革命の予兆12
戦闘開始から一時間半。
槍となり、時には王都を守る盾となって戦いの一翼を担ってきたエルフリード艦隊は、ウロボロスや装甲機械兵の光線に幾度となく晒され、壊滅状態にあった。
「魔力障壁貫通、右舷被弾っ!」
「被害報告ッ!」
ウロボロスの照射光が旗艦エルフィニウムの胴体を撫でた影響で、艦が右に傾いている。艦橋は警報ランプによって赤く色付き、一瞬にして怒声飛び交う混乱のるつぼと化した。
「第三魔力炉停止、エンジン出力四十パーセントダウン。魔力障壁出力ダウン」
「第一、第二魔力炉をオーバーロードさせて持ち直せ。この一戦だけ乗り切ればいい」
「了解。第一、第二魔力炉、出力百二十パーセント。傾斜回復」
「艦内、二十七か所で火災発生。消化魔道具、起動せず」
「何故だ!」
「右舷ブロックへの魔力供給バルブ、サブも含め断裂」
「――チッ、乗員の退避は?」
「完了しています」
「よし、火災箇所に通じる通路の隔壁閉鎖」
「了解。左舷へ通じる全通路の隔壁閉鎖、――隔壁が降りませんっ! 右舷ハイドロ喪失っ!」
「予備ッ!」
「ダメです、右舷ハイドロ、サブ一、サブ二共に破損。操作を受け付けません」
飛行戦艦エルフィニウムは、天才の名をほしいままにするマシューが生み出した艦だ。
「……くっ」
この艦は、戦艦の名を伊達で関しているわけではない。エルフィニウムは、敵と正面切って殴り合うことを前提とした設計がなされている。
故に、ダメージコントロールには細心の注意が払われているのだ。
より大きく高出力な魔力炉の製造が可能となったにも関わらず、二番艦以降も整備に手間のかかる魔力炉三基方式に執着し続け。艦全体に張り巡らされた二重の魔力供給ラインも、三重の油圧ラインも。全ては万が一、堅牢な魔力障壁が突破され、艦が被弾した場合を想定してのこと。
艦内で火災が発生し、例え魔力供給ラインが全て断たれようとも、油圧によって物理的に隔壁を閉じ、炎を封じ込めることが可能なのだが。
この戦艦は現在、半身不随となったに等しいダメージを受けていた。恐らく漏れ出た圧力油に引火して燃え広がっているのだろう。
魔力炉を一基失い、二重の魔力供給ラインと三重の油圧ラインが全て破損し、かつ艦内の複数か所で火災が発生している状態から、戦場のただ中で艦を復旧させるなど、マシューですら想定していなかった。
ウロボロスの一撃は、右舷をなでるどころではなく、旗艦エルフィニウムにとって致命的な一太刀となったらしい。
何百回と装甲機械兵からの光線照射に晒され、魔力炉を一基失い、主砲への魔力供給も消火作業や復旧作業で難しくなった。
本来ならば、大破判定を受け、戦線を離脱する被害状況だが、この艦は旗艦だ。
旗艦が後退するとなれば、戦場全体の士気低下にも繋がる。
今、この数十分こそが、勝敗を分ける天王山であった。
直接敵と殴り合っているエルフリード部隊が、ウロボロスを殲滅するまでの間は、何としてでもエルフィニウムは飛び続ける必要があったのである。
「前方より超高エネルギー体、多数飛来」
「各員、魔力障壁展開、耐ショック体勢」
複数のウロボロスよりエネルギー体が同時に放たれていた。
当然避けるべきなのだが、艦の後方には守るべき故郷がある。盾である戦艦は、例えウロボロスの攻撃を回避できたとしても、絶対に回避してはならないのだ。
「――直撃しますッ」
禍々しく光り輝く八つの飛翔体は、マシューが指揮する旗艦エルフィニウムにも直撃する。瞬間、凄まじい衝撃が艦橋を襲い、椅子に座っていたオペレーター諸共、全員が床に叩きつけられた。
魔力炉を失ったことで弱まった魔力障壁は粘土のように貫かれ、飛行戦艦エルフィニウムの艦首は、主砲である超々収束砲ごと蒸発した。船尾まで一直線の風穴が空く。旗艦エルフィニウムは、未だ空中に浮かんでいるのが奇跡としか言いようのない有様となった。
非常用の赤色灯に照らされた艦橋。
床から這いあがったオペレーター達が、現状を報告する。
「五番艦、十一番艦、共に轟沈っ!」
「被弾した三番艦より入電。我、操舵不能。我、操舵不能」
「旗艦エルフィニウム、第二魔力炉大破、全魔力ライン、全油圧ライン喪失」
「底部スラスター、出力六十パーセントダウン。――スラスターに十分な魔力が供給されていませんッ! 現在、艦は高度を維持できず降下中ッ!」
エルフリード艦隊は、今、この戦いにおける役目を終えようとしていた。
「総員退避、繰り返す、総員退避。地上部隊と合流せよ」
設計者のマシューだからこそ判断できる。この旗艦エルフィニウムは、完全に役目を終えたのだ、と。だが、ガダルニアの猛攻は止まらない。
「超高エネルギー体、第二射、来ますっ!」
「――っ!」
間髪入れずに再度飛来した七発の光弾は、ことごとく飛行戦艦の障壁を食い破り、エルフリード艦隊は、完全に消滅した。
続く第三射、六発の光弾が王都目掛けて飛来する。
――王都の魔力障壁を光弾が貫こうとする数秒前、地上から上空へ向けて、白い光の奔流が、王都を包み込むように立ち上った。
その輝きは確かに魔力光であったが、青系統の輝きであった魔力の輝きとは隔絶した神々しさを秘め、またエネルギーの密度も比較にならない。
その魔力光の根元には、三十ものエルフリード達がいた。彼らは、エルフリード隊の魔法部隊と魔法研の研究員である。ウルクナルとエルフリード艦隊がウロボロスの攻撃を引き受け、命がけで稼いでくれた時間の中で、最もレベルアップを積み重ねた三十名である。
魔法研局長サラも彼らと肩を並べ、既に三分以上、とある詠唱を続けていた。
全員が手にしているのは、特別授業で次世代の杖として公開された純粋魔結晶杖。
先端からグリップ部分まで全て繋ぎ目のない魔結晶で形作られた杖からは、既に、木製杖では決して耐えられないであろう尋常でなく膨大な魔力が迸っている。杖から流れ出た魔力は、集団の中央に置かれた高さ五メートルのオベリスクに注がれ、貯蔵されていた。オベリスクは、目も開けられない輝きを放っており、遮光の為にと全員が魔力障壁を纏っている。
――充填完了、発動可能。
儀式魔法は、エルフリード艦隊の消滅と共に完成した。
サラが、その魔法の名を叫ぶ。
「X三級土系統魔法、エクサ・アースクリエイト」
エクサ・アースクリエイト。エクサ、十の十八乗。
ペタの一千倍の名を冠したそれは、魔法研の敷地整備で行使したアースクリエイトと本質的には同じ魔法だ。ただ、込められた魔力は百京にも達している。王都外縁の地形を一変させてしまうだけのエネルギーが、一度に消費された。
ウロボロスの光弾は、立ち上る光の奔流に直撃したが、王都の魔力障壁には到達しない。飛行戦艦の魔力障壁と、その強固な船体を一撃で食い千切る威力が込められえいるにも関わらず、光の柱すら貫くことができなかったのだ。
その理由は、光柱が消え去った後に判明する。
現れたのは、壁というにはあまりにも巨大すぎる、金属の山脈であった。
高さ千メートル、厚さ五百メートル、幅三十キロに渡る魔物鉄エンペラードラゴンの均一な人工山脈である。
聳える白亜の人工山脈の中腹には、ウロボロスの光弾が直撃した六つのクレーターが刻まれているが、深さは百メートル程度でしかない。そのクレーターも、サラが魔法を行使すると、たちまち塞がってしまう。この守りを突破し王都に攻撃を加えるには、一撃のもとに山脈を貫くしか手立てがないのだ。そして、そんな攻撃手段を、現在のガダルニアは有してはいない。
ここに勝敗は決した。
「さあッ、貫けるものなら貫いてみせろッ!」
レベル四百兆、四京の魔力を内包するX三級魔法使いサラは、人工山脈の頂きに立ち、杖をガダルニアに突き付け、力の限り勝利を吼えた。




