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エルフ・インフレーション ~終わりなきレベルアップの果てに~  作者: 細川 晃@『女装メイド戦記』新連載
第三章

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革新の調12

 

 トートス王国外縁。


 そこでは、エルフリードが出資している王都改造計画の象徴、第四城壁の建造が進められていた。第四城壁は、従来の外縁であった第三城壁の外側に聳え立つ予定の長大な城壁で、第三城壁と比べ高さ五十パーセント増し、厚みに至ってはダダールの城壁よりも分厚い。


 この城壁により、王都の直径はこれまでの三キロメートルから一キロメートル延伸されて四キロメートルとなり、土地面積はおよそ五千五百平方メートル増加する。


 城壁の上には、兵士詰所やマシューの開発した百五十ミリ榴弾砲が等間隔で並び、城壁内部には、これまたマシューが開発した二十ミリ機関砲や、対魔力障壁弾を発射する九十ミリライフル砲が備えられていた。

 完成すれば、現状、その守りは鉄壁と言っても過言ではなく。


 第四城壁は、エルフリード不在中に万一大来襲が発生しようとも、未踏破エリアに生息する超高レベルモンスターが来襲しない限り、王都守備隊のみの力によって王都を守り抜けるよう設計されているのである。




 八日目。

 王都第三城壁の東門付近に、門下生二名と、エルフリードの四名が向かい合うように佇んでいた。


「よーし、Gランク冒険者二名、よく聞け!」

 コリンとジェシカがウルクナル式道場に入門してから丸一週間が経過した。にも関わらず、彼らがGランク冒険者のままなのは、近場のトートスの森であろうとエルフリードが遠征の一切を許可しなかったからだ。かなりの長時間、バルクの攻撃を避け続けられるようになり、自分達が着実に強くなっている実感はあれど、肩書は底辺の中の底辺である、Gランク冒険者のまま。


 本当にこのままで期日内にSSSランクへ到達できるのかと、ジェシカですら不安になっていた頃、念願の遠征が行われる運びとなったのだ。

 現在コリンとジェシカは、第三城壁東門の手前で、初めての遠征に心躍らせていた。

 だが――。


「お前らには今日中に、Dランクへ上がってもらう」

「え……」

「は?」

 その突き放した物言いに愕然としていた門下生達は、詳細な説明を求めて口を噤んでいたが。


「以上、さあ行って来い! ちなみに、今日中にDランクへ上がれなかった場合は、破門だッ!」

 崖に突き落とされる思いだった。

 獅子の子落としと言うには、あまりにも酷い。


 門下生達は、ポカンと口を開け、目を見開き、脱力する。心と頭は真っ白で、何も考えられない。だが暫くすると、沸々と怒りが湧きあがり、腰に吊るされた鉄剣が、カチャカチャと二人の怒りに呼応するかの如く震える。


「あー。僕が詳しく説明しましょう」

 彼らの心情を悟ったのか、前置してからマシューが語り出す。

「トートスの森の深部に生息するブラックベアーを、一人一頭ずつ討伐してください。ちゃんと証明部位である頭の持ち帰りを忘れないでくださいね?」

「無理ですよ、ブラックベアーなんてッ! 僕達まだレベル一桁ですよッ!?」

「そうよッ! 第一、私達はまだ三カ月間のGランク労働も終えてないじゃない!」

 

二名の反論に対し、バルクとマシューは。

「ブラックベアー程度、討伐して貰わないと困る。それだけの訓練はこの一週間行ってきたつもりだ」

「労働の方も問題は有りません。ここに許可書があります」


 マシューはナタリアの署名が記された書状を二人に見せる。そこには、三カ月間のGランク労働を免除し、期日中にブラックベアー討伐に成功した者をDランクへ昇格させるとの旨が明記されていた。商館総括コンシェルジュであるナタリアの手に掛かれば、地獄のGランク労働免除など造作もないのだ。


「…………」

「…………」

 エルフリードの権力の前には、いかなる道理もねじ曲がる。反論する気力もない。


「いってらっしゃーい!」

 ウルクナルの大声に押し出されるように、城門を抜け、第四城壁建造現場を横切り、二人は薄暗いトートスの森へ分け入った。

「さてと、俺らも久々に遠征に行きますか」

 彼らの背が完全に見えなくなるまで見送ったエルフリードの四名は、各自の装備の最終点検に移る。


「今日はどの辺りまで行くんだ?」

 バルク、レベル六千七百六十。装備、魔物鉄ホワイトドラゴンと白金のハンマー、魔物鉄ホワイトドラゴンと白金の盾、魔物鉄ホワイトドラゴンのプレートアーマー。

「前回は確か、未踏破エリアの境界から一時間飛行した場所で魔物を討伐していたはず。ほら、丘があったところ」

 サラ、レベル五千六百九十四。装備、怪しく輝く古木の枝の杖、ヒドラの皮のローブ。


「未踏破エリアは丘とクレーターだらけですよ」

 マシュー、レベル五千百二十七。装備、二十五ミリ対魔力障壁アンチマテリアルライフル。


「じゃあ、適当に奥地まで」

 ウルクナル、レベル七千百二十。装備、魔物鉄ホワイトドラゴンのグローブ、魔物鉄ホワイトドラゴンのレザーアーマー。

 彼らの装備は、国宝級の代物ばかりであった。それこそ城でも宮殿でも買い取れる価値と研究資金を注ぎ込んだ一品揃いである。トリキュロス大平地で、ホワイトドラゴンの素材をこうも贅沢にあしらった装備を身に纏えるのは、冒険者パーティ・エルフリードくらいなものだろう。


「全速力で飛ばす。マシューが考えた、新型魔力エンジンの構造は頭に入ってるか?」

「おう」

「当たり前」

「当然です」

「競争だ!」

 第三城壁の外へ駆けだしたエルフリードは、両足に魔力を滾らせ飛び跳ねる。


 その瞬間、ウルクナル達は音を置き去りにして、天高く投げ出されていた。城壁は遥か真下。雲にも手が届く。

 魔力爆発による上昇はやがて止まり、重力に引き寄せられる自由落下が始まった。エルフリードは慌てずに、魔力噴射による姿勢制御を試み、魔力のエンジンに火を点す。


「推力安定、皆さん、加速に移ってください!」

 マシューの報告を受け、ウルクナル達は空中を推進する。秒間数千の魔力、魔導師級の魔力が生み出すエネルギーは、音速の壁を軽々と凌駕し、極超音速へ。黒色の輝きを放ち、魔力製エンジンを甲高く怒り狂わせながら突き進む。


「マッハ六……、マッハ七……、マッハ八……、マッハ九……、マッハ十! やりましたッ! 成功です!」

 マッハ十、一秒間で三千四百メートルを飛行しながら、マシューは自身が設計したエンジンの有用性に歓喜する。一秒間に三千オーバーの魔力を燃やし、四条の光線で空を五分に引き裂く。しかし、一秒間に三千オーバーの魔力消費というのは、ウルクナル達の一秒間における魔力回復量を上回っている。


「マシュー、喜んでいるところ悪いけど、私、そろそろこの速度で飛ぶのが大変」

 エルフリードのレベル平均はおよそ六千。レベル百倍の法則で彼らの貯蔵魔力は六十万だ。エルフリードは、約三百秒で空の魔力庫をフルにするので、一秒間の魔力回復量は二千。彼らがマッハ十で飛行できるのは、最大でも六百秒が限度なのである。

 ただ実際は、加速にも風防の魔力障壁にも魔力エンジンにも、貯蔵魔力を大量に割り当てなければならず、現状マッハ十という速度は、三百秒も維持できない。


 それでもマシューは大満足だった。高々数分の飛行でも、疑いなく、これまでの自分達の最高飛行速度を塗り替えることができたのだから。

 やり切った満足感に浸りながら、速度を落とす。


「お疲れ様でした。減速してください」

「ふー、あー、疲れた」

「あー、腹減った」

 つい数十分前に食事を済ませたにも関わらず、ウルクナルは空腹を訴えた。三百秒で空の魔力庫をフルにするエルフリードに備えられた魔力生産器官の燃費は最悪の一言だ。


 彼らは、地上をうろつくアーキタイプゴブリンの一団を粉砕し、軽食としての魔結晶を確保する。

「俺にも一個くれ」

「ほい」

「さんきゅー」

「あ、私にも!」

「僕にもください」


 最近、マシューによる魔結晶研究によって、魔結晶には、固体、液体と続き、第三の状態があることが判明した。――気体である。

 自分の体を覆う魔力障壁の内部に魔結晶を持ちこんだウルクナルは、手のひらの結晶に魔力を注ぐ。魔結晶が高温になり、溶け出したところで、魔力で液体包み込み。更に魔力を注ぎ込んで行く。


 レベル三百のアーキタイプゴブリンの魔結晶は、三万の魔力で液化し、六万の魔力で気化する。つまり、液化させるのに必要な魔力量の二倍を注ぐことで、魔結晶は気化するのだ。

 もちろん、固体を液化させずに気体へと変化させる昇華も可能で、二倍の魔力を瞬時に注入することで結晶は昇華する。ウルクナルが態々液化を経由させて気化させていたのは、魔結晶が形を変えてゆく様が面白いと感じ、ゆっくりと変化させていたのだ。


「しっかし、良く発見できたよな、普通の発想じゃないぞ、触れただけで鉄も溶かす高温の気体を直接浴びるなんて」

「いえいえ、ウルクナル程ではありませんよ。予備知識が有ったからこその発見です」


 ウルクナルの称賛をあっさりと流すマシュー。

 しかし、気体魔結晶を用いたレベルアップ方法の発見は、あっさり流せない世紀の発見であった。気体魔結晶は、白化したエルフの肌に触れると瞬時に吸収され、体内で魔力とレベルに変換される。

 なんと、従来の液体魔結晶では成し得なかった、低レベル魔結晶からもレベルを得られるのだ。気体魔結晶を吸収することで、自分よりも高レベルの魔結晶ならば五パーセント、低レベルならば一パーセントのレベルを獲得する。


 レベル三百のアーキタイプゴブリンの魔結晶からでも、レベル三を得られるのだ。

 マシューはこの一連の現象をハイパーレベリングと命名した。近々マシューは、ハイパーレベリングに関する細かな法則を検証し、論文として纏めるつもりでいた。

 だが、公表など当然できない。白化したエルフが、四名存在するだけでこの大騒動の毎日だ。ハイパーレベリングが、現在の王都に浸透した場合、何が起こるのかは誰にも想像もできない。

 来るべきその時まで、この特殊なレベリング方法は秘匿しなければならないのだ。


「バルク、本当にコリンとジェシカは大丈夫なんでしょうね?」

 地上で逃げ惑うアーキタイプゴブリンの魔結晶を手当たり次第回収し、その都度吸収しながら冒険者達は会話する。

「当たり前だろ? そんなに心配だったら後をこっそり追えば良かったじゃねえか」


「バルクの言う通りだよ。二人の闘いぶりからすれば、ブラックベアーの攻撃なんて止まって見えるよ。俺が保障する。俺が初めてブラックベアーと闘った時よりも二人は強いもん。本人達は気付いていないみたいだけどね。……いやー、それにしてもブラックベアーかー、懐かしいなー」

 と、魔結晶を食しながらブラックベアーと初めて対峙した日を思い出し、懐かしむウルクナルだった。


「え、あの二人って、もうそんなに強いの?」

 格闘主体のウルクナルの発言に、サラは信じられないといった様子。後衛魔法使いには、彼らの成長具合の判断は難しいようだ。

「強いよ。その為の、筋肉酷使からの回復魔法コンボだからね。バルクが考案した修行法は大成功ってわけ。やったな、バルク」

「へへへ、俺自身あんなに上手くいくとは予想外でな。あいつらの努力と根性、成長速度には驚きっぱなしだ。やっぱり、エルフも人間も一番成長するのは、命の危機を感じる殺し合いの最中ってことだな」


 筋肉酷使からの回復魔法コンボとは、闘いで酷使した肉体を魔法で癒し、筋肉の超回復を瞬時に引き起こすことで、強靭な筋肉と体力を極短時間で造り上げる訓練方法だ。


 バルクの攻撃を十数分に渡って難無く避け続けるコリンとジェシカには、ウルクナルが言う通り、ブラックベアーの動きなど止まって見えるだろう。訓練を受けていた本人達は気付いていないかもしれないが、バルクは初日から徐々に、ハンマーを振るう速度を上げていた。レベル六千のバルクが、腕に僅かながらでも魔力まで纏わせて繰り出す攻撃を、門下生二名は避けられるのだ。

 ブラックベアーどころか、タワーデーモンの相手をさせても、彼らが遅れを取ることはまずありえない。門下生達には伝わっていないようだが、初日の相手をブラックベアーにしたのはバルクなりの優しさであった。


「じゃ、今日も散開して魔物討伐で良い?」

 ウルクナルの提言に、メンバーは合意する。


 レベル四桁の魔物が生息する未踏破エリアでの単独行動は危険であったが、ウルクナル以外のメンバー三人は、近頃何かと忙しく、遠征に割ける時間も限られている。

 ゆえに、各自の火力が急上昇し、ハイパーレベリングを獲得した現在、全員が纏まって行動するよりも単独行動した方が良いと、マシュー達は判断したのだ。


 ただし、自身よりも高レベルの魔物と遭遇した場合は、交戦することなく即座に逃走するようにと、メンバーの間で約束されていた。

 三方に散らばるメンバーを見送った後に、ウルクナルも飛行を開始する。

 数分もすると。


「フレイムギャロップか」

 下方に燃え盛る馬の一団を発見したウルクナルは、二割の魔力で守りを固め、地上に降り立つと、魔物に肉薄する。更に一割の魔力で腕力を強化し、魔物の頭部を殴り飛ばす。風船が弾けるようにフレイムギャロップの頭部は消滅し、血液を噴き出しながら横倒しになる。


 魔物は、ウルクナルが放つ破格の魔力に、本能的に勝てないと判断したのか闘う意志すら示さずに逃げ出した。だが、ウルクナルとしても、王都を滅ぼしかねないレベル二千五百の魔物を見逃すはずはなく。

 四足で大地を疾走するフレイムギャロップよりも速く走り、次々とその首を消滅させた。ウルクナルは計八頭のフレイムギャロップを討伐し、十二個の魔結晶を入手。全てレベルに変換した。


 レベル七千四百二十九、レベル三百の上昇である。

「おー、上がるねー」

 ウルクナルは、懐中時計型の装置に記された数値を見て感嘆した。


 それは、マシューとサラの合作で、瞬時に生物のレベルを測定できる装置である。何でも、魔結晶にはレベルに応じた不可視の波を空間に伝えるらしく、その波長を読み取り、レベルを算出しているらしい。つまりは、魔結晶を宿していない魔物のレベルは測定できないのである。そして、ウルクナル自身のレベルを計れるということは、他の高レベルモンスターと同じで、彼の体内にも魔結晶が宿っている証拠だった。


 ウルクナルは、肉体がまた一段と強化されたのを感じながら飛翔する。

「ん? 見ない魔物だな」

 ウルクナルは、自分の飛行高度よりも上空に、奇妙な発光体を発見する。まだ太陽は高い、月でも星でもなさそうだ。発光体は、ジグザグに高速で飛行しながらこちらに接近してくる。それが魔物だと判明したのは、発光体から青白い光線が発射されてからだった。


「うおッ!?」

 回避が間に合わないと判断したウルクナルは、正面に展開していた障壁を厚くし、受け止める。サラが放つX級魔法メガ・レイ、その半分の太さの光線は、ウルクナルの障壁に当たって四散する。だが、彼の表情に余裕はなかった。軽い倦怠感を覚える。先ほどの一撃で、貯蔵魔力の一割を防御に費やしてしまった。しかも、構築した障壁は大きく損耗し、第二射は防げそうにない。


 ウルクナルは、懐から懐中時計型のレベル測定器を持ち出し、発光体に向ける。機器が図り取ってくれた数値に、ウルクナルの心臓は高鳴った。


「……レベル八千」

 ウルクナルは、久しく忘れていた狩られる側の気持ちを思い出す。そしてウルクナルは獰猛な笑みを浮かべ――。


「はッ!」

 特攻する。

 自分よりも高レベルの魔物に出会ったら即座に逃げる。そんな約束事は、すっかり忘れていた。

 ウルクナルは、この新種の魔物との闘いに小細工は持ち込まないと決めた。そもそもウルクナルに、持ち込めるだけの立派な小細工などはなから存在しない。正面からの殴り合いしか知らない男だからだ。


 両足裏の魔力エンジンを精一杯吹かし、重力で体が引き裂かれんばかりに空中を飛行して、迫りくる光線を回避する。

 ドッグファイトする白と黒の流れ星。発光体も高速で飛行しているようだが、秒間三千の魔力を注ぎ込むエンジンからは逃げられない。それに魔物も、攻撃しながらでは、飛行に全力を傾けられないのだろう。


「――ッ」

 光線がかすめウルクナルの障壁を削り取る。よく見ると、あの光線は、メガ・レイのように純粋な光の束ではなく、細かな粒子の集まりであることが分かった。故に、メガ・レイよりも遥かに速度は遅く、ウルクナルでも回避可能なのである。


 しかし、障壁に魔力を殆ど回していないウルクナルにとってすれば、凝集光だろうが、荷電粒子砲だろうが、一発当たれば致命傷な時点で差異はない。

 回避に全力を傾けつつ、逃げ撃ちする発光体に接近する。

 勝機は訪れた。


「はッ!」

 右拳が漆黒に塗り潰される程の魔力を捻り出したウルクナルは、その渾身の右拳を発光体に叩き込んだ。十トントラックが鶏をはねたような音があたりに響く。骨を粉砕し、肉が磨り潰される音が聞え、発光体は数度瞬いた後に墜落する。

 地面に落ちた発光体が、未だに光の束を放つので、ウルクナルは魔力の塊を投げつけて爆発させ、止めを刺す。

 ウルクナルは地上に降り立ち、仕留めた魔物を観察する。


「……うえ、気持ち悪」

 ウルクナルは、魔物を見て初めて忌避感を覚える。ゴブリンやオークなど、醜悪な魔物は数あれど、この魔物の冒涜的姿には遠く及ばない。

 白鳥のように美しい二枚の翼に包まれていたのは、直径三十センチ程のグロテスクな肉塊だった。中心部にレーザーを発射していた開口部があり、ギザギザの尖った歯が、八つに切り開かれた口腔内にビッシリと生え揃っている。汚らしい肌色の肉塊からは、小さな手足が四方八方から飛び出していた。

 数人の赤子を生かしたまま肉団子にして、ビーム発射口と翼を取り付けた化物。まるで、気の狂った何者かが、意図的に生み出したかのような生物である。


「…………」

 斃したからには、剥ぎ取りをせねばなるまいと。ウルクナルは嫌々短剣を肉団子に突き立て解体する。グチャグチャとしばらく臓物をかき混ぜていると。

「あった。一、二、三つも」

 その宇宙的で冒涜的な外見に反して、摘出された魔結晶は無垢なピンク色に輝く美しい結晶であった。早速吸収してみる。


「おお!」

 レベル七千八百二十九、魔結晶一つでレベルが四百も上昇した。そして二つ目を吸収するとレベルは八千で止まり。三つ目を取り込むと、レベルは八千八十へ。


 この魔物一体でレベル六百五十一を獲得したウルクナルは、次の得物を求めて空を飛ぶ。

 エルフリード全員が無事に合流を果たしたのは、太陽が地平線の彼方へ沈み始めた頃で、特に誰かが怪我をしている様子もなく、皆健在だった。


 本日の遠征によって、ウルクナルレベル八千二百五十、バルクレベル七千三百三十一、マシューレベル五千五百四十三、サラレベル五千九百八十八となった。

 ウルクナルが皆に、気持ちの悪い新種の超高レベル魔物に出会ったとの旨を伝えると、採取した魔物の素材で鞄を丸々と膨らませたマシューが嬉々として食い付く。が、余りにも気持ち悪くて死体を捨ててきたことや、魔結晶を全て平らげてしまったことを話すと、マシューは酷く落胆してしまう。


 ウルクナルは、そんなマシューをなだめるのに苦労し、高レベルの魔物に出会ったら逃げるという約束を破ったことを、サラとバルクにとがめられるのだった。


 一方その頃、門下生二人はトートスの森にいた。

「――っ」

 王都にほど近いトートスの森に生息する体長三メートルはあろうかというブラックベアーが、ジェシカの刺突をわき腹に受けてゆっくりと倒れ伏した。ジェシカの片手剣は、見事に魔物の心臓を刺し貫き、傷口から大量の鮮血があふれ出ている。

「ジェシカっ!」

 血に濡れた片手剣を手にしたままジェシカが呆然としていると、そんな彼女を心配したコリンが駆け寄ってくる。


「ジェシカ、平気? 怪我は?」

「……大丈夫」

 単発のライフル銃が比較的裕福な冒険者の間で普及してきた現在でも、ブラックベアーはDランクの門番と恐れられ、この魔物を単独で討伐すれば、一角の冒険者として扱われる。そんな魔物をジェシカは単独で撃破し、Dランク昇格を決めたにも関わらず、彼女の表情は曇ったままだった。


「ねえ、コリン」

「どうしたの?」

 ジェシカは、死に絶えた魔物を見下ろしながら呟く。


「この魔物、本当にブラックベアー? あまりにも弱すぎるんだけど」

「ジェシカ、ブラックベアーが弱いんじゃないよ。君が強くなったんだ」

「私が、強くなった?」

 ジェシカは、コリンの顔を見つめながらオウムのように聞き返す。


「そうさ。さっき僕も、少しの間だけどブラックベアーの相手をして分かったことがある。僕達は道場に入門する以前とは比べものにならないくらい強くなってる。魔物の攻撃は、バルクの暴風みたいなハンマーさばきからすれば、止まっているかのようだった。まあ、あんなに厳しい鍛錬を欠かさずに行ってきたんだから、強くなっていないとそれはそれでショックだけど」


 ジェシカは、コリンの言葉に同意するように首肯した。それでも彼女の表情が晴れることはない。思いつめたような表情のままコリンに再度質問する。


「つまり今の私って、大抵の人間よりもずっと強いってことだよね」

「……うん。そういうことになるね」

「コリンあのね。私、怖いんだ。ほら、私って結構短気だから、ガラの悪い人間に絡まれて挑発されたらすぐに頭に血が上って、……怒りにまかせて人間を殺めてしまうかもしれない。そうなったら私は……」

 ジェシカは、自分が手に入れつつある力の強大さを知り、いずれ自分が取り返しのつかない過ちを犯してしまうのではと恐怖していた。

 そんな彼女の震える小さな肩に、コリンは手を添えて言った。


「大丈夫だよ、ジェシカ。僕達はエルフなんだ、たとえ今よりもずっと強大な力を手に入れたって、そんなことにはならないよ。僕達は、最後の一歩を踏み留まることができる」

「どうして断言できるの? わからないじゃない、そんなの」

 コリンは、笑顔と共に言葉を重ねる。


「えっとね。これは、ナタリアから聞いた話なんだけど。エルフは、人間とは比べものにならないくらい、素直で従順、つまり温厚な種族らしいんだ」

「……温厚? 優しいってこと?」


「うん。その証拠に、エルフが引き起こした犯罪は、人口比で考えても、人間のそれよりもずっと少ないんだ。しかも、エルフの起こした犯罪のほとんどが、貧困の為にやむなく行った軽犯罪ばかりで、殺人なんかの重犯罪は数える程らしい」

「でもそれって、エルフのレベルが低いからじゃないの? レベルの高い人間と争っても負けると理解しているから、どんなに悔しくても我慢しているだけなんじゃ」


「エルフが全員、人間よりレベルが低いってわけじゃないでしょ? 単独でオークの城を攻略してしまうような実力を持った、BランクやCランク冒険者のエルフはいる。でも彼らが、私怨で人を殺したなんて話はまったく聞かない。人間に蔑まれ、何百年と生きてきたエルフの冒険者がだよ? 口でいくら人間を殺したいと言っても、それは絶対にいけないことだと理解しているから、最後の最後で踏み留まっている。あれはガス抜きみたいなものなのかもしれないね。まあ、その口の悪さが災いして、厳しいナタリアの審査で落とされてしまったみたいだけど」


「…………」

 コリンの話に、思い当たるふしのあったジェシカは、思案顔のまま押し黙った。


「それに今は、値は張るけど、高性能な銃器が王都で売られている。レベル一のエルフだって、レベル五十の人間を一人で殺すことができる時代なんだ。であるにも関わらず、エルフが高位の冒険者を殺したなんて話は聞かないだろ? つまりそういうこと。エルフは、我慢強いんだ。エルフが人間みたいに同胞を殺す種族だったら、王都は今頃大混乱さ」


「……そうかもしれないけど」

「ジェシカ、僕達は、この世で一番辛抱強い種族であるエルフなんだ。だから大丈夫、自分に自信を持とうよ」


「うん。……わかった。ありがとう、コリン」

「どういたしまして」

 この日、コリンとジェシカは、Gランクから三ランク特進し、Dランクへ昇格した。


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