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エルフ・インフレーション ~終わりなきレベルアップの果てに~  作者: 細川 晃@『女装メイド戦記』新連載
第三章

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革新の調2

 

 解放歴二〇五八年。

 昼下がりの王都トートス。


 王都北城門の近くには、特殊な建材をふんだんに使用して建てられた、ある道場が鎮座している。

 合掌造りの屋根をなだらかにしたような、道場の入母屋造の屋根には、未踏破エリアに生息するレベル八百の魔物、ヒドラの鱗で鋳造した瓦が数多く重なり合い。建物を支える図太い柱と梁には、同じく未踏破エリアに生息するレベル一千の魔物、タイタンの足の骨が使われている。また漆喰の塗られた白亜の壁には、レッドドラゴンの鱗で鋳造した分厚い板が埋め込まれ。床や内壁の一部は、魔物鉄ワイバーン製のノコギリを用いても切り出せなかった、未踏破エリア原産の頑丈な木材で板張りされている。


 その佇まい、まさに質実剛健。

 飾り気は無くとも、建築に用いられたそれらは、建材として使うには贅沢すぎる代物ばかりであった。魔物素材鑑定の資格を持った者がこの道場を目にすれば、きっと宝石貨の山を幻視するだろう。

 この道場こそ、トートス王国唯一のSSSランク冒険者パーティ・エルフリードが所有する道場。

 その名も、ウルクナル式道場である。


「次の方、どうぞ」

「――はいッ! 失礼しますッ!」

「では、自己紹介からお願いします。名前は結構ですので、出身地だけ教えてください」

「はいッ! 俺、いえ私は、エルトシル帝国、帝都ペンドラゴンから来ました!」


 落ち着いた声音での質問と、最早怒声のような気合に満ちた返答。

 本来、稽古を行う為の道場のメインホール中央には、簡素な机と椅子のセットが二つ、向かい合うように用意されている。

「どうして、この道場に入門しようと思ったのですか?」


「SSSランクの冒険者になりたいからです!」

 面接官であるナタリアは、冷酷な表情を崩さず、入門希望者である中肉中背のエルフ冒険者に質問する。

 このエルフの冒険者が、ウルクナル式道場の門扉をくぐるに足るエルフか否かを見極めているのだ。

 それは当然、商会での業務とは何の関係もなかったが。別にナタリアは、商会を辞めてしまったわけではない。


 むしろ逆で、ナタリアは昇格したのだ。

 一級コンシェルジュの上、SSSランク冒険者パーティ専属コンシェルジュに。

 SSSランクが所属するパーティは、一名の商会コンシェルジュを指名し、専属とする権利が与えられる。当然、ウルクナル達エルフリードはナタリアを指名した。


 こうしてナタリアは、史上初の、エルフの専属コンシェルジュとなったのである。

 エルフリード専属となったナタリアは、SSSランク冒険者に与えられた仕事だけをこなしていればいい。その専属としての初仕事が、この面接官なのであった。

 商会を設立したバルバード一族が失踪した今となっては、実質的に、商会の全権を握る専属コンシェルジュに、一道場の入門面接官をさせるというのは余りにも無体だが。

 ナタリアは、任された仕事に不満はなかった。適任者が自分しかいないと分かればなおさらである。彼女は、二百年に渡って培われたコンシェルジュとしての観察眼を駆使し、入門者を見極める。

「なるほど、では、SSSランク冒険者になれたとして、あなたは何をしたいですか?」


「――SSSランクになれるんですかッ!?」

「……仮定の話です」

 興奮した入門希望者の唾が、ナタリアの顔にふりかかる。それでも彼女は眉一本動かさず、無表情のままであった。見事な鉄仮面ぶりである。

「繰り返します。SSSランクになれたら、あなたは何をしたいですか?」


「……そりゃー。贅沢な暮らしがしたい。自分の力で得た金で、いい暮らしがしたい、です」

 どこか言い難そうに顔を伏せながら、男は己の偽りない心情を吐露する。

 このウルクナル式道場には現在、入門希望者が殺到していた。

 ここがエルフリードの道場であることも一因だが、主な原因は、正面入り口の立て看板に書かれた『エルフのあなたを、必ず、SSSランク冒険者にしてみせます!』という謳い文句であろう。

「正直ですね。白々しい綺麗事を並べるよりもずっと好印象です」

「ありがとうございます!」


 厳しい面接であることを聞き及んでいた為、この好印象という言葉が堪らなく嬉しい。

 心の中で溜息を吐き、安堵する入門者。話の分かるエルフだと、入門者は心を無防備に開くのだった。

 その瞬間を、ナタリアは見逃さない。

 彼女は、この面接における最も重要な問い掛けをする。

「次の質問です。少々抽象的ですが……。あなたは、人間をどう思いますか?」

 これまでにナタリアは、何百回と面接を行ってきた。

 だが、ナタリアの面接をパスした入門希望者は、今のところゼロ。誰一人として、入門に足るエルフは現れなかった。その理由は明白である。


「人間を?」

「はい、自分の素直な感情を仰ってください」

「そんなの、決まっていますよ」

 男は一息吸うと、何のためらいもなく、さも当然と言わんばかりに――。

「ブッ殺してやりたい」と、のたまった。


 万の言葉よりも多くを語る一言。この男がこれまで受けてきたであろう差別や虐待が色濃く幻視できる程の怨嗟。膝の上に置かれた男の両手が軋む。男は歯を噛み締め、息を殺し、感情の乱れを収めようと必死だった。

 ナタリアは、男が落ち着くのを待ってから次の質問をする。


 ――五分後。

「――はい。ありがとうございました。面接はこれで終了です」

 最後の質問を終えたナタリアは、他者を決して刺激することのない柔らかな笑顔を顔に張り付けると、座して一礼する。面接の唐突な終わりに男は暫し呆然としていたが、彼女の座礼を追うように慌てて一礼した。

「合否につきましては、三日後に王都商館のエントランスで発表いたします」


「三日後……。なあ、俺の強さとか確認しなくていいのか? あんたらとは比べられないが、俺だってCランクだからそこそこ強いぜ?」

「本日の面接は一次審査ですので確認の必要はありません」

「……わかった。合格発表は三日後だな?」

「はい」


 再度確認すると、男は席を立ち、出口へと向かう。ナタリアは最後の最後まで、笑顔を崩さずに男性の背中を見続けた。扉が閉まったその瞬間、ナタリアは冷たい鉄仮面を再構築する。席に座り直し、手元のペンを握ると、ギルドカードの写しが記載された男の書類に小さく書き加える。


 不合格。

 机の下から厚紙の大きな封筒を取り出したナタリアは、書類を折らないよう丁寧に仕舞った。

 先ほどの男を不合格にした理由は単純だ。彼は、人間を憎み過ぎている。このウルクナル式道場に入門したエルフは、必ずSSSランクの称号を獲得できるだろう。道場の謳い文句に偽りはない。つまり合格者には、あのスーパーレベリングを伝授するのだ。仮にレベル一のGランク冒険者でも、数十分で未踏破エリアを闊歩できるレベルまで到達するだろう。


 そんな力を、人間を憎悪するエルフに与えてはならないのだ。

 先ほどの男性エルフは、エルトシル帝国出身の、レベル四十のCランク冒険者だった。

 彼は幾年、人間からの執拗な差別に晒されてきたのだろうか。五十年だろうか、百年だろうか。


 ウルクナル達とて人間は憎い。殺意すら懐いたこともある。だが、親切にしてくれた人間がまったく居なかったわけでは決してない。であれば、人間を殺すなど論外だ。感情の赴くままに同胞を殺したのでは、それは最早魔物と同義だからである。

 純然たる討伐対象だ。


 そんな魔物を生み出さない為にも、スーパーレベリングは秘匿する必要がある。だが、諸外国や魔物の脅威から、このトートス王国を護るという大義の為に、スーパーレベリングを伝授し、SSSランク冒険者を増やさなければならなかった。特に、ガダルニアの脅威は未知数である。万が一に備え、戦力は多いにこしたことはない。

 その為の道場であり、ナタリアを配してまで行う面接なのだ。


 ナタリアは自分が、将来王国の切り札となるエルフを発掘しているのだという高揚に浸りながら、黙々と面接をこなす。

「次の方、どうぞ」


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