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エルフ・インフレーション ~終わりなきレベルアップの果てに~  作者: 細川 晃@『女装メイド戦記』新連載
第四章

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革命の予兆3

 バルク、レベル三十億。

「第一から、第三隊は右翼。残りは左翼に展開。出現する魔物のレベルはおよそ三億。敵は強い、一班で敵一体を囲んで斃せ。レベル一億未満の者は、マニエール学園の守りに向かえ」

 SSSランク冒険者パーティ・エルフリード。

 通称エルフリード隊。この集団の規模は、現在三千名に達していた。全員がSSSランクを所持し、平均レベルは一億に達する。大半を年端もいかぬ少年や少女達で構成されたトートス王国の最強戦力であり。

 地上で唯一、ガダルニアが恐怖する存在である。


 エルフリード達は、目を爛々と輝かせ、剣に杖に盾を携え、三人一班の一糸乱れぬ連携によって、一体また一体と自分達よりも遥かに高レベルのセラフィムを狩っていく。

 高レベルモンスター相手の対処方法を散々教え込まれてきた彼らに、数倍程度のレベル差など、連携を駆使すれば等倍も同然であった。むしろ、余裕ですらある。

「コリンとジェシカは、俺と一緒に中央でウルクナルと共に暴れる。ついて来い」

 そんな様子を満足げに眺めたバルクは、エルフリード隊の中でも、最高レベルの二人を呼び寄せる。

 コリンとジェシカだ。

「はい」

「了解」


 二人のレベルは、両者ともにレベル二十五億と、初期メンバーであるマシューとサラすら超えている。そしてウルクナ塾第一期卒業生だけあって、コリンとジェシカは隊の中でもリーダー的存在だった。

 十年経とうとも、彼らの戦闘スタイルに変化はない。変わったのは、一撃に乗せる魔力の量ぐらいのものだろう。

 エルフリードの平均レベルよりも数十倍高い彼らの攻撃ならば、ウルクナル同様、一撃で、しかも連続してセラフィムを仕留めることが可能だった。

 魔道具によって際限なく繰り返される猛烈なレベルアップ。


 レベルを得る為に本来必要とされる過程はスキップされ、結果だけを甘受する。いかに自重しようとも、戦いで自身が得られる力と、それに伴う全能感に酔いしれてしまう。金鉱脈を掘り当てた採掘者のように、こんな美味しいことが許されるのかと、嬉々として敵を狩っていく。

 興奮気味のバルクは、敵陣の中心で奮闘しているウルクナルに合流し、声を掛けた。

「ウルクナル、何匹狩った?」

「わかんない。でも沢山。レベルも怖いぐらい上がってる」

 ウルクナル、レベル二百億。バルク、レベル百二十億。コリン、ジェシカ、レベル百十億。

 戦闘が開始して一時間弱。エルフリード隊の平均レベルも三億にまで引き上げられた。それでもなお、敵の数は増え続けている。ウルクナル達のレベルは青天井で上昇を続けた。

「ねえ、コリン。あれ、何だと思う? 敵?」


 杖からメガ・レイの千倍の威力と消費魔力量を誇る熱線、ギガ・レイを止め処なく放ち続けていたジェシカが、超高密度魔力で鋳造された十メートルの刃を振り回し、十重二十重とセラフィムの魔力障壁を斬り裂いていたコリンに声を掛ける。

 ジェシカの指差す先には、銀発色の装甲を纏った全長十八メートルにも及ぶ巨大な人型の集団が、帝都市街地の住居を押し潰し、こちらに向かってくるのが見えた。

 その機械的なフォルムに、ジェシカは一瞬マシューの開発した新兵器かとも考えたが、どうも様子が違う。巨人は、上空を旋回するセラフィムに攻撃しようとはせず、一直線にこちらへ向かってきているのだ。機械関係に疎いジェシカは、飛行戦艦の開発にも携わっていたコリンに伺いを立てたのである。

 案の定、銀発色の巨人を見たコリンは、目の色を変えた。好奇心と敵愾心の混ざり合った実に研究者らしい顔つきになったのである。


「――! ウルクナルさん、バルク先生! ガダルニアの機械兵器が出現しました!」

「何ッ!? どこだ!」とバルクは敵影を探し、ウルクナルは万感の思いを抱きながら、銀発色の巨人を眺めた。ウルクナルが思い出した過去の記憶が正しいとするならば、あれは自分の故郷を滅ぼした巨人のはずだ。

「方角十一時、市街地です」

「あれだな、マシューがサンプルを欲しがっていたヤツは。コリン、あれのレベルは? というか、アイツ魔結晶持っているのか?」

「ちょっと、待ってください」


 コリンは、マシューより預かった最新型の望遠鏡型レベル測定器を向けた。計測が完了するまでの間、ジェシカがコリンに浴びせられる攻撃を防ぐ。

「……もう少し、出ました。レベル十億。魔結晶を五つ内蔵し、動力源としているようです」

「あそこまで巨大な人型を制御する技術は、俺達にはない。何体かは無傷で捕獲した方がよさそうだな。ウルクナル、一つ策を閃いたんだが、協力してくれるか」

「捕獲終了後に、残りを自由に破壊していいなら」

「構わないさ、満足するまで食い荒らせ。俺もさっさと終わらせて、食事を再開したいんだ」




 ガダルニア、首都ガイア。

「装甲機械兵、鹵獲されました」

「自爆させ、破棄しろ!」

「駄目です、信号を受信しません。強力な魔力障壁で覆い、外部からの操作を受け付けません」

「自立自爆プログラムは」

「機体は一切損傷していませんから、プログラムは機動しません」

「……何てことだッ」

 賢者達が集う本会議ビルの最下層に設けられたエルフ殲滅計画の指令本部は、混乱と怒号の嵐が吹き荒れていた。飛び交うのは、否定、想定外、非常識。エルフ殲滅計画は、予想を遥かに上回るエルフリードの成長速度によって全てが吹き飛んだ。


 ウルクナルがセラフィムと戦闘を開始した直後に、計画の全てが崩れ去ったのである。

「エルフ平均レベル十億を突破。魔結晶を吸収する様子は一切確認できず! 想定の一千倍以上に達する上昇速度です」

「何故だ……! 奴らはどうやってレベルを吸収しているッ!?」

「奴らは、気体魔結晶以上のレベル吸収方法を独自に会得したと言うのか……っ」

 ガダルニアの計画を根底から覆したのは、ハイパーレベリング・タイプツーだ。自身のレベルよりも斃した魔物のレベルが、高かろうが低かろうが、一定して十パーセントのレベルを問答無用で吸収するという破格の効率。


 何より、戦闘を続けながらにしてレベルが上がっていくという仕組みを、ガダルニアは想定していなかった。例え、魔物が斃され魔結晶を獲得されても、レベルアップを済ませる暇も与えずに物量によってエルフを押し潰す。それが、この計画の肝だったのだ。

 メルカルより賢者の地位が与えられて八年。三名の賢者達は、この日の為に何千回とシミュレーションを繰り返してきた。覚醒エルフの増殖とレベルアップが十年続こうとも、十分に対処可能な戦力を揃えたはずだったのだ。

 所詮はエルフ、所詮は戦闘しか能の無いエルフだからと、入念な事前調査を怠った結果である。

 決して腹の満たされることのない貪欲な怪物に、最高級のディナーを際限なく与え続けているのが現状だとしても、己の負けを認められない三名は、戦力の逐次投入を止められない。闘争の一切を知らず、ガダルニアという平穏なフラスコの中でぬくぬくと生きてきた賢者達は、一時の熱で全てを失う博徒の病に冒されていた。


 指令本部で三名の賢者、メルキオール、バルタザール、カスパールは、荒々しい口調で論議する。

「もはや一刻の猶予もない。ウロボロスを投入だ」

「それは、できない。アレは、無茶なレベル増強を繰り返し過ぎて、培養液から出した瞬間から急速な細胞劣化が始まる。ガダルニアから向かわせたのでは自滅するだけだ。容器ごとエルトシルに運び入れ、エルフ達の目の前で解き放とう」

「どうやって、運び入れる」

「航空機だ」


「忘れたのか、ウロボロスは巨大だ。しかも、大量の培養液でみたされた器ごと運ぶ必要がある。並みの輸送機では運べない。いかにウロボロスが強力でも劣化した後では――」

「何を言っている。飛行空母を輸送機として使えばよいだけの話ではないか」

「正気か貴様ッ! 飛行空母は、我がガダルニアでも、年に二機生産するのが限界の戦略兵器。制空権も確保できていないような戦場に出せば、的でしかないぞ」

「そうだ。……仮の話になるが。飛行空母がエルフの手によって撃墜された場合。現在奴らが、どれだけの効率でレベルを吸収しているのかは不明だが、大幅なレベルアップをすることだろう。その責任を貴様は負えるというのか?」

「――では、こと此処に至って、他にどんな手があると言うのだッ! 対抗意見も挙げぬまま、否定するばかり、あまりにも虫がよすぎるのではないかッ!」

「……そ、それは」


「……ッ」

 カスパールの一喝によって、二名は口を閉ざした。メルキオール、バルタザールもわかっているのだ。もはや、危険を冒さねば勝利を掴めぬ程、自分達が追い詰められていることを。

「飛行空母に、培養器に封入した状態のウロボロスを積載。速やかに発進せよッ!」

 トリキュロス大平地から遠く離れたガダルニアの航空基地より、ガダルニアの狂気が生んだ最終兵器を満載した航空機が飛び立った。空飛ぶ要塞の異名を持つ飛行空母が、戦地を目指す。




「第三隊、後退して一時休憩! 第四隊と交代しろ! 第五隊はマニエール学園の守りに就け! 第二隊は俺と巨人狩りだ!」

 ウルクナルが戦闘を開始してから既に三時間。いくら斃しても、セラフィムとガダルニアの装甲機械兵はどこからともなく湧き続けた。エルフリード隊の平均レベルも三十億を超え、余裕を持ってセラフィムを撃破できるまでに力を伸ばしていた。

「お前らは初めての巨人狩りだったな。簡単に説明する」

 バルクはおよそ五百名のエルフリードを前にして、装甲機械兵を斃す上で役立つ知識を矢継ぎ早に口頭で伝える。


「奴らのレベルは十億だ。つまり、斃せば一気にレベルが一億上昇する。ハリネズミみたいに砲台を全身に配置しており。発射されるのは、セラフィムと同じ魔力の塊だが、予備動作がないので避けるのが難しい。いつ被弾してもいいように、防御には多めに魔力を割り振れ。それ以外は、セラフィムと同じだ。班で行動し、一体を囲んで斃せ。どれだけレベルが上がったからといって浮かれるな、突出は死に直結すると覚悟しろ。わかったか」

「はいっ!」

「行け!」

 飢えた五百の猛獣が戦場に解き放たれた。剣と杖を携え、撒き散らせば街一つを火の海にすることのできる魔力を束ね、装甲機械兵の魔力障壁を攻撃する。刃と魔法は、敵機が構築した魔力のカーテンを貫いて、深刻なダメージを与えた。だがそこは、無機物の魔物。腕がもげようが、足を砕かれようが、怯まずに攻撃を放ってくる。


 エルフリード達は、班で一丸となり、幾度も攻撃を浴びせ、各部ごとに魔力障壁で守られた十八メートルの巨人を完膚なきまで破壊し尽くす必要があった。

 レベル十億のエルフリードが連携して闘っても、装甲機械兵では、セラフィムを一体斃す時間の十倍掛かる。レベルは高いが、効率のよい相手ではなかった。だが、それは単純に自分達が弱いからなのだと、年若いエルフリード達は思い知る。

「ウルクナル様すげー、こんなに硬い敵を素手でボロ雑巾みたいに」

「一瞬過ぎて、何してるのかわからなかった」

「込めている魔力も桁が違う。あの方は一体何レベルに到達したんだ」

 件のウルクナルは、両手の指先に魔力を滾らせ、装甲機械兵が展開する魔力障壁を掴むと、あろうことか引き千切ってしまう。そうしてむき出しになった装甲に、拳を叩き込んだ。十八メートルの巨人は、その一撃で千のスクラップと化し、沈黙。次の得物に張り付くと、同様に破壊した。

「ふう、七百三十四……ッ」


 かれこれ二時間、この作業を繰り返している。一体の装甲機動兵をスクラップにするまでの所要時間はおよそ十秒。ウルクナルのレベルは一千億の大台に突入していた。

「ん? 何かが来るな」

 ふと、戦いを止めたウルクナルは、敵陣の真ん中で拳を下ろし、地平線の彼方を向く。当然、動きを止めたウルクナルには、数千体にも及ぶ装甲機械兵の一斉攻撃が加えられたが、彼は茫然と彼方を望むばかりだ。

 ウルクナルが展開する魔力障壁の一センチ四方に、この街を灰燼に帰するだけのエネルギーが直撃する。ただ、その攻撃を受けたことで消費された魔力など、十兆の貯蔵魔力を誇り、三百秒で貯蔵庫を満タンにするウルクナルにとってすれば、ものの数秒で回復する程度でしかない。

「…………」


 だが、そんなウルクナルであっても、遥か東の空に現れた機影より漂う異質な空気を感じ取った瞬間、猛烈な焦燥感を懐かずにはいられなかった。

 無意識の内に、その機影にレベル測定器を向けた。

「あれ? おかしいな、まだ出ない」

 本来なら、数秒でレベル測定を終えるはずの計測器が、対象に三十秒かざし続けても、レベルを表示してくれない。それどころか、異常に発熱し、歯車に砂利が詰まったかのような異音が聞える。

「――あぅ」

 ボンッという音を立て、まるで、過電流の流れたヒューズのように腕部に内蔵された測定器は弾け飛んだ。レベル一兆まで測定する最新の測定器が、である。

「……久しぶりの感覚だ」

 ブラックベアー、オークキング、タワーデーモン、ビックアントクイーン、SSSランク冒険者。

 長い間忘れていた格上を相手にする時の、胃が引き締まり、胸が張り裂けそうになる感覚に、まるで最上級の美酒に酔いしれるかのような、質の高い高揚に包まれる。

「悪くない」


 ウルクナルは、実に楽し気に言った。

 全長百メートル、全幅二百五十メートル。二十四発の大型ジェットエンジンを両翼に並べたまるで要塞のような飛行空母が東の空に二機出現した。

 本来ならば、多数の戦闘機を艦載し、周辺空域の警戒しながら飛行するのだが。腹に抱えた恐ろしく重い荷物の為に、戦闘機は一機たりとも乗せていなかった。

 ガダルニアの切り札であるウロボロスの投下という役目を果たさんと、二機の空中要塞が帝都に迫る。




 トートス王国を発した飛行戦艦エルフィニウムが帝都に到着したのは、装甲機械兵との戦闘が激化した後のことであった。

 やや出遅れ気味の戦艦エルフィニウムであったが、前線に到着するや否や、艦に搭載された魔法兵器を撃ちまくり、多大な戦果を上げていた。エルフリード隊も一切の死傷者を出さずに数十万体にも及ぶセラフィムや装甲機械兵を撃破していたので、艦橋には楽観ムードすら漂っていたのだが。

 艦橋で計器を操作するエルフリードの一人が声を荒げ始めた。

「ガダルニアの大型輸送機内部に積載された新兵器の情報解析、完了しました。個体名、ウロボロス、レベル……百兆。数、二」

 この報告によって、艦橋は騒然とする。

「レベル百兆の魔物が二体……」

「距離はっ!」


「帝都外縁より、東へ百キロメートル。なおも高速で接近中」

 帝都ペンドラゴンの地下には、トートス王国の南部に位置する要塞都市ダダールのように、五百年掛けて築かれた避難用シェルターが無数に点在しており、エルフリードとガダルニアとの戦闘の烈度と、地上施設の壊滅具合からすれば、死傷者の数は非常に少なかった。

 逃げ遅れや、避難途中で怪我を負って身動きが取れなくなった者達も、マニエール学園の生徒達によって保護され、学園に匿われているのも死傷者が少ない一因だろう。

 だが、レベル百兆という計測結果の出たウロボロスが、帝都に向けてセラフィムや装甲機械兵のように魔力光線を照射した場合はその限りではない。レベル一千億のウルクナルですら、その攻撃を体で受け止める訳にはいかないのだ。回避すれば、街に光線が直撃し、地上のあらゆる建造物が破壊され、地表は融解、地下に避難した市民を死滅させるだろう。

 しかしながら、まだウロボロスは投下されていない。


 これ以上の前進を許す訳にはいかないのだ。

「超々収束魔力砲、発射準備!」

 マシューの命令に、艦橋にいる一人のエルフリード技術者が血相を変えた。マシューやサラと共に、 この艦の設計開発に関わってきた人物である。

「無茶です! 三連魔力砲や魔力追尾ミサイルならまだしも、主砲の発射はまだ実験段階。一発の発射で航行不能に陥るかもしれません! 最悪自爆も考えられますッ!」

「では、この発射を実証実験にすればいいのです」

「実証実験……実戦で、ですか!?」

「はい。こんな大出力兵器、この戦いで使わなければ、いつ使えるかわかりません。使える時に使い、データが欲しい。――サラ、準備はできていますか?」

「あったり前! 私も含めて魔力充填役の魔法使いが大分レベルアップしたから、こんなチッポケな魔力貯蔵タンクなんて、常時満タン状態よ」

 チッポケと言う程、この艦の魔力貯蔵量は少なくないし、小さくない。何せ、この艦の装甲と兵器と エンジンを取り除いた残りの艦内空間のほとんどが、魔力を蓄えておく為のタンクに占領されているのだから。


「高度上昇、五千!」

「高度上昇五千」

「メイン魔力貯蔵タンク、主砲に接続」

「接続しました、主砲ハッチ開きます」

「高度五千に到達。高度を維持します。魔力消費、毎秒一万」

 船底のブースターを吹かし、上空五千メートルまで上昇したエルフィニウムは、艦首の装甲を開き、内部から全長八メートル直径二メートルの複雑な形状をした金属の塊が飛び出した。遠目では艶のない黒で塗りつぶされた八本の金属柱を、黄金色の図太く長い金属棒が螺旋を描いて束ねている。束ねられて先細りした砲門は、油断なく、五十キロの彼方を航行する飛行空母を睨む。

「バルブ解放、魔力充填」


「バルブ解放、主砲への魔力の充填を開始。圧縮開始」

「圧縮炉正常作動、体積五万分の一」

「――魔力の異常ロス発生、消失魔力は二十三パーセント。許容範囲内、問題無し」

 順調に発射準備が整う中、マシューは指示を下す。

「弾種、炸裂徹甲弾」

「弾種、炸裂徹甲弾。魔法式を付加します」

 炉の中で超高密度に圧縮された魔力は、ただ極めて高密度なったこと以外は、河原の石ころと大差ない。言うなれば、信管の差し込まれていないプラスチック爆弾と同じだ。安定しているので、叩こうが、投げようが、火で炙ろうが爆発しない。


 だが、信管を差し込み、信号を送れば話は違う。粘土のようなその物体は、何者をも吹き飛ばす爆風へと生まれ変わるのだ。

 規模と精度は違えど、プラスチック爆弾に信管を差し込むのと同じ作業を、現在行っているのである。

「照準、敵航空要塞」

「照準完了、着弾誤差、プラスマイナス三メートル」

 主砲である八本の柱の隙間から、藍色の稲光が連続して漏れ出ている。だがこれは、圧縮された弾頭から放たれた魔力光ではない。現在輝いている魔力は、弾頭を音速の三十倍という速度で打ち出す為の炸薬なのだ。エルフィニウムのメイン魔力貯蔵タンクを空にして精製された弾頭には、一千兆もの魔力が費やされている。


 その想像もできないレベルで膨大な魔力が生み出す魔力光を肉眼で視認することはできない。あまりにも暗く、網膜表面の細胞が色を認識できないのだ。

「弾頭表面温度、二十億五千万度」

 太陽の表面温度が約六千度であることを考えれば、二十億五千万度という温度の凄まじさもぼんやりとではあるが、理解することができる。では何故、砲身が融解しないかといえば、八本の柱の内側に、浮遊魔法の応用で形作られた第二の砲身があるからである。第二の砲身は、いわゆる、遠い未来を空想した絵に出てくる車が行き交う透明なチューブだ。未来の交通手段のように物体を浮き上がらせ、八本の柱である第一砲身に砲弾を接触させることなく、二十億度の塊を撃ち出すのである。

 この危険極まりないシステムを、実証実験も済ませていないのに、実戦に投入しようとしているのがマシューなのであった。万が一、第二の砲身が不完全で、どこかしらに穴が空いていた場合、二十億度の砲弾は第一砲身に接触、瞬く間に融解し、地上に落下することになる。

 帝都ペンドラゴンは、今度こそ地上から抹消され、地図にはペンドラゴン湖という名の湖を書き加えなければならなくなるだろう。


 近年、マシューがマッドサイエンティストの異名を拝命したのにも納得がいく。

「主砲、発射ッ!」

「ペタ・インパクト、発射」

 二重の意味で危険なエルフィニウムの主砲が、マシューの手が振り下ろされるのと同時に、ガダルニアの飛行空母目掛けて放たれた。

 火薬で金属弾を飛ばす化学反応砲と違い、この超々収束魔力砲に発射音はない。浮かせた弾を発射するのだから当然だ。その分派手さには欠けるが、それも砲弾が炸裂するまでのこと。

 飛行空母に内蔵されたレベル五十兆の魔結晶が生み出す魔力障壁は、全幅二百五十メートルを誇る巨体の隅々にまで、厚さ二十メートルの鋼板に等しい防御力を実現させている。

 しかし――。


 ペタ、一千兆の名を冠する魔法の前には、二十メートル厚の鋼板に相当する防御力など、無いも同然であった。音速の三十倍で飛来する砲弾は、五十キロメートルを五秒で駆け抜ける。障壁を貫き、飛行空母の内部構造をズタズタに引き裂いた。

「着弾。飛行物体の魔力障壁を貫通」

 ただ、砲弾が敵機から貫通することはない。砲弾は、敵機内部で形状を変化させていく。マッシュルームのように押し潰れ、内部に留まり、炸裂する。

 瞬間、全幅二百五十メートルの飛行空母は、幾億万もの無残なスクラップへと成り果てた。巨大な培養液の中で眠り、魔力障壁を展開していなかったウロボロスも同様で、いかに精強な肉体を備えていようとも、ペタ・インパクトの爆風によって深刻なダメージを負った。

 一千兆の魔力がもたらす破壊はそれだけに留まらない。遥か上空で発生したはずの爆風が地殻を掘削し始めたのだ。爆風は、後方に三キロの位置で飛行していた飛行空母二番艦にも直撃。

 障壁は貫かれなかったものの、衝撃を吸収し切れず、機体に深刻なダメージを負った。黒煙を噴き、高度の維持ができないのか降下を開始する。




 ガダルニア、首都ガイア。

「飛行空母一番艦、轟沈ッ! ウロボロス一号心肺停止ッ!」

「飛行空母二番艦の操縦が利きません。全エンジン出力低下、高度が維持できません」

「何だ、何が起こったッ!」

 本会議ビル地下の指令本部で、賢者の一人であるバルタザールがヒステリックな声を張り上げた。暗闇に浮かびあがるモニターには、爆発四散する飛行空母の映像が映し出されていた。

 その映し出された光景にメルキオールやカスパールは驚嘆し、声も出せない。数秒間、指令室から完全に言葉が消える。


「ペンドラゴン上空を飛行する謎の戦艦型飛行物体より計測不能な高密度魔力物体が射出。飛行空母一番艦の魔力障壁を貫通。機体内部で、大爆発を起こしたものと推定されます」

「では何故、二番艦までもが落下している。魔力障壁は健在ではないかッ!」

「巨大な飛行空母の障壁、その大部分に爆風が直撃したものと考えられます。面積の大きな物体が、小さな物体と比べ、風の影響を大きく受けてしまうのと同じで、飛行空母の魔結晶に高付加が掛かり、破損した可能性が……」

「――ごたくは結構だッ! ウロボロスだ。ウロボロスを放てッ! エルフ共を皆殺しにしろッ!」

「そ、それが……」

 言葉を詰まらせるオペレーターに変わり、戦場に出現している全ての生物のレベルをモニターしている人物が、重い口調で答えた。


「敵の攻撃によって、一号艦に積載されていたウロボロスが魔力障壁の展開できないまでに負傷。その後、レベル一千億のエルフが戦闘不能状態のウロボロスを撃破。エネルギーを吸収し、レベル十兆一千億に到達しました」




 暴れ回る。ウルクナルの内側で暴風が吹き荒れていた。

 ウルクナル、レベル十兆一千億。

「――――」

 レベル百兆のウロボロスを斃したことで、レベルは一千億から、十兆一千億へと上昇した。かつて経験したことのないレベルの大跳躍である。腕力、脚力、皮膚強度、魔力貯蔵量、魔力生成量。どれもが、レベル一千億の時とは桁違いに向上している。まるで、別の生物に変化してしまったかのようだ。

 ウルクナルは、足元を見る。そこには、全長二十メートルにも及ぶ、醜く肥大した人型があった。皮膚は黒く変色し、背中の羽は退化していて、まるで人の虫垂だ。


 胸部の、本来は美しい色合いとなるはずの魔結晶は汚く白濁し、形も歪であった。無茶なレベル注入について行けず、悪性腫瘍のように魔結晶が肥大化したのだろう。

 一歩間違えば自分もこうなっていたのかもしれないと思うと怖気が走るが、同時に、自分はこの醜い魔物には決してならないという自信もあった。確証はないが、何故かそう思えたのだ。

「……そう言えば、もう一体いるんだった」

 地面と激突炎上した飛行空母二号艦から現れたのは、地面に横たわる魔物と同種のもの。

 レベル百兆の魔物、ウロボロス。


 レベル十倍差。

 ウルクナルは、手甲の調子を確かめながら、貯蔵魔力の一割を肉体強化に充てた。

「――はッ!」

 ラッシュ。ウルクナルは、両拳を魔力で守りながら、腕力も魔力で強化して拳の雨を降らせた。狙いは、むき出しになっている魔結晶。魔結晶を破壊すれば、いかに精強な魔物といえども即死する。魔結晶を有する生物共通の弱点と言えるだろう。

 千にも届く拳は、ウロボロスの魔力障壁に全て弾かれた。やはり、レベル十倍の差は隔絶している。だが、諦めるなどもってのほかだ。拳の先端に一割の魔力を集め、収束。純粋魔力で構成された一センチ角の立方体を生み出し、貫通の魔法式を付加した。これはエルフィニウムの主砲の簡易版というところだろうか。


 これこそ、十年掛けて開拓された原初魔法の新たな地平、魔法式付加。火、風、土、水という四系統の魔法を疑似的に行使することを可能にする技術である。

 元来、原初魔法とは、トリキュロス大平地に息づく全ての生命が無意識の内に行う生理現象のようなものだ。魔力は常に生物の体内で生成されおり、貯蔵庫に魔力は蓄えられる。ところが一般人は、魔法を行使し、魔力を消費する機会が皆無である。そうなると、貯蔵庫の魔力は減らず、いずれ生産され続ける魔力を貯め込み切れず、魔力が体外へと溢れ出てしまうのは自明だろう。

 その溢れた魔力こそが、原初魔法の源泉、生理現象か魔法かの区別すらつかない、原始的な魔法。原初魔法である。


 実にヘッポコそうなこの魔法だが、一定以上の魔力量を誇る戦士が修得すると、途端に隠していた牙を剥く。その気になれば、全魔法中、最低の魔力量で人を即死させられるのが、この原初魔法なのだ。魔力で刃を創り、首を刎ねるのには、魔力量五十もあれば十分だろう。

 原初魔法の本質は、体外で魔力を操作し、形状を持たせ、性質を持たせることにある。

 四系統の魔法が、体内で魔力を練り、千差万別の魔法を形作るのだとすれば。

 原初魔法は、体外で魔力を操り、物体を創造する魔法である。

 その気になれば、生み出した物体の表面に、魔法式という名のプログラムを書き込み、四系統魔法的な特性を付加させることもまた、可能なのである。

「吹き飛べッ!」


 ウルクナルの一撃は、ウロボロスの魔力障壁に風穴を開けた。その小さな穴が閉じる前に、爆発の魔法式を付加したありったけの魔力を流し込む。魔力障壁の内側という密閉された空間で、爆風が行き場を無くして乱反射し、ウロボロスを襲う。

 この時ウルクナルは、重大なミスを犯していた。

 先ほどと同等の魔力に貫通という魔法式を付加し、ウロボロスの魔結晶を砕いていたら、それで決着していただろう。ウルクナルは、寸前になって魔結晶から矛先を逸らした。理由は単純で、ウロボロスの胸部に宿る、レベル百兆の魔結晶のせいである。

 すなわち、ガダルニアの英知だ。あれを手にすれば、様々な技術を王国にもたらせるかもしれない。そんな物を簡単に壊してしまってよいのか、来るべきガダルニア総攻撃の日の為の礎にするべきではないのか。


 ウルクナルは、ありていに言えば、油断していたのだ。

 この十年、レベルが上がり過ぎ、命を掛けた戦いを経験していなかったウルクナルの心には、贅肉が溜まっていた。

「――ッ」

 ウロボロスの振り回された長い腕が、ウルクナルに直撃した。吹き飛ばされる。体は巨大でも、動きは決して遅くはない。とっさに、魔力エンジンを形成、空中で錐揉みしていた体を地面に対して並行に戻し、空中で静止する。

 だが、ウロボロスの追撃は続く。

「――くッ」

 開いたウロボロスの口から、光の帯のような物体が無数に放たれる。蛍光色の、ケバケバしい赤色の輝きを纏う帯は、一斉にウルクナルへと殺到した。あの帯に魔力は感じられないが、生存本能とも言うべき第六感が警鐘を鳴らしている。


 残り少ない魔力を消費し、回避運動を試みるが。

「どうして、追ってくるんだ」

 垂直に、S字に、U字に。ウルクナルは、音速の六十倍で空中を飛びまわるが、光の帯はどこまでも彼を追尾した。

「しつこいッ!」

 ウルクナルは一分近く逃げ回り、振り切るのは無理だと悟った。ならばと、空中で百八十度の方向転換し、ウロボロスへと飛び込む。帯は、相変わらず追い掛けてくる。ウルクナルは、振り抜かれる魔物の腕を回避し、胴体部、突き出した魔結晶の前、障壁すれすれまで接近すると体を持ち上げた。


「くっ――」

 瞬間に掛かる途轍もない重力。通常の人間ならば、肉体が引き裂かれてしまうであろう重力が襲っても、ウルクナルは失神することなく、飛行を再開し、一直線に上空を目指す。

 ウルクナルを追い掛けた光の帯は、ウロボロスの魔力障壁に直撃。帯は、魔物の障壁を突きぬけ、肉体に突き刺さった。

「うわ、すげ」

 弾け飛ぶウロボロスの肉片。一切の魔力が感じられなかったにも関わらずあの威力、警戒して逃げ回って正解だったようだ。それに、三割程ではあるが魔力も溜まってきている。


「――はっ」

 魔力障壁に魔力を充てるだけ無駄と判断したウルクナルは、防御を捨て去り、魔力の運用を攻撃に特化させ、肉体の破損に苦しむウロボロス目掛けて突貫しようとした寸前。

 ウロボロスが、あの光の帯を吐き出した口を瞬時に開く。

「――ッ」

 ウルクナルは、魔物の大きく開かれた口の奥に、エルフィニウムのペタ・インパクト級の魔力量を感じ取った。攻撃を中断して、体を魔力で覆い、回避に全力を傾ける。

 暗黒としか表現しようのない光の束が吐き出された。

 それはまさに、トリキュロス大平地を滅ぼす光であった。


 未踏破エリアの方角にウロボロスから放たれた漆黒の破壊光線は、照射された地点で、エネルギーの収束を解く。瞬間、オレンジ色の巨大な火の玉が地上に具現する。三百キロの彼方を中心にして起こっている爆発であるにも関わらず、至近距離で炸裂したかのような衝撃波をウルクナルに浴びせかけた。

 光線は大地を消し飛ばし、閃光が消え去った後には、直径数十キロメートルに渡るクレーターが出現した。魔力を一点に凝縮するエルフィニウムのペタ・インパクトと違い、ウロボロスの一撃は魔力を拡散させて広範囲を吹き飛ばす。個よりも群を効率良く死滅させる為の一撃であった。

 こんな攻撃、レベル十兆オーバーのウルクナルでも防ぎようがない。未踏破エリア側に照射されたからよかったものの、仲間達がいる帝都方面に発射されたらと思うと冷や汗が止まらない。


「ウルクナル、無事ッ!?」

 サラから通信が入った。顔を見なくとも血相を変えたサラの顔が脳裏に浮かぶ。

「うん、なんとか」

「そう……。エルフィニウムの魔力充填が終わったの、今まで敵を引きつけてくれてありがとう、主砲が撃てるわ」

 ウルクナルがウロボロスと戦闘を開始してまだ五分。

 主砲の第二射まで少なくとも三十分、発射装置が破損していた場合は更に掛かると事前に聞かされていたので、もう暫くは闘えると考えていたのだが、メンバー達も今回の戦いで急速に力を伸ばしたらしい。少々悔しいが時間切れのようだ。

「ウロボロスを足止めする必要はある?」

「平気、的が大きいし、動きも遅いから簡単に当てられる。あ、でも、ウルクナルが未踏破エリアを背にして魔物の注意を引き付けてくれると、じっくり照準を合わせられるから助かる」

「わかった。発射する時は言ってくれ」


「了解」

 ウロボロスは再び光の帯を口から吐き出した。回避運動を行いつつ、ときおり収束した魔力を放って攻撃を引きつけ、照準完了までの時間を稼ぐ。

「発射三秒前!」

「――退避!」

 エルフィニウムから発射されたペタ・インパクト第二射は、ウロボロスの魔力障壁を難無く突き破ると、飛行空母と同様に内部で停止し、直後に爆散した。ウロボロスは魔結晶諸共灰となり、ガダルニアによるエルフ殲滅計画は失敗する。

 ガダルニアの計画はエルフリードの働きによって防がれたのであった。


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