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エルフ・インフレーション ~終わりなきレベルアップの果てに~  作者: 細川 晃@『女装メイド戦記』新連載
第二章

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ビッグバン20


「――大事なことだからよく聞け、今から、お前の名前はウルクナルだ。いいな?」

 ウルクナルは自覚する。これは夢ではなく、実際にあった出来事で、自分の過去なのだと。


「ウルクナル? 私には、プロトタイプ七八三二号という名前が――」

 ウルクナルは思う。この小さいエルフが自分だとするなら。ウルクナルという名前を与えてくれたこの人物が、自分の家族なのだろうか、と。


「――つまり、お前の名前には、新しい宇宙の始まりという意味が込められている。どうだ、気に入ったか?」


「……わかりません」


「そうか、今はそれでいい。じきに愛着が湧く。七八三二号なんて数字にも愛着が湧くんだ。将来のお前はきっと気に入ってくれるさ」


 以前、同じ夢を見た時は、濃い霞に包まれたようだった空間が、今は鮮明であることに気付いたウルクナル。両者の話をそっちのけで、周囲を見渡す。


 そこは、異質な空間だった。広さはダダールのセカンドホーム、その自室。全面が、銀発色の金属で覆われ、無機質。当然、家具の類は存在せず、生活感は欠片も介在しない。そもそも窓すらなかった。

 激しい縦揺れが襲う。


「この揺れ方はマズイな、もう第四装甲板が融解したのか。クソッ、あれを建造するのにどれだけの時間を費やしたと思っているんだ。……ウルクナル、急いでここに座るんだ」


「はい」

 以前の夢では無かった会話。だが相変わらず、自分と思しき少年と会話している男性の顔はぼやけている。


 男性は、ウルクナルと名付けた少年の腕を引っ張り、涙滴型の大きな機械の内部に設けられた座席に座らせると、膝を折り、少年と同じ目線の高さを共有しながら、青色の石を握らせる。


 ウルクナルはあの石を知っていた。知っていて当然だ。何しろ、アレは魔結晶なのだから。


「今から、お前の長期記憶を削除する。ガダルニアでのこと、俺達のこと、テラでの生活に関することだ」


 ――テラ、話から察するに地名なのだろうか。

「これまでの記憶は、これからの生活には邪魔でしかないからな。……そう心配そうな顔をするな、ウルクナル。レベル三の格闘技能は残しておくし、幾つか役立ちそうな特殊技能をインプットしてやるよ。特殊技能は、地味に役立つ農作業関連。も一つおまけに、外界に生息する動物の体内構造の知識だ。少々手間だが、甲殻を持たない動物なら大抵は、ナイフ一本で部位ごとに切り分けられるぞ」


 少年は言葉もなく、首を何度も横に振る。男性は優しい手付きで彼の頭を撫でた。

 男性の言葉にノイズは無く、極めてクリアだ。


「いいか、ウルクナル、よく聞け。絶対に忘れるな。もしもの時は、これに、魔結晶に可能な限りの魔力を込めるんだ。柔らかくなるまで、魔力を結晶内部に深く浸透させるイメージを持ちながら注ぐんだ。後は、俺達実験エルフにインプットされた本能が手順を教えてくれる」


「魔力を、ですか? でもそれは絶対に犯してはならない禁忌だと学校で――」


「ウルクナル、学校で習ったことは忘れろ。これまで教えられてきた禁忌は、確かに道徳的で、美しく、崇高な意志なのだろう。だからこそ、外界の野蛮人共には通用しない。強いか弱いか。それだけが全ての世界、レベルという数字が低いだけで見下され、差別される世界なんだ」


「…………」

「……もう時間がないな」

 立ち上がった男性は、無数の計器が設置された操作盤に向かう。

「さようならだ、ウルクナル」

 それが最期の言葉だった。涙滴型の機械のハッチは閉じ、天井が開く。


 緊急脱出用の一人乗りポットは、ロケットエンジンを吹かし、大空へと打ち上げられた。

 眼下の大地を金属の巨人が踏み荒らし、空中は金属の怪鳥が禿鷹の如く飛び交う。そして、火の玉が地上を覆い、全てを焼き尽くす。

 夢の記憶は、そこで終わった。




「――ッ、はぁッ」

 ウルクナルが夢から覚めた時、彼の身体は大半が雪に埋まり、すぐには身動きが取れない状態だった。


 墜落したウルクナルはすぐに死んでもおかしくなかったが、雪に埋もれたことで体が急激に冷やされ、心肺機能が低下。ある種の仮死状態となったことで、失血死を免れたのだ。エルフの種族的な特性も幸いした。エルフは、過酷な環境に強い。人間ならば凍死していただろうが、彼は凍傷すら負っていなかった。


 ウルクナルの意識を回復させたのは、日光である。強力な光線が頭髪の葉緑体に照射されたことで、徐々にエネルギーが確保され、彼は覚醒したのである。


「……どこだ、ここ」

 やっとの思いで雪から這い出たウルクナルは、傾いた太陽を望みながら呻く。

 黒衣の刺客達との激戦から、既に二週間が経過していた。


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