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エルフ・インフレーション ~終わりなきレベルアップの果てに~  作者: 細川 晃@『女装メイド戦記』新連載
第三章

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革新の調6

 

 夕刻。王宮のホールにて、祝宴が開始された。

 天井に吊るされた巨大なシャンデリア、靴で踏むことすら憚られる赤いカーペット、銀の食器に盛りつけられた豪華な料理の数々、華やかな装飾品で身を着飾った王国の有力者達。千人から収容できるこのホールには、王国の頭脳と呼ぶに相応しい名だたる名家や富豪が肩を並べながら、王宮の料理に舌鼓を打ちつつ、控え目にある人物達へと視線を送っていた。

 会場の話題と視線を一手に集める彼らこそ、この祝宴の主役であるエルフリードの面々であった。


「場違い感が半端じゃないな。俺達本当にここに居て良いのか?」

「ジロジロ見られていますね」


 彼らの足元には、大小合わせて四つのアタッシュケースが置かれており、彼らを観察する有力者達に話題を提供し続けていた。

「二人とも堂々として」

「……そうは言ってもよ」

 サラは、料理を盛った小皿を手に二人をたしなめるが、実は彼女も緊張しているようで料理の味をいまいち堪能できていなかった。


「なあ、そういえばウルクナルはどこだ?」

 唐突に、バルクは気付く。自分達のリーダーが近くに見当たらないのである。

「あ、本当だ。おかしいですね、さっきまで側にいたのに」

「ウソ!? 大変、捜さないとッ!」

 慌てた三人が、会場を見渡してウルクナルを捜していると。


「バルク、マシュー、サラ!」

 背後から、よく知った声が三人を呼ぶ。

「みんなもこっちで食べようぜ! 滅茶苦茶ウメーぞ!」


 テーブルの一角を陣取り、視線に憚ることなく大量の食器の山を既に築きつつあるウルクナルは、大声で彼らを呼ぶ。急いで他人のふりをするメンバー達だが、その目立つ白銀の容姿を隠すことなど不可能で、人の中に隠れようともウルクナルに発見されて食事に付き合わされるのだった。


 結局、宮廷料理の誘惑には逆らえず、エルフリードのメンバー全員で、他人の視線など憚ることなく、高い酒と高い料理を次々と堪能していく。順調に、空き瓶と空き皿を積み重ねていった。


「ホントに美味いな、この料理」

「確かに、最高に美味しいですね、――料理としては」

「そうね、料理としては、とっても美味しい」

 エルフリードは口ぐちにそう言った。料理としては最高でも、あの液体魔結晶の味からは遥かに遠いのである。


 白化してからというもの、満腹中枢が狂ったのか幾らでも食べられる。どうやら、摂取した食事は、片端から魔力へと変換されているらしい。それはつまり、通常の食事ではどれだけ食べても腹の足しにならないのである。彼らの胃袋は底なしなのだ。

 もっとも、常に空腹を感じているわけではなく、感覚としては常に腹八分目といったところであろうか。そして、未だに貧乏性が抜け切れていないウルクナル達は、食べねば損と、次々と料理を口に放り込んでいった。


 ホールにこれでもかと並べられた長テーブルに、所狭しと置かれた料理がみるみる消えていく。魚料理、肉料理、野菜、果物。料理が山と盛りつけられていたはずの銀の大皿が、ウルクナル達が座する席の側でこれまた山となる。

 この大食いが幸いしたのかは謎だが、誰一人としてエルフリードに声を掛ける人物は現れなかった。話し掛けられても、素人には理解不可能な魔法か科学、もしくは血生臭い話題しか提供できないエルフリードの面々としては、ジロジロ観察されながらも、皆と料理を食べている方が何かと気楽であった。


 ホールの全料理、その三分の一をエルフリードが平らげたところで、数名の近衛兵が管楽器を高らかに吹き鳴らす。

 騒がしかった会場は一瞬で静まり返り、最後に残ったのはウルクナルが手にしていたフォークを皿の上に置く音であった。ウルクナルにも一般常識が備わっていることに感謝しつつ、バルク達は胸を撫で下ろす。

 耳が痛くなるような静けさが数秒続き、ホールの正面、その壇上の幕が左右に開き、トートスの王であるアレクト国王と、その娘の第一王女シルフィールが姿を表す。

 曲者揃いの有力者が、傾注してその第一声を待ち望んでいた。失礼な言い方ではあるが、国王としての人望は確実に具わっているようだ。


「まずは礼を言いたい。皆、忙しいなか集まってくれてありがとう」

 何らかの魔道具を用いて声を増幅させているのだろう。国王の声は、会場の端までよく通った。

 頭頂部に、日常用のシンプルな金の冠を乗せ、赤を基調とした衣服に、王家の紋様が刺繍されたマントを羽織るアレクト国王は、娘の手を握りながら、会場を隅々まで見渡す。食器が山と積み上げられたテーブルに座するエルフリードを見つけた彼は、愉快そうに微笑した。まるで友人に向けるような気さくな笑みである。


 シルフィールもウルクナルを発見したのか、爛漫な笑顔を見せている。ティアラを乗せ、純白のドレスに身を包んだ彼女は、今にも彼のところへ駆け寄らんばかりだが、王女としての使命を全うすべく自重し、王の傍らで大人しくしているのだった。


「今日は、王国に四名のSSSランク冒険者が誕生したことを祝す良き日だ。我が王宮の食物庫が空になるまで、料理と酒の提供を約束しよう。存分に飲み、食べ、楽しんでほしい。酔い潰れたとしても、我が王国の優秀な魔法使いが、その酔いを水系統魔法で吹き飛ばすので、安心して、強い酒も飲んでくれ。以上だ」


 国王の太っ腹発言に、歓声と拍手が巻き起こった。そして、シルフィールを連れて壇上から降る。もう挨拶を切り上げてしまうらしい。

「軽っ、早っ、もう終わり? 国王様の話ってそれだけ?!」

「高等学術院の学院長なんて、一度壇上に現れたら、堅苦しい言葉遣いで最低十分は喋り続けるのに……」

 アレクト国王のあまりにも簡素な挨拶に驚きを隠せないマシューとサラだった。


「ねえ、国王様が、こっちに来てない?」

「向かって来てるな、確実に」

「ほら皆立って。ウルクナル! 服装直して!」

 会場中の視線が、国王とエルフリードに向けられていた。話声は極押さえられたものになり、王国の有力者達は、固唾を飲んで行方を窺う。


「よく来てくれた、エルフリード諸君。――久しぶりだな、ウルクナル、見違えたぞ」

「あ、うん、久しぶり。こっちも見違えた。まるで別人みたい」

 声を掛けられたウルクナルは、アレクト国王と気楽に挨拶を交わしながら、壇上に彼が現れた時から気になっていたその変貌を尋ねてみる。間近で見ると、その変化は一層際立っていた。


「肩の荷が下りてね、近頃は快眠続き、食事がよく喉を通り、酒が美味い! あっと言う間に六キロも太ってしまったよ! はははっ」

 以前のアレクト国王は、それこそ重篤な病人のように憔悴していたが、現在の彼にはエネルギーが満ち溢れている。肌は艶々、目はギラギラ。背筋も真っ直ぐ伸び、王冠がよく似合っている。

 アレクト国王は、肩の荷が下りたと言った。それはつまり、ガダルニアとの付き合いで芝居をしなくても良い状況にまで、王国の立場が好転しているという意味なのだろう。


「ウルクナル! 久しぶり!」

 すると、国王の影に隠れていたシルフィールが一歩前に出て、スカートの裾を摘んで上品な礼を披露する。そして頬に朱に染めながら、ウルクナルへと右手の甲を差し出した。

「久しぶり、シルフィール。……その手は何だ?」


「く、口付けを許します! ここにキスしなさい!」

「えー、なんで?」

 ウルクナルが小首を傾げると、頬の朱を紅に変化させたシルフィールは、硬直したまま動かなくなった。


「なんか最近、ウルクナルって実は大物なんじゃないかって思えてきた」

「僕もです」

「そうか? 俺には、ただの大間抜けにしか……」

 王族とウルクナルとのそんなやり取りを眺めていたバルク達は、額に冷や汗を浮かべながら、ひそひそと会話する。


「ああ、そうだ! アレクト国王にプレゼントがあるんだった」

「ほお、気になるね。何かな?」

 ウルクナルは、足元の大きなアタッシュケースを無造作に引っ張り出し、乱雑にテーブルの上に置くと、鍵を開くのが面倒なのか、金属製の南京錠を引き千切る。レベル三千五百オーバーのウルクナルならば、純粋な指の力のみで金属を引き千切ることぐらいわけはない。


「……これは」

 エナメル質のような鱗が整然と生え揃ったホワイトドラゴンの首の剥製は、アタッシュケースの中で、宝石にも劣らぬ輝きを放っていた。アレクト国王は、その純白の輝きに目を点にする。

「二日前に、エルフリード全員で力を合わせて討伐したレベル五千の魔物、文献では白龍とか、蛇龍とかって呼ばれている龍種、らしいんだけど」

 ウルクナルが口にしたレベル五千という言葉は、ここでも絶大な効力を持って伝播していく。会場の貴族達はエルフリードに畏怖を、富豪達はホワイトドラゴンの首に欲望を示していた。


「――――」

 アレクト国王は、若干の手の震えを感じつつも、首を凝視した。その首は、今でも生きているのではないかという程に、生気に満ち溢れ、見る者をすくみ上がらせる。大の男ですらこれだ、幼い、しかも女の子が直視すれば号泣ものであろう。

 そう考えて、自分の娘を見たアレクトは、本日二度目、真の驚愕を味わうことになる。


「……かっこいい」

 シルフィールは泣くどころか、ホワイトドラゴンの首に夢中であった。昆虫大好き少年が、巨大なオオクワガタの標本を眺めるように、シルフィールはあの白龍の首に魅了されていたのだ。

 混乱するアレクト国王を置き去りにして、話は進む。

「こんなにも盛大なパーティーを開いてくれたし、何かお礼しようと思って。これ、貰ってくれいない?」

 と、ウルクナルは事も無げに言う。


「い、いいのか? こんな同重量の天然宝石よりも高価そうな物を貰っても。美術品としても、魔道具の触媒としても、武器の素材としても、その価値は計り知れない。下手をすると、この王宮を買い取れるだけの価値を秘めているぞ、これは」

 これほど高価な物は貰えない、と難色を示す国王だったが、こんな時こそナタリアの入れ知恵が役に立つ。


「……その首を最初に、国王に渡すことに最大の意味がある、らしい」

「…………。なるほど、そうか。君達はまたレベル五千の魔物を狩ることができる。その証明と宣伝になるわけか。――そういうことなら、遠慮せずに受け取ろう。ありがとう、エルフリードの諸君。この首は王家の宝にさせてもらうよ」

 まさに、一を聞いて十を知る。ウルクナルの一言で、エルフリード側の思惑を理解したアレクト国王は、それならばとホワイトドラゴンの首を受け取った。


 エルフリードの目的は、エルフの社会的地位向上である。その露骨な働きに、明言はしなかったものの国王は同意した。この首を、会場の権力者達の前で受け取ったのがその証拠である。周囲の人々からすれば、国王がエルフから極上の菓子折りを受け取ったように見えたことだろう。


「それから、これはシルフィールに」

「え!?」

 ウルクナルは、もう一つ小ぶりなアタッシュケースを持ち出す。同じく鍵を引き千切り、中身のそれを取り出した。

「ホワイトドラゴンの鱗を鋳溶かして、鍛えた短剣だ」

「わっ、綺麗」

 シルフィールに渡された短剣は、宝石剣と呼ぶに相応しい外見をしていた。


 その刀身には一点の曇りもなく、真珠から削り出したような純白の輝きを放っている。

 更に、幼いシルフィールでも重さを感じぬ程に、この短剣は軽かった。

 色合いといい、重量といい、ホワイトドラゴンの鱗は、金属よりもセラミックに近いようだ。だが、その性質は間違いなく金属そのもので、軽く、硬く、鋼鉄よりも遥かに靭性にも富む。非常に不可解な金属だが、武器や防具の素材に最適であることには変わりない。

 しかしながら、魔物鉄ホワイトドラゴンの製造工程はかなり特殊である。通常の炉で熱しても一ミクロンたりとも曲がらない白龍の鱗は、X級魔法使いサラが生み出す、魔導師級火系統魔法を収束させた劫火で炙り続けなければ溶けないのだ。


 つまり、莫大な魔力を消費する為、現時点での大量生産は不可能である。だがもし、この魔物鉄で装備一式を揃えられれば、レベル一の冒険者でも、レベル四十の王国近衛兵十名にワイバーン製の剣で斬られ続けても痛くも痒くもないはずだ。きっと、ワイバーンの剣でホワイトドラゴンの剣と打ち合えば、ワイバーンの剣は切断され、盾は鎧ごと斬り落とされる。

 この短剣一本あれば、頑強な石造りの牢屋に放り込まれても、岩を削って脱出できるだろう。


 これは、そんなイカレタ性能の短剣なのである。

 彼女が剣を握っていると背の低さあり、縮尺的に短剣が長剣に見えた。

 シルフィールは、短剣を大層気に召したらしく、目を輝かせながら、幼女とは思えない慎重な手付きで、じっくりと注意深く切っ先を眺める。そして、大人にとっては短剣でも、彼女にとっては長剣のそれを幾度か素振りした。剣が振るわれる度に、切断される空気の音が聞える。


 その姿は堂に入っていて、ただの素振りが、演武にも迫る洗練された美を内包していた。

 とても、少女のそれではない。


「…………」

 危険な刃物を振るっていた娘を叱らなければならないはずが、彼女の完璧な剣の扱いに、言葉を失って見入ってしまった父親が一人いた。

「ありがとうウルクナル、大切にする」

 シルフィールは満足したのか、短剣を鞘に戻し、礼を言う。短剣を有難がる幼き王女というのもシュールな組み合わせだが、刃物の扱いも一流の剣士のそれなので、然したる問題でもないだろう。


「礼なら、皆にも言ってくれ、俺一人で魔物を斃したわけじゃないから」

「――皆さんありがとう、この短剣、大切にします」

 シルフィールは鞘に戻した短剣を懐き、感謝と共に満面の笑みを浮かべた。


 人に感謝されることに慣れていないエルフリードの面々は、頬を掻いたり頭を摩ったりとシドロモドロになった。レベル三千オーバーの彼らを手玉に取るシルフィール。地位向上を掲げるエルフにとってはあまり好ましくない構図だが、悪い気はしなかった。

 無垢な笑みと感謝には、それだけの価値があるのだろう。


「私の娘に危ない物を渡さないで欲しいのだがな」

 と、シルフィールの父親であるアレクト国王は、控え目ながらも不満を述べた。あの短剣は、魔物鉄ドラゴンのインゴットをスライスする。扱いを間違えば、人の指など言わずもがな。彼女を心配するのは当然のことであったが。

「大丈夫だよ。平気、平気。シルフィールは国王よりも武器の扱いに長けている。間違って手を切るなんてヘマは、絶対にしない」


「しかしな」

 心配するアレクト国王に対し、ウルクナルは平気だと連呼する。なおも食い下がるアレクト国王に、ウルクナルは言った。


「アレクト国王。シルフィールの短剣を持った時の立ち振る舞いを見ていなかったの? あれで十分だよ。既に剣の扱いを体得している。彼女は本物の天才なんだ。しかも、レベル五千のドラゴンの首を見てカッコいいとまで言ってのけた。胆力も人一倍。きっと将来、実戦型の凄腕剣士になる。今のうちに本物の武器をさわらせた方が良いんじゃない?」


「分かっている! 間違いなく天賦の才だろう。だからこそだ。彼女は次期トートス王国の女王なのだよ。シルフィールの才をこれ以上際立たせない為にも、刃物にふれるのは極力控えるべきなんだ」

「女王。そっか、シルフィールが。……惜しいな。……それでも、人間とエルフの手には自らの才に見合った道具を握らせるべきだと思う。それに、望むか望まないかに関わらず、彼女は誰かに自分の才能を気付かされる。俺もそうだった」


「その時は、その時だ。剣を手にして野山を駆け回り始める前に、私の人脈を駆使して、考え得る限り最高の師のもとで、娘に正式な剣術を習わせる」

「そうして欲しい」


「はー。これも血だな、妻のイザベラも素晴らしい剣の使い手だった。顔立ちや性格だけでなく、剣の腕まで受け継いでしまうとは、まったく」

 アレクト国王は、側近の男にホワイトドラゴンの首が入ったアタッシュケースを手渡し、宝物庫に仕舞っておくように命令を下す。

 シルフィールにも、会場で刃物を持っているわけにはいかないだろうと言い聞かせ、彼女が利口なところも大きいが、短剣を巧みに手放させた。

 そう言えば、とアレクト国王はエルフリードの天才学者に語りかける。


「初めましてマシュー、龍の首や短剣にばかり話題が行っていて、まだ挨拶も済ませていなかったね。君があの天才発明家か」

 アレクト国王は、マシューに近寄ると唐突に彼の手を握った。マシューは驚き、肩を上下に揺らす。

「え、えっと。天才かどうかは分かりませんが、色々発明はしています」

「謙遜するな。君の開発した三連大型魔力炉、あれのお陰で命拾いしたんだ。ありがとう」


「三連大型魔力炉……ああ! あのオーダーメイドの、えっ、あれって国王様が発注してくださったのですか!?」

「そうだ。あの時は、無理な注文をしてすまなかった。だがお陰で、娘共々命を救われた。あの魔力炉は本当に頑張ってくれたよ。ありがとう」


 ガダルニアの賢者が放った刺客、SSランク冒険者エコーに追われていたアレクト国王とシルフィールは、セントールとダダールを結ぶ街道の外れに建造しておいた地下施設に逃げ込み、エコー撃退する為に側近が手配したウルクナルの到着を待つことになる。そして、彼が到着するまで刺客から王族を守り抜いたのが、マシューに製造が依頼された魔力炉だったのだ。


「お礼なら、魔法使いであるサラにも言ってあげてください。魔力炉には、彼女の技術と発想も多く詰め込まれていますから」

「ほう、彼女も関わっていたのか、どうりで高性能なはすだ。初めまして、魔導師サラ。私達の命を救ってくれてありがとう」


「い、いえ」

 サラが珍しく緊張していた。X級魔法使いとなり、もう古い称号であるはずの魔導師と呼ばれても、訂正すら求めない。

「近頃はあなたの名前もよく耳にする。魔法学界で大暴れしているそうじゃないか」

「……お恥ずかしい限りです」

「いやいや、とんでもない。そのことにも感謝しているんだ」

「え?」


 アレクト国王は、サラの耳元に顔を近付けると、周囲で耳をそばだてている人間達にも聞こえない小声で言う。

「あの学界は、血統主義に取り付かれていた。魔法に関わった歴史が長い血筋ほど優秀であるという、カビ臭い教えをここ一千年間疑いもしない。そんなところに、巨大隕石の君が現れた。一千年に渡って腐敗してきた学界の全てを、君は吹き飛ばしてしまったんだ。もっと誇ってもいい」

「は、はあ。恐縮です」


 急に誇れと言われても、どんな返事をすればよいのか分からず、緊張も相まって言葉を詰まらせるサラ。そんな彼女を、国王は不思議そうに眺めた。何せ、あの魔法学界で、数多の老獪達と舌戦を繰り広げ、その深淵な魔法知識でことごとく論破し、口を噤ませた女性が肩を狭めているのだ。国王としても不思議でならなかった。

「君は、学界での立ち振る舞いを聞き及ぶに、もっと勇ましい女性かと思っていたのだが、今日は随分と大人しいのだな」

 サラは、一層委縮した。


「国王、サラをあんまり苛めないでよ」

「おお、すまんすまん、ついな」

 ウルクナルは二人の会話に割って入る。どうやらSの気があるらしい国王は、委縮した白銀の美女であるサラを弄るのが楽しかったようだ。


「――君がバルクだな?」

「はい、そうです」

 国王は最後に、バルクの前に立つ。

「君とは手紙でのやり取りだけで、直接会うのは今日が初めてか」

「はい。色々と取り計らって頂き、本当にありがとうございました」

「なに、お安い御用さ。――試験合格おめでとう」

「ありがとうございます!」

 バルクもやや緊張しているのか、背筋を伸ばし、かしこまった口調で会話する。


「さて、バルク、失礼を承知で言わせてもらうが……」

「はい?」

 国王は、バルクにもっと近くに寄れと手で催促し、囁いた。

「天才発明家に天才魔法使い、そして武芸の達人にして史上初めて単独でドラゴンを斃したエルフ。……身内にこんな個性的なメンバーばかりでは、君も色々と悩んだりするのではないか? 自分自身を心の中で罵ったり、貶めたりしてな」

「……っ!」

 その言葉は、バルクの仲間達に対するコンプレックスを直撃する。驚きで硬直する彼に、国王は続ける。


「だがな、それは贅沢な悩みだ。私を見てみろ、私は国王ではあるが、私自身は所詮一人の、無力な人間に過ぎない。レベル二十の私一人では、装備の力に頼らなければ、ブラックベアーですら斃すのも難しい。ただの、非力な人間だ」

 アレクト国王は、片時もバルクから目を逸らさず真摯に言葉を紡いでいく。


「それに比べてバルク、君は、強い。まさに絶対者だ。レベル三千超えの君ならば、ブラックベアー程度、武器や魔力に頼らずとも素手で殴り殺すのも容易だろう。レベル三百のドラゴンだって、素手の一撃で沈むはずだ。そんな芸当、エルフリードのエルフ達以外、誰が真似できる。君は、もう既に、他者から羨望される側に居る。ここに並び立つ英雄達、その一人として数えられているんだ」


「…………」

「……すまない、饒舌に喋り過ぎて、説教臭くなってしまったな。私が君に伝えたかったのはこの一言だ。――バルク、胸を張りなさい」

 そう言うと、アレクト国王は優しく笑った。


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