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エルフ・インフレーション ~終わりなきレベルアップの果てに~  作者: 細川 晃@『女装メイド戦記』新連載
第二章

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ビッグバン25


「皆、立ってないで座れば?」

「あ、ああ」

「……はい」

 ウルクナルの呼び掛けに、バルクとマシューは固まっていた足を動かし、定位置へ腰を下ろす。


「どうしたんだ、サラ。座らないのか?」

「……ごめんさない」


 顔色の悪いサラこそ座って休むべきだと、席を勧めたバルクだったが。口元を押さえた彼女は、踵を返して走り去った。まるで、ウルクナルから逃げるように。


「サラには、少し悪いことしちゃったな」

「どういうことだ?」

 俯いたウルクナルは、少し寂しそうに言う。


「今、俺は相当な量の魔力を体から外へと垂れ流してる。ここに吸気型の魔力炉があれば、爆発してしまうような量の魔力を」


「そんな量の魔力をですかッ!?」

「うん」

 サラと共に魔力炉を発明したマシューは、ウルクナルの言葉に驚愕できたが、魔力にも魔力炉にも疎いバルクには、今一ピンと来ない。この場にサラが居れば、マシューと同じく顔を引き攣らせただろう。


「数で表すなら、五分間に三万の魔力を外へと常に流し続けてる」

「――三万ッ!? 上級魔法が三十発も撃てるじゃねえか! 何でそんな魔力を、と言うか、大丈夫なのかウルクナルは」


「うん、ちょっとダルイ」

「ちょっと……。この数週間で、化物具合が増し過ぎてないか?」

「かもしれない。だけど、必要なことだから仕方ない」


 ウルクナルは笑ったが、その表情には笑顔で隠しきれない影が差していた。まるで、何かを恐れているかのように。マシューが質問する。


「三万の魔力にはどんな意味があるんですか?」

「んー、警告」


「警告。……黒服のあいつらが近くに居るんですか?」

「居るよ」


 ウルクナルの言葉に手酷くやられた記憶が呼び覚まされたのか、警戒心を露わにする二人。バルクは盾を、マシューは拳銃を手に取ろうとするが、ウルクナルがそれを制した。


「大丈夫。奴らは襲ってこないよ、ここは街中で人目も多いし。でも、潜んでる数が多いから、こうやって魔力を流して、襲ってきても無駄なことを知らしめているんだ。商館の外で、ゲロゲロしてた人達居たでしょ? あの中に二人、暗殺者が紛れてる」

 バルクは、ウルクナルの耳元に顔を寄せる。


「サラが、危なくないか?」

「平気だよ。ここは王都のど真中、しかも昼間。王国近衛兵の目が常に光ってる。ここで、何かすれば即座に、三国中で指名手配される」


「でもよ、奴らがうろついてんだろ?」

「わかった。もう十分見せびらかしたし、そろそろ魔力を引っ込めるよ。バルク、サラを呼んで来て」

 首肯したバルクは、商館を飛び出ると十秒と掛からずサラを連れ戻した。彼女の顔色はすっかりよくなっていて、そのことからも、ウルクナルが魔力の元栓を閉めたのだと窺える。


「ごめん、サラ」

「ウルクナルが謝ることじゃない。私が未熟なだけ」

「そう言ってくれると、助かる」


 ようやくエルフリードのメンバーが全員集まったところに、もう一人、メンバーと言っても差し支えない彼女が現れる。三年前、ウルクナルが王都を初めて訪れた時から世話を焼いてくれた女性、一級コンシェルジュのナタリア。


 彼女の両手には、絢爛な装飾が施された小箱が載せられている。彼女はどこか緊張した面持ちで、ウルクナルにそれを手渡した。


「お受け取りください。SSランク冒険者ウルクナル様」

「結構、掛かったね時間」

「申し訳ございません。なにぶん、このギルドカードをエルフに発行するのはこれが初めて、機材の調節から開始しなければなりませんでしたから」


 ウルクナルが受け取った箱を開くと、中には、黒地に銀の文字で個人情報が精巧に書き込まれたカードが鎮座していた。Sランク以上の冒険者のみが所持する英雄の証。化物の証明。黒のギルドカードだ。ウルクナルはそれを手に取って凝視する。


 その横から、バルクは感嘆しながら覗き込んだ。


「すげー、初めて見た。本物かよ。というか、やっぱり外のドラゴンはウルクナルが斃したんだな」

「ウルクナル、後でいいんだけど、魔法関係の欄を少し見せて」

「いいよ、はい」


 ウルクナルは、もう見飽きたと言わんばかりに、サラへカードを渡す。銅貨を手渡すように軽い仕草だ。だが、サラは気が気ではない。ウルクナルは、宝石貨千枚の価値があると言われる黒のギルドカードに対する扱いがぞんざい過ぎるのだ。


 本来は、彼女のように手汗で手のひらがびっしょりになるものである。SSランクであると認められれば、大の男が感涙に咽び泣いたとしても、笑う者は誰も居ない。


 ウルクナルは、笑みを浮かべるどころか、道端に転がる木板でも眺めるような視線をカードに向けた。今のウルクナルは、黒のギルドカードに対して、再発行費用の金貨一枚と等しい価値しか感じられないのだろう。


「…………」

「ん? どうしたサラ。酷い顔してるぞ?」

 額に汗を浮かばせた彼女は、震えながら、ウルクナルの強さを端的に示している数値を読み上げる。


「レベル――三百」

「おいおい、桁を読み間違えてるだろ、ウルクナルはレベル三十八だっただろが」


「だ、だって。ほらッ! 魔力量だって三万五千とかふざけた数が書かれてるんだからッ」

「……ホントだ。ナタリア、測定器が壊れたんじゃないか?」

 バルクの疑問をナタリアは表情一つ変えず握り潰す。


「いえ、数値に誤りはございません。ギルドカードに施された魔法は絶対。理論上、一厘に至るまで正確です。ギルドカードの数値が何故正確に冒険者の能力を読み取るのか、その原理の講義も、商会では行っております。ですが、内容が特殊ですので、受講料は宝石貨一枚。受講資格として、四系統総合魔法学マスタークラス修得証書、魔法応用学マスタークラス修得証書をご持参ください」


 相変わらず、ナタリアの口上は鉄壁だ。バルクは、彼女の言葉の殆どが理解できず、口を意味もなく開閉させるばかり、助けを魔法の専門家であるサラに求める、が。


「サ、サラ」

「私もギルドカードに関してはお手上げ、一切わかんない。大体、受講資格からして変態的。四系統総合魔法学と魔法応用学のマスタークラスの修得証書を両方取得している人なんて、学徒の街セントールでも居ないと思う」


「……そんなに難しいのか?」

「難しいとか、そういうレベルじゃなくて、理不尽なの」

「理不尽?」

「……日常生活や実戦で絶対に役立たない知識ばかりが記載された専門書の山と、十年間睨みっこしていると、四系統総合魔法学のマスタークラスが修得できる、と言われてる」


「それは、また。……もう一つの方は?」

「魔法応用学マスタークラスは、単純に意味不明。でも、修得している人なら知ってる」

 そう言ってサラは、自分の真向かいに座る自身が知る限り最高の天才を見詰める。


「また、マシューか」

 バルクは溜息混じりにぼやく。マシューは、二人が話をしている間、ウルクナルに自分の新しい腕を見せびらかしていた。ウルクナルは、ギルドカードを手にした時とは比べ物にならない目の輝きを放ちながら、マシューの義手に関する説明をどうにか理解しようと奮闘中。ナタリアが淹れてくれた甘い紅茶を飲みながら、眉間を揉んでいる。


「バルク、呼びました?」

 マシューは自分の名が呼ばれ、ウルクナルへの個人レッスンを中断した。


「マシューって、魔法応用学のマスタークラス修得してるのか?」

「はい、一応」

「一応って、お前、軽く言うなー」

「いえいえ。魔法応用学は、比較的簡単な学問です。難易度は、四系統総合魔法学の方が遥かに上ですよ」

「お、サラ。マシューに言われてるぞ」

「……マシューは、型破りなところがあるから」

 と、一言。それっきり、サラは口を閉ざして、ギルドカードの観察に戻った。サラはマシューの才能に関しては、はなから畑違いだと割り切っているらしい。


「で、サラ曰く、魔法応用学は意味不明らしいんだが?」


「……確かに、四系統総合魔法学を修得しかけているサラには、意味不明な学問かもしれませんね。なにせ、魔法学門としての体系がまったく違う。これまで長年教師から教わってきた魔法に対する常識や価値観が一切通用しません。魔法を熟知していれば、熟知している程、難しい学問であるとよく言われます。――同時に、邪道だとも。僕としては、その若さで、四系統総合魔法学マスタークラスの修得証書を掴み掛けているサラを尊敬しちゃいますね。自分を遥かに凌ぐ暗記能力と根気強さです。その豊富な魔法知識がなければ、魔力炉もこの義手も、あんなに早く完成しませんでしたよ」


「…………そう」

 わずかに頬を赤らめたサラは、満更でもなさそうに目を細めて、紅茶を飲んだ。


 商館のエントランスを大勢の職員達が駆け抜けていく。職員は全員、手には分厚い手袋を嵌め、踏み抜き防止の安全靴を履いている。


 強引に商館正面の見物客を押し退けて、ドラゴンの骸に触れていた。アレは査定だ。あの死体にどれだけの金銭的価値があるのかを、熟練の査定官達が一枚一枚鱗を数え、算出しようとしているのだ。そこまでする必要があるのかと疑問に思うかもしれないが、ドラゴンの鱗一枚、形と色が優れた美品であれば、宝石貨一枚の値が付く。


 鱗の数え間違い一つが、商会か冒険者に、金貨数十枚単位の損失を発生させるのである。

 金銭感覚のマヒした高ランク冒険者ならば、笑って許すかもしれないが、商会の帳簿に金貨数十枚単位のズレが生じると、査定官は横領を疑われてしまうのだ。


 信用こそが、商会一番の商品。信用問題を防ぐ為にも、慎重に査定を行うのである。


「……ギルドカードの数値に間違いがないことはわかった。なあ、ウルクナル。レベル三百、魔力三万五千、そしてお前のその姿、どれも常軌を逸している。何か心当たりとかあるのか?」

「……ある。アレしかないと思うから」


「アレ?」

 ウルクナルはその先を口にしようとはしなかった。周囲に目配りし警戒している。

「人の目があると不味いんですか?」


「うん、避けた方がいいと思う。――あ、それとさマシュー、先に謝る。ごめんな」

「……?」

「ナタリア、このギルドカードがあるってことは、俺達エルフリードは五階に上がれるってことで、いいんだよね?」

「はい、もちろんです」

「皆、ここは人が多い、五階に行こう」


 五階に上がる。その言葉に、SSランク冒険者パーティエルフリードに所属するBランク冒険者三名は緊張してしまう。


 トートス労働者派遣連合商会、その五百年の歴史で初めて、エルフがSSランク冒険者へと上り詰めた。現在の商館が王都に建造されて二百年、エルフがSランク以上の冒険者の為に設けられた商館最上階に足を踏み入れようと、階段を上る。



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