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エルフ・インフレーション ~終わりなきレベルアップの果てに~  作者: 細川 晃@『女装メイド戦記』新連載
第五章

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ソラからの使者4

 天井で輝くシャンデリア、冷たく厳めしい大理石の床。

 正面には、幅二十メートルはある石造りの階段が鎮座し、二十段上がった先にある踊り場で左右二方向に分岐していた。

踊り場正面の壁面には、巨大な絵画が掲げられ、たおやかな天女が天秤と剣を手に取り微笑んでいる。

 薄暗く、重苦しい雰囲気のエントランスに足を踏み入れた途端、カメラのフラッシュはやみ、喧騒は数段回トーンダウンした。


 報道陣はビル内部へは立ち入れないようで、各局で別れリポーターが報道カメラと向き合い、酷く興奮した様子でマシンガントークを炸裂させている。

装甲機械兵やセラフィム、ウロボロスなど。あれだけ高度な魔法技術を用いた兵器を有していたにも関わらず、なぜ飛行というありふれた魔法でこうも驚けるのかと、ガダルニアの人間を観察していたサラだったが、一つの予想に達する。


「もしかして、ここの人間達って魔法が存在することを隠されてる?」

「そうかもな。魔力消費二百チョイの魔法でこうも驚けるんだから、一切魔法を認知していないのかもしれない。手品とか重力制御とか、そんな言葉ばっかり使っている」

 リポーターの言葉に耳を澄ませていたバルクが言った。

「そもそも、車が空を飛んでるのに、どうして僕達が飛ぶことに驚くんでしょうね?」

 エンデットを用いガイアの様子を映像として記録しながら、マシューは呟く。

「そうそう。魔法も科学も、もうほとんど同じものにしか見えないんだけどなー」


 珍しくマシューの言葉に追随する形で会話に参加するウルクナル。彼は、ガダルニアの人間達の驚き方が理解できないと首を捻る。だがバルクも、ウルクナルの言葉が理解できなかったらしい。

「魔法と科学。まったくの別物じゃねえか。どこが同じなんだよ」

「えー? そうかな? 家にある魔力式のテレビとか、魔力式の洗濯機とか。魔法と科学、どちらか一方だけじゃ成り立たない。まったく違う分野が支え合って上手く動いてる。つまり、よくわかんないけど、この二つの学門は、似た者同士、根っこの部分は同じなんじゃないかって時々思うんだよね」

「おい、ウルクナル。急に難しいこと話し始めたけど大丈夫か? 熱でもあるんじゃないのか?」

「熱なんてないってばっ!」


 茶化しではなく、半ば本気で心配してウルクナルの額に手を当て、熱を測るバルクだった。

「体調が優れないのでございますか? よろしければ医療スタッフを手配いたしますが」

 一連の文言に反応して、アンドロイドに搭載された何らかの機能が作動してしまったようだ。

「あー。いや、大丈夫だ。問題ない」

「左様でございますか。――ではこちらへ」

 議会へと通じる正面の階段には登ろうとせず、右側に備え付けられたエレベーターへと向かうが、その入口でふと、人数が足りないことに気付く。マシューとサラの姿が見当たらないのだ。なぜ彼らは、エントランスの中央で立ち尽くしていた。

「…………」

「…………」


「あれ? どうしたの二人共?」

 先ほどのウルクナルの言葉は、マシューとサラの心の奥底で長年に渡って渦巻いていた疑問を綺麗に吹き飛ばすものであったのである。

 魔法と科学が似ている、両方の分野が支え合って成立している、根っこの部分では同じ。

 これらの言葉は、長年二人が両学問に対して感じてきた納得のできないモヤモヤとした心情の機微を正確に言い表していたのだ。

「おーい! 早く!」


「ごめん、少しぼーっとしてた」

「……すいません、今行きます」

 サラは慌てて飛び込み、次いでマシューも重力制御によって浮遊し、体を折り畳みながらエレベーターに乗る。窮屈ではあったが、昇降に問題はなかった。

「上に参ります」

 アンドロイドが文字盤を操作し、扉が閉まると高速で最上階へと駆け上がっていく。昇降を開始して三十秒弱。足裏で感じる微かな過重と電子音で、目的の階に到着したことを知る。

降りた先は地上一千メートルの最上階、であるはずなのだが、やや照明が暗く窓が存在しないために実感が湧かない。通路の先には重厚な両開きの扉がある。あの先で、賢者メルカルが待ち受けているのだろう。

「それでは、失礼いたします」

アンドロイドが、エレベーターから出ることなく一礼すると扉は閉じた。彼は、ここには立ち入れないのだろう。


 ウルクナルは前を見据えて言った。

「それじゃ、行こうか」

バルクは頷き、わずかに緊張していたマシューとサラも、リーダーの言葉に平静を取り戻して神妙に頷く。

 ウルクナル達は、通路の先の扉に近付きノックする。

「――どうぞ」

賢者しか入ることを許されていない、ガダルニアの聖域、最高会議室。そこに、トートス王国の使節団として、エルフリード四名が足を踏み入れた。




「ようこそ、ガダルニアへ」

 部屋に踏み入った瞬間に飛び込んでくる地上一千メートルの大パノラマ。

エレベーターを降りた直後の通路に、窓を設置していなかったのは、この光景を際立たせるための演出だったのだ。

いかに空を飛び慣れたエルフリードであろうと、生活の基準は二足歩行である。

それゆえ窓のない密閉空間から唐突に、首都を一望できるガラス張りの部屋に踏み込めば、その閉塞感と解放感の高低差も相まって鳥肌が立つ。

「初めまして、私はメルカル。皆さんを歓迎します」

 こういう時でもナタリアならば、即座に挨拶を返していただろう。

およそ一秒のタイムラグの後に、やや慌てたサラが言葉を返す。


「――こちらこそ初めまして、私はサラ。大柄なのがバルク、ロボット姿なのがマシュー、小柄なのがウルクナルです」

「ええ、よろしく。――立ち話もなんですし、どうぞ席にお座りください」

 メルカルは、並べられた四脚の椅子を示す。部屋の中央には長テーブルが置かれ、四脚の椅子の向かいに、首都ガイアを一望できるガラス窓を背してメルカルの席が置かれていた。

マシューは、臀部のサイズが合わないので、直立したまま会談に臨むことを告げると、メルカルは二つ返事で承知する。


 席について早々、サラは力強い眼差しをメルカルに向けた。

「――早速本題から入らせてもらいます。我がトートス王国は、貴国に、二回の侵略戦争に対する賠償を要求します。賠償要求の一覧を作成しました。この場で目を通して下さい」

 サラは、アタッシュケースから持ち出した書類ファイルを、向かい側に座るメルカルへと突き付けるように提出する。メルカルはテーブルの上に置かれたファイルを手に取り、ゆっくりとめくっていく。

「……ふむ。これはなかなか」


 トートス王国から示された賠償要求は、顔色一つ変えずに平然としていられるほど、生やさしいものでは断じてない。何しろ、ガダルニアは二度も侵略戦争を仕掛け、二度とも負けたのだ。

 要求には、一切の容赦も恩情も存在しない。

 トートス王国は、ガダルニアに存在する全ての富を、今後百年間に渡って徹底的に毟り取るつもりでいる。

 この要求をガダルニアが飲めば、この国は実質的にトートス王国の傀儡と成り下がるのだ。生かさず殺さず、利益だけを貪り尽くされる奴隷へと成り果てるのである。

「おお、そこまで、ふむふむ」

 それが、どういうことだろうか。


 ガダルニアの最高権力者で賢者メルカルにしてみれば、この書類はトートス王国と自身との奴隷契約書に等しいはず。一度判を押してしまえば最後、彼は最高権力者から一転、ただの平民へと転落する。ガダルニアの最高権力者は、トートス王国に全権を委任するとまで明記されているのだ。

 ウルクナル達は、トートス王国側の要求を拒否したガダルニアとの武力衝突が起きるだろうと予測し、即応できる心構えでメルカルの返答を待ち続けていたのだが。

 メルカルは、朗らかな笑顔で言った。

「わかりました。私は、あなた方の要求を全面的に受け入れましょう」

「――⁉」


 かろうじて声までは出さなかったが、ウルクナル達のポーカーフェイスが一斉に崩れ去った。裏があるのではと、疑わない方がどうかしている。それほどまでに、トートス王国側の要求は、徹底抗戦を決意した方がマシと思えるだけ、血も涙もない内容なのだ。

「しかし、我が国は民主国家です。賢者という地位も、国民の支持なくしては成立しないことになっています。ゆえに私の一存だけでは、決められないのです」

「……そうでしょうね」


 そら来たと言わんばかりに微笑を浮かべるサラ。その隣で、ウルクナルはバルクに囁く。

「なあ、バルク。民主国家ってなんだ?」

「……俺達の国みたいに、国王とか貴族とかが存在しないんだ。国のトップは、国民が支持する人物達に任される」

「へー、面白い国だね、ここは」

 ウルクナルの中で、ガダルニアに対する認識が一転した瞬間だった。

「国民が平等。……民主国家」

 ウルクナルには、トートス王国の現体制よりも、ガダルニアの方が優れた政治体制であるように思えた。

 国民が平等であると念頭に置いた上で、元老院本会議ビルに向かう際の、車上から眺めた街の様子を思い浮かべるに。首都ガイアは、実に明るく、朗らかで、平和だった。

 技術だけでなく、政治方面でもガダルニアに学ぶことが多そうだと、ウルクナルが一生懸命考えていると。


「――それでは後日、いえ、明日にでも、元老院議員を緊急招集し、議会にてトートス王国の要求を受け入れるか否かの採決を致しましょう」

 気付けば、初日の会談は終わっていた。




 首都ガイアで最も高価なホテルの、地上五百メートルのロイヤルスイートルームに通された一行は、王都でもなかなか味わえない珠玉の一夜を過ごした。

 翌日。一旦、首都を包む壁の外に出て、魔力の補充や機材の持ち込みなどを済ませた後に、ウルクナル達は、ガダルニア国権の最高機関である元老院議会を観覧席から眺めていた。

 今まさに、ガダルニアの最高権力者たるメルカルが、スーツ姿で正面中央の演壇に立ち、トートス王国側の要求を読み上げている最中であった。


「――一つ、ガダルニアはトートス王国に対し、分野の一切を問わず、保有する全ての知識と技術を提供する。一つ、ガダルニアはトートス王国に対し、二度に渡る侵略戦争の賠償金として、全国税の二十パーセントを、今後百年間、毎年受け渡すことを約束する。一つ、ガダルニアはトートス王国の許可なく、軍事兵器を開発することを永久に禁止する。一つ、ガダルニアの現最高権力者は調印より一カ月以内に現地位を退き、トートス王国主導で運営する組織がガダルニアの統治を行うものとする――」


 トートス王国の賠償要求は、原稿用紙換算で二十枚にも及ぶ。当然、全文を作製したのは、トートス王国の真のブレイン、ナタリアその人である。

「何度聞いても、この要求はえげつないな」

「ええ、本当に。他人事なのに寒気すら覚えます」

「作製者の悪辣さがにじみ出ているようね」

 そこでふとウルクナルは気付く。


「ねえ、なんか変じゃない?」

「ん?」

「……静か過ぎる」

条文を、メルカルが議会で順々に読み上げているが、没個性的なスーツ姿の元老院議員達は黙って聞き続けた。そこには、ヤジも要求を突っぱねろとの怒声もない。

「――一つ、これら全ての要求を、トートス王国の任意によって事前の説明なく変更削除したとしても、ガダルニア政府機関並びに国民は、無条件で了承しなければならない」


 そんな宣戦布告しているとしか思えない一文を読み上げた時でさえ、議員達は無言かつ無表情で、演壇のメルカルを凝視し続けた。

「以上の賠償要求を承諾する元老院議員は、ご起立ください」

 メルカルの後方に座る議長がそう述べると、ガダルニア元老院議員百五十名が全員立ち上がり、その直後から両手を打ち鳴らした。百五十奏のスタンディングオベーションである。

「ガダルニアは、トートス王国からの賠償要求を全面的に承諾することが、満場一致により決定されました」


 議長の言葉の後に深く一礼したメルカルは、鳴りやまぬ喝采の中、席に戻る。

 メルカルが着席してから一分が経過しようとも、拍手は続く。

「……この国、変だ」

 眉をひそめたウルクナルの呟きは、喝采の渦に掻き消された。


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