのどれもが、彼は真実を口にしているのだと教えてくれたのだ。
「――そうなるだろうと思いまして、短い映像を用意してみました」
メルカルが手元を操作すると、部屋の照明は落ち、カーテンが閉まる。天井に設置された光学機械がホログラム映像を空間に投影し、バルクの言う揺るぎない証拠が映し出された。
「――これは、なんだ」
「様々な呼び名が存在しますが、我々は形成器と呼んでいます」
映し出されたのは、液体が満たされた円筒形の透明な容器と、容器内部で二本のチューブに繋がっている新生児未満の赤子であった。メルカルが形成器と呼ぶ容器は、白を基調とした研究所と思しき無機質な空間に数百基と並べられ、防護服を着込んだ多数の人間達が一基ずつ経過観察を行っていた。
すると場面が切り替わる。
ウルクナル達は、黙ってホログラムを眺め続けることしかできなかった。
「容器から出て、一週間後のエルフの様子です」
人間で言えば四歳児から五歳児の背丈をしたエルフの子供達が映し出され、元気に室内を走り回ったり、絵を描いたり、積み木で遊んだりしている。生後一週間では考えられない成長具合だが、それはガダルニアの機材と投薬によるものだ。
再び映像は切り替わる。
そこでは白衣を纏ったメルカルが、複数の研究者と共に佇んでいる。彼の視線は、青白い光りが漏れる研究室の窓に向けられている。
「これは、なにをしているんだ?」
「この頃私達は、一切の遺伝的改造を行わずに、エルフの身体能力を向上させる研究を行っていまして。レベル一桁をキープしたまま、一万もの魔力を有していたり、優れた格闘技能を有していたり、多種多様な魔法が扱えたりと、様々なエルフを生み出していました」
そして映ったのは、無数のコードが伸びるフルフェイス型のヘルメットを被せられたエルフ達であった。水色で薄手の患者衣のようなガウンを着て、椅子に手足を拘束されて座らされている。
「この時点で、生後一カ月だったはずです」
場面の切り替わった映像には、一人の激変したエルフが映し出されている。
無垢で純真だった瞳は虚ろに濁り、活力が感じられず、瞼は眠たそうに垂れており、疲れ果てた老人のような表情であった。
映像の中で、一人の研究員が声を発する。
「――プロトタイプ七八三二号、前へ」
「――っ!」
ウルクナルの両肩がその声に反応して小刻みに上下する。
「七八三二ってまさか」
「あれが、ウルクナルなのか?」
プロトタイプ七八三二号と呼ばれたウルクナルと思しき幼子は、体長二メートルにも達する成人男性を模したアンドロイドと対峙していた。
幼少のウルクナルは武器を持っておらず、防具も装着していないどころか、素足のままであったが、二倍近い身長差のあるアンドロイドを前にしても、虚ろな双眸に感情の色はない。
――直後アンドロイドが動き、ウルクナルを蹴り飛ばそうとする。だが、既に彼の姿はなく、アンドロイドの足は空を薙ぐ。
背後を取った幼少ウルクナルは、魔力光の帯びた拳で、重量数百キロはありそうなアンドロイドを殴り飛ばした。瞬間、アンドロイドの手足が千切れ、胴体は壁にめり込み、奇妙なオブジェと化した。幼少のウルクナルは、ペタペタと素足で歩き、その場を後にする。
映像はここで終わった。カーテンが開き、照明が点灯するが、ウルクナル達は口を噤んだままだった。
「今お見せした映像は、全て真実です」
「――!」
沈黙するエルフリード達の心を読むことなど、人の上に長年立ち続けたメルカルにとってすれば児戯に等しかった。先手を打って、彼らの疑問に答えたのである。
マシューは思考を速めながら、まるでチェスでも行うかのように質問する。
「我々エルフリードの先祖、一番初めに誕生したエルフは、先ほどの映像のように、ガダルニアが生み出した生命だったということですか?」
「――惜しい。あなた方のオリジナルを生み出したのは我々ガダルニアではありません。ある人間が、天才的な一人の科学者が、長年の研究の末にエルフを生み出したのです」
マシューは、矢継ぎ早に尋ねた。
「科学者の名前は?」
「天竜総一郎。天才と呼ばれながら、異端児、差別主義者、ネクロフィリアと蔑まれた男です」
「天竜総一郎……。彼は今――」
「亡くなっていますよ。解放歴が始まるよりも遥か以前に」
「……それはどういう」
その先をメルカルは答えようとはしなかったし、ウルクナル達は聞けなかった。
「一つお聞きしたいのですが、私は今何歳に見えますか?」
メルカルが、自分の外見年齢を脈絡なく尋ねてきたのである。
疑問が疑問で上塗りされていく。
「……歳相応、としか」
パンク気味のマシューに代わってサラが答えた。メルカルの外見は二十代中盤の青年であり、賢者という地位に就いていなければ、紳士服やスーツのモデルに起用しても不相応ではないだろう。
「歳相応、というと、二十代中盤から後半とかですか?」
「……はい、私にはそう見えますが」
「二十代か、――嬉しいですね。こんな老いぼれを二十代と言ってくれますか、ふふっ」
実に嬉しそうにメルカルは笑い。そして言う。
「私の年齢は、およそ二千三百歳です」
シミ一つない頬を持ち上げ、再び愉快そうに笑った。
「お教えしましょう。我々はどこから来たのか、我々は何者なのか、その全てを、世界の成り立ちを」
偽・アルカディアの成り立ち。
エルトシル帝国、ナラクト公国、トートス王国、三国で蔵書されているアルカディア教典原本の写本。――アルカディア教典第一章より抜粋。
遥か昔、神は巨大なテーブルを拵え、そこに大地を創造した。神は次に、植物や動物を二日で生み出し、最後に、人間を一週間掛けて生み出した。
人間は初めこそ、動物や植物と共に謳い、喜びを分かち合い、神の教えに従って楽しく暮らしていたが。欲深く残酷な人間は、友人であるはずの動物や植物達を食べてみたくなった。動物と植物を殺し、その血肉を食べた人間は、瞬く間に神の言葉を忘れ、動植物に嫌われた。しかし、動物と植物を殺して作られた肉とパンはあまりにも美味しく、神に咎められても人間は食事を止めようとはしなかった。
地上は、動物と植物の死骸で溢れ、人間の排泄物で汚されてしまう。
遂に激怒した神は、人間に生の苦しみと、老いと、死を与え、そして最も罪深い何人かの人間をエルフに変えた。
神は言う。深い業を背負った人間は、死ぬとエルフとなって生まれ変わる。エルフへと堕ちた者の業は、地上の汚れを生涯にわたって洗い清めていくことで贖われるだろう、と。
真・アルカディアの成り立ち。
現在から二〇六九年前。
西暦二二四五年。
死刑が確定した五万人の囚人をコールドスリープさせ、とある廃棄物と共に、大型宇宙船へと詰め込み、太陽系外に設けられた刑務所へと護送していた。
ところが、ヒューマンエラーによる冷凍剤の不足により、五千人の囚人が解凍され、船内で反乱が発生し、宇宙船が奪取される。
囚人に占拠された宇宙船は、進路を反転し故郷の地球を目指そうとする。だが、警備として随伴していた無人の宇宙戦艦に砲火を浴びせられ、逃げるために緊急ワープを試みるも、直後に船は被弾してしまう。
無人宇宙戦艦から発射されたエネルギー体は、幸か不幸か囚人達が乗る船のワープ機関に直撃し、ワープ機関に想定の数百倍ものエネルギーが一挙に流れ込んだ。
時を同じくして、近年稀に見る猛烈な磁気嵐が周辺宙域に発生していた。
磁気嵐中のワープは、装置の故障や不明宙域への転移など、非常に危険で不確定要素が多く禁止されていたのだが、囚人達は戦艦から逃れるためにワープを断行する。
そしてワームホールを抜け、宇宙船が到着したのは、データにも乗っていない未開の宙域の、未開の惑星だった。
宇宙船は、戦艦の攻撃によって航行不能に陥っており、船は未開惑星の引力に引き寄せられ、墜落する。
生き残った一万人の囚人は、未開の惑星に皮肉を込めて理想郷『アルカディア』と名付け、刑罰や犯歴から解放されたとして、この年を解放歴元年と定めた。
そうして一万人の人間達は、宇宙船に廃棄物として大量に積み込まれていた軍事用有機ヒューマノイド・エルフを使い潰しながら、文明を築いていくこととなる。
「そうして、今のガダルニアが生まれ、二千年間の繁栄が約束された。――以上が、この星の成り立ちです。質問があれば答えますよ?」
メルカルへの質問よりも、そんな突拍子もない話を信じられるかッ! と大声で叫び出したくなる怒りの感情が腹の奥底でグツグツと煮え滾っていたが、今は心をなだめ、罵声を押し殺した。
「質問、いいですか?」
「どうぞ」
「つまり、あなたも死刑囚だったと?」
「そうです。私は地球で重罪を犯し、死刑を言い渡されました。長い間牢獄に閉じ込められ、時間の感覚を忘れ、時代に取り残され、自分が何歳かも数える気力を無くしたある日、死刑が執行されることになりました。冷凍され宇宙船に運び入れられて、私は太陽系外に設置された刑務所という名の処刑場へと運ばれていきました。死刑は、コールドスリープ状態のまま行なわれるので、次に意識が戻るとすれば、そこは地獄のはずだったのですが。私は宇宙船の中で目を覚ましてしまいました。数多くの同族と共に」
「それで、宇宙船を――」
「はい。私は同族と共に戦いました。自由を得るためにです。全ての死刑囚のコールドスリープを解き、何千、何万もの死体の山を踏み越え、宇宙船を奪取しました」
場は静寂に包まれた。
マシューは震える両手を押さえながら口を開く。
「……地球とは、なんですか?」
メルカルは、決して触れることの叶わない、何重ものガラスケースに守られた宝石を眺めるような眼つきで語る。
「地球。――我々人間の故郷。天の川銀河の辺境、ペルセウス腕のオリオン肢に存在した恒星系の第三惑星。惑星アルカディアと比べると、数十分の一以下の直径しかない小さな星です。ちなみに、惑星アルカディアが存在するのは、天の川銀河のお隣、アンドロメダ銀河の外縁でして、地球から約二百四十万光年離れています」
「二百四十万光年……」
マシューの脳裏に、図書館で読んだ電子書籍の、恒星間のワープ航法は現在も確立されてはいない、という一文が浮ぶ。マシューは、ガダルニアが記した文書が真実だとは微塵も考えていない。確立されていないと書かれていれば、軍用レベルでは確立されている。そう考えるのが妥当だ。しかし、それも恒星間のワープまで、銀河間のワープとなれば話が違う。
彼らは本当に、故郷へと帰る術を失ったのだ。
「……先ほど、我々の先祖であるオリジナルのエルフは、天竜総一郎という科学者が生み出したとあなたは言っていましたよね? それがどうして、廃棄物とされ、囚人護送の船に積み込まれていたのですか?」
「エルフの破棄について詳しく語る前に、ある一つの歴史的偉業を語る必要があります。エルフとは、ある不老のための研究が、天竜博士の手により派生し、誕生した存在なのです」
「不老のための、研究――」
マシューは茫然とオウムのように呟いた。




