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エルフ・インフレーション ~終わりなきレベルアップの果てに~  作者: 細川 晃@『女装メイド戦記』新連載
第三章

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革新の調3

 

 一週間後。

 雷雲が見当たらない晴天に、雷鳴の四重奏が轟き、紫紺に輝く四条の魔力光が空を彩る。

 眼下には、エルトシル帝国帝都の街並みが広がっていた。


「みんなー、魔力消費量に問題は? 回復量とつり合ってる?」

 ウルクナルは魔力の糸を伸ばし、各自の魔力で形成された風防に声を伝えた。


「問題なし」

「ありません」

「大丈夫」

「よし、じゃあもっと速度を上げよう」

 魔力を押し固めて形成されたロケットエンジンに、これでもかと魔力を流し込む。既に音速に迫る速度で飛行していたが、ウルクナル達は更に加速した。


 空気の塊を衝撃波として拡散させ、彼らは超音速の域に至る。

 その速度を維持したまま数分も飛行すると、一行は未踏破エリアの、レベル四桁の魔物が生息する地帯に到着する。


「ウルクナル、左前方!」

 厳密には別物だが、糸電話のように、魔力の糸を伝って届くマシューの声を聞き。ウルクナルは、彼が指差す方角を向く。初遭遇する新種の魔物が、雄大な大地を疾駆していた。

「マシュー、あれは?」


「わかりません。新種のようです。レベルは二千五百」

 マシューは、新種の魔物であるにも関わらず、そのレベルを断言する。それは彼が開発し、現在装着しているゴーグルの効果だ。

 レベル測定ゴーグル。試作品の為、動力ケーブルがむき出しになっていたりと無骨な外見をしているが、その性能は折り紙つきである。名称不明の新種の魔物でも、体内に魔結晶を有しているならば、ただ通して見るだけでレベルを導き出してくれるのだ。

 これが非常に重宝する。最早ゴーグルなしで、新種の多い未踏破エリアへ遠征する気にはなれなかった。


「新種ですし、名前、どうしましょうか?」

「フレイムギャロップなんてどう?」と、控え目にサラ。

「いいんじゃないか? 安直で憶えやすい」

「ちょっとバルク! 安直ってどういう意味よっ!」

 バルクに安直と言われたのがよほどショックだったのだろう。サラは、いじけてしまった。


「僕もフレイムギャロップでいいと思います。ウルクナルはどうですか?」

「異議なーし」

 こうして、新たな魔物に名が付けられた。


 フレイムギャロップ、レベル二千五百、証明部位未定、報酬未定。

 魔物は馬に似ていたが、その赤々と燃えるたてがみと尾が、人類の生存圏に生息する馬とは別種であることを物語っている。

 大地を駆ける魔物。あれが王都の城壁に突進したならば、壁は紙くずのように四散するだろう。かの魔物に対して、現状の王都の防衛能力など無に等しい、故に、エルフリードが討伐しておかねばならないのだ。


「しかし、レベル二千五百か……」

「雑魚だ」

「はい、雑魚です。データはもう集め終えましたので斃してしまっても構いません、どうぞ」

 どれだけウルクナル達エルフリードにとってあの馬型魔物が弱くとも、トートス王国にとっては脅威、悪夢の具現だ。


 レベル三千五百二十に到達したウルクナルは、巡航しつつ、二キロメートル先の地平を駆けているフレイムギャロップと命名した魔物に対して攻撃を加える。

 体内魔力の三割を右の手にひらに集中させ、棒状に圧縮。魔力の槍を造り出したウルクナルは、狙いを定め、渾身の力で投擲した。

 一筋の輝き、流星と化した短槍は、一直線にフレイムギャロップへ――。


「ありゃ、駄目だ」

 しかし、流星が射抜いたのは、魔物ではなく、その二百メートル後方の地面であった。

 槍は地下百メートルまで地中を突き進み、炸裂する。

 直後、大地は波打った。


「下手だなー」

 そうぼやいたのは、ウルクナルと同じ圧縮した魔力の槍を手にしているバルクだった。彼は、ウルクナルと同じく魔物へ槍を投擲する。槍は寸分の狂いなく、大地を疾駆する魔物の胴体を貫いた。爆風が、二キロメートル離れたウルクナル達のところまで押し寄せる。

「……投げるのは苦手なんだよ」

「――は?」

「……格闘以外は苦手なんだよ」

 バルクの追求に拗ねたのか、ウルクナルはボソッと白状すると、魔物の残骸には目もくれずに飛行を再開した。


 ――ただ、速度はかなり落としている。ここは既に、ウルクナルでも苦戦必至の高レベル地帯であるからだ。常時、魔力貯蔵庫を満たした状態で、慎重に進まねばならなかった。

「あ、待ってくださいよ!」

 ミンチ状になった魔物から奇跡的に無事だった魔結晶を確保したマシューは、何かの研究に使うのか、液体化させることなく結晶を保管する。もう点にしか見えない仲間達に追い付こうと、慌てて魔力エンジンを吹かすのだった。


 エルフリードは未踏破エリアの探索を進める。

 エンカウントした魔物は、ウルクナルとバルクが競うように狩り尽したが、アーキタイプゴブリンやレッドドラゴンなどの、新種でもない低レベルモンスターは、流れ作業で撃破し、素材の回収もせずに先へと進んだ。

 まれに出現するレベル千以上の魔物は、格下であろうとも侮ることなく、三割から半分の魔力を用いて確実に斃し。その後、マシューが魔結晶を採取するという流れであった。


 今のところは格下ばかりだが、強敵が現れる可能性は捨てきれない。ウルクナルは、事あるごとに油断するなとメンバーに呼び掛けた。

 が、その後も強敵とは出会うことなく、太陽は頭上に昇った。




「最近思うところがあるの」

「どんな?」

 地上に降り、軽めの昼食を口にしているとサラが喋り出した。

 現在、サラのレベルは三千四十一に到達している。つまり、魔力量はレベルの百倍に比例するので、彼女の総魔力量は三十万を超えているということであった。


「そろそろ、魔導師級よりも規模の大きな魔法を表す名称が必要じゃないかって。何か案とかない?」

 マシューはサラに尋ねた。

「それは、初級魔法の上に中級魔法があるように。魔導師級魔法の上位に位置するような名称はないかってことですか?」

「そういうこと」

 そもそも、魔導師級魔法という名称自体、サラが勝手に定義した魔法規模を表すランクであったのだが。


 数日前、魔法学最高位の学界である三国共同魔法学界に、数少ないSSSランク冒険者の魔法使いとして出席したサラは、自身が開発した魔導師級魔法についての発表を行った。

 すると、上級魔法よりも大規模な魔法を表す名称として急遽、魔導師級が、新たな魔法規模を表すランクとして、正式に定められたのだ。


 他国のSSSランク冒険者の魔法使いが、サラを除いて全員欠席したのも大きいが、エルフである自分の創り出した魔導師級という言葉が、特に反発もなく、魔法学界の新たな常識として定義される異常事態となったのである。


 レベル三千オーバー。

 その自分達が手にしてしまったレベルという本質的な力の巨大さに、歓喜以前に眩暈を覚えたのをサラは今でも忘れられない。

 サラが魔法学界での一幕を思い出し身震いしていると、ウルクナルが手を上げて発言する。

「大魔導師」

 どれだけレベルが上昇しようとも変わらないウルクナルの安直さに安堵しつつも、別の意味で眩暈を覚えたサラは、溜息を吐きながら言う。


「……それじゃその次はどうするの」

「次?」

「そう、このまま私達がレベルアップを重ねれば、ウルクナルが言う大魔導師級の魔法でも定義できないような超大規模魔法の実現も十分ありえる。そんな時、どんな名称を付ければいいの?」

「……大々魔導師」

「…………その次は?」

「だいだいだい魔導師」

「その次」

「だいだいだいだい――」

「もういい! わかったから。ウルクナルに尋ねた私が悪かったから」


 急な片頭痛に襲われたサラは、マシューに助けを請うた。何か名案はないかとの声に、マシューは考えを巡らせる。彼にとって魔法関係は、畑違いではあるが門外漢ではない。一応、魔結晶の研究に必要になるであろう魔法知識は粗方吸収していた。相変わらず、天才の名に恥じない驚異的な記憶能力である。


「そうですねー。サラとしては、魔導師級魔法と次の超高ランク魔法、その線引きはどの辺にあると考えていますか?」

「……そうね。魔導師級の下限は当然、魔力三千。これは、もう魔法学界では常識になってる。上限は、そう、十万ってところかな?」

「その根拠は?」


「私が記憶している限り、まあ実際に目にしたわけではないんだけど、一度の魔法行使で消費された魔力の最大総量がおよそ十万だった。魔導師から中級魔法使い二千名による儀式魔法。魔力のロスが多過ぎて、無駄だらけな魔法だったけど、十万もの魔力が一瞬にして火の玉に変換されて、雲を貫く山が、魔法の直撃で標高が半分なったと記述されている。私はそれを、既存魔法の限界だと考えている。事実その後、前回の五十パーセント増し、三千人規模の儀式魔法を執り行ったらしいけど、変換効率は地を這い、魔法は発動すらしなかったらしいの」


 一呼吸置くと、サラは再び口を開く。

「――まあ、カビの生えた文献に数十行のみ記されていただけの魔法だから、この儀式魔法が実際に行使されたかどうかは眉唾なんだけどね。魔導師から中級魔法使い二千人とか、三千人って、あまり現実的じゃないし」

「つまり、その儀式魔法で消費された魔力を基準として、魔導師級魔法の上限は十万にしたい。そういうことですね?」


「うん、そう」

「なら、話は簡単ですよ」

「え?」

「その上限十万を記号に置き換えるんです。αでもβでも、好きな記号で。そして、超大規模な魔法の定義が必要になったら、二α級とか三β級とかって記せば良いじゃないですか」


 マシューの言葉に、暫しサラは硬化した。

 思考が停止したという方が適切かもしれない。

 強制シャットダウン、再起動。

「あーッ! そっかッ! その手があったッ!」


 懸案の一つが解消され喜んでいたサラだったが、その当然と言えば当然の回答すら導き出せなかったことに気を落とした。巨大な数を記号に置き換える操作など、学生時代に散々行ったではないかと羞恥する。


「いつもありがとう、マシュー」

「いえいえ」

「むー。……となると、どんな記号を使うか悩むなー」

 サラは眉間に皺を寄せ悩ましそうに、しかし、楽しそうに唸った。

「魔法なんだし、頭文字のMで良いんじゃないか?」

「それだと、百万の記号であるメガと被ります。十万を記号で置き換えるんですから混同してしまいますよ」

 バルクが自信満々に発言したが、マシューにあっさり斬り捨てられる。


「サラが決めるんだし、直接名前で呼べば良い。サラ二級、サラ三級みたいな感じで」

「……嬉しいけど、恥ずかしい。何か、自分が偉いんだって皆に自慢しているみたいで」

 ウルクナルの提案も退けたが、サラは満更でもなさそうだ。

 その後も幾つかの案が述べられたが、適当な記号が定められずにズルズルと時間だけが過ぎていく。結局、昼食終了の予定時刻を大幅に超過してしまう。リーダーであるウルクナルからの、議論中断のお達しに、サラが渋々と片付けを進めていた、その時であった。

「そうだ! あるじゃない! ピッタリのが!」

 天啓を得たのだろう。唐突に声を張り上げたサラに、仕方ないなという顔をしながら、バルクが尋ねる。

「ほー、どんなだ?」


「むふふ、それはね――」

 降って湧いた新たな魔法規模を表す最適な名称に、ご満悦なサラ。この喜びを少しでも長く味わおうと、ほんの僅かに焦らしたのだが、それがいけなかった。

 サラがその名称を伝えようとした直前、マシューが開発した、高レベルモンスターの接近を知らせる警報ベルが鳴り響く。

「――魔物が急速接近! 数一、新種、レベル……五千!」

 マシューが血相を変えてメンバーに報告する。


「五千ッ!? そいつは大物だ」

 五千と聞き、表情を一変させたウルクナルは、普段の彼からは想像もできないような殺気を放ちながらメンバーに指示を飛ばす。

「バルク、前衛! サラ、魔法の準備! マシュー、とにかく準備! 自分の魔力回復量を常に魔力障壁へ回しながら行動しろ! 魔力切れを感じ始めたら、行動不能になる前に退避を忘れるな!」

「おう」

「わかってる」

「了解しました」

 ウルクナルの素早い指示を、全員は即座に完了させる。


 ここ暫く、自分達のレベルが他を圧倒していたが、彼らの心に油断という名の贅肉は付かなかった。冒険者パーティ・エルフリードは、往年の緊張感で心を満たしながら、体に染みついた前衛後衛の二列陣形を組む。

 ウルクナルは、魔物が撒き散らしているものと思われる異質な魔力を感じ取り、地平の彼方を睨んだ。

「――来た」

 現われたレベル五千の魔物は、ドラゴン種であった。だが、これまでのドラゴンとはその形状がまったく異なっている。トリキュロス大平地でドラゴンと言えば、馬のように発達した足と、コウモリのような翼、デーモンのような筋肉の鎧を纏った胸部を有していたのだが、あの魔物は全てが違う。


「あれは、ドラゴンか? にしたって、えらく細長いな。まるで蛇だ」

「翼もないのに、どうやって宙に浮かんでいるんでしょうか? まさか重力操作? だとしたらとても興味深いですね」

「あの新種のドラゴン、とんでもない魔力を体内に宿しているわね」

 バルク、マシュー、サラは、口ぐちに新種魔物の所見を述べた。


 蛇のような一直線の胴体に、控え目な腕に足。あれでは、足で踏ん張り立ち上がることすら叶わないだろう。しかもあのドラゴンには、あろうことか翼が見当たらない。翼が存在しないにも関わらず、あの魔物は空を自在に飛行しているのだ。

 ホワイトドラゴン、レベル五千、証明部位未定、報酬未定。


 ウルクナル達がそうであるように、あれも魔力を用いた何らかの方法で浮遊しているのだろう。

 猛々しい紫電を纏いながら、空中でトグロを巻き、冒険者達を睥睨する龍。

 流麗な胴に生え揃う大理石よりも白く滑らかな無数の鱗、そして紅玉のような双眸には、濃い神秘性を秘めていた。蛇信仰のある国ならば、きっと神として崇め奉られる存在に違いない。それほどまでに、この龍は美しい。


「――――」

 白龍とエルフリードの睨み合いは、両者が体外へと放出する膨大な魔力が衝突したことで生じた、無数の星が瞬くような輝きによって彩られる。

 誰もが闘志を燃やし、場の緊張がピークに達しようとしていた、その時だった。

 他のメンバー同様、戦意を滾らせていたサラが、――ふと我に返る。


「……そういえば、新しい魔法規模って、なんだっけ? あれ、おかしいな、さっき思い付いたばっかりなのに。……あれ?」

 だが、サラの呟きは魔物の咆哮に掻き消され、誰の耳にも届かない。杖を持ちながら茫然としている彼女を置き去りにして、無情にも戦闘は開始された。


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