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エルフ・インフレーション ~終わりなきレベルアップの果てに~  作者: 細川 晃@『女装メイド戦記』新連載
第二章

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ビッグバン14


「アレか?」

 ウルクナルは、下方に離宮と思しき茶色のドームと、それに纏わり付き剣を振るう黒い人影を発見する。敵は、まだこちらに気付いていない。これはチャンスだと考えたウルクナルは、奇襲を掛けることにする。人間相手だからと、手加減する優しさは今の彼にはなかった。


 空中で静止したウルクナルは、足を地面に向け、全身に魔力をコーティングする。特に、足の裏から膝までには多分に魔力を割き、厚く覆った。

 とっくに、理性は怒りで吹き飛んでいる。


 悪戯を画策する子供の如く、にやりと笑うウルクナル。これまで、頭上に設置していたエンジンを足の裏に移した。ホバリングができなくなったが、間髪入れず、足裏のエンジンに大量の魔力を注ぎ込む。排気口から、排気ガスの変わりに魔力光が噴きだした。


「カルロと仲間の仇だ」

 急降下などという言葉すら生温い。ウルクナルは音速の壁を軽々と突破。ババババッとソニックブームを生じさせながら、機首を地面に対して垂直に、黒服の人物に向かって直滑降。正に一個の隕石になったウルクナルが、地上に着弾した。大地が揺れ、砂埃が上空へと撒き上がる。


「へー、やっぱり俺と同じ力が使えるんだ。ねえ、教えてよ、この魔力操作の正式名称をさ」

「……ッ」


 視界が晴れた時、ウルクナルの前に姿を表したのは、壮年の人間だった。纏っていた黒衣は消滅。仮面も砕け素顔が露出していた。知らない顔、面識のない人物である。彼が装備するレザーアーマーには、風圧で弾丸並みの速度になって飛んできた小石が食い込み、頭部を切ったのか、一筋の血が額から流れ出している。


 名も知らぬ襲撃者は、血色が悪く、激しく肩で息を続ける。典型的な魔力欠乏症の症状。先ほどの一撃を相殺するのに、体内の魔力を殆ど使い切ってしまったらしい。


 ウルクナルと同じ種類の魔法を操るようだが、魔力貯蔵量はそれ程多くないようだ。ウルクナルの見立てでは、彼の魔力は千か千五百。十分、上級魔法使いクラスの魔力量だが、この魔法を持続的に使うには少なすぎる。


「なあ、お前、今から二年半前に、ダダールの荒野でエルフを殺したか? 剣士で、ビッグアントクイーンの頭を抱えていたはずなんだけど」


「…………」

「お前達を操っている人物は誰だ。正直に言ってくれたら見逃してあげなくもないぞ?」

「…………」

 会話する気はないらしい。ウルクナルとしては、生け捕りにして、拷問してでも聞き出したいところだが、手加減していては殺されかねないので、手は抜けない。


 魔力は無くとも、その剣の腕はSSランク相当。剣の切っ先が力なく垂れ下がっているが、不思議と彼には隙がなく、攻め難かった。ウルクナルのグローブの間合いはあの剣に負けている、隙もない、となればもう力押しで攻めるしかない。


 決して刃を通さぬよう、分厚く魔力を纏う。


「……ゴブリン風情が調子に乗りやがる」

「その口上久しぶりに聞いた気がする」

 男は、腰のポーチから、七錠の丸薬を取り出すと口の中に投げ込み、噛み潰した。


「さっきの丸薬、増魔力剤か? 三、四錠で十分なのに、無茶するね」

「うお、おおおおオオオオ――ッ」

 瞬時に男の体に満ちる魔力。そして保持しきれず溢れだす魔力。


「魔力がもったいない。副作用の痛みで闘いどころじゃないだろうに。――お?」

「…………」

 男はウルクナルに言葉を返さなかったが、これは意志を持って無視したのではない。以前までは己の意志で返事をしなかったが、今の男は返事ができないのだ。多量に服用した増魔力剤の副作用に苛まれ、言葉を返す余裕すらないのである。


 この増魔力剤とドラゴンブラッドとの相違点は、肉体への作用、いかに魔力を補填するかに違いがあるのだ。ドラゴンブラッドは、魔法薬自体に魔力が充填されていて、服用者の体内で吸収されることにより魔力が補給される。対して、増魔力剤は、服用者の肉体に直接作用し、魔力の生産速度を向上させる薬なのだ。


 一錠飲めば二倍。二錠飲めば三倍。三錠飲めば、十倍となる。


 劇的な魔力生産スピードの向上が、瞬時に望める増魔力剤だが、その副作用もまた凄まじい。服用直後から、服用量に応じた激痛に全身を苛まれ、効力が切れれば肉体の魔力生成量が極端に落ち込み、猛烈な魔力欠乏症に長時間苦しめられることになる。魔力欠乏症の症状が現れ始めるのは、三錠服用の場合は二時間。七錠飲めば、わずか五分後だ。


 七粒も飲んだあの男は、ガチガチと歯を鳴らし、肉体の限界を遥かに超越した速度で魔力が生産されるという、大人でも泣き叫ぶ激痛に耐えているのだ。

 七錠服用の痛みは、数珠繋ぎの大玉スイカを連続して鼻の穴から押し出す痛みだと、比喩される。


「まだ聞いてなかったな、お前、名前は?」

「……エコーだ」

「そうか、俺の名前はウルクナル。……今ここに至ってお前を問い質すのは無粋の極みだからな、上手く逃げたもんだよまったく。……短い間だろうが、よろしくな」


「――行くぞ」

 その言葉に、ウルクナルは顔を輝かせた。地獄の苦しみに苛まれてもなお、戦意を失わないエコーに、彼は敵ながら感服したのだ。

「おう、来い」


 ここまでの人物と一戦交えられる行幸に、打ち震える。カルロが王都トートスを永遠に去ってから三年近く。ウルクナルは、暇さえあれば、相手が剣士であることを想定した鍛錬を積んできた。その成果が今、試されようとしている。敵はSSランク相当の剣士。魔法薬を服用したことにより、短時間かつ限定的なれど、エコーの魔力貯蔵量は無尽に近付いている。


 相手に取って、不足なし。――ウルクナルは先手を勝ち取った。足の裏で魔力を爆発させ、地面を滑るようにエコーへ肉薄する。挨拶代わりに、彼の腹部へ貫手を一本。


「重ッ、ははは、凄い魔力量だ」

 貫手は寸前で弾き飛ばされる。剣が、ウルクナルの手甲に接触、両者とも魔力を纏っていたので火花が散ることはない。代わりに散るのは、消費された魔力の輝き、青白い魔力光だ。


「――ッ」

 エコーの斬撃を受け止めたウルクナル。その衝撃に、地面が凹む。彼の一撃は、ビッグアントエリート渾身のタックルよりも数段勝る。重かった。ひたすらに彼の剣は重いのだ。

 ウルクナルはしばし、エコーとの死闘に酔いしれる。


 右斜めからの斬撃を、身を捻って回避、一撃を捻じ込もうとするも、第六感が危険シグナルを発した。慣性を魔力で捻じ曲げ、緊急のバックステップ。ウルクナルの立っていた空間が、斬り返しによって両断される。回避しなければ、ウルクナルは左の腰から右肩まで胴体を袈裟斬りにされていただろう。


 エコーは剣を上空に振り被っている。チャンスとばかりに、ウルクナルは懐に飛び込んだ。エコーにとってもこれはチャンスだった。言うなればウルクナルは、口を開けた獅子の目正面に突っ込んでくるに等しいのだ。エコーが剣を振り下ろせば、自動的にウルクナルを両断できる。この一刀に千もの魔力を注ぎ込み、最速の斬撃を目指す。


「はあッ」エコーが剣を振り下ろし、「ふんッ」ウルクナルはこれまた大量の魔力を捻出し体を覆う。両手を頭上へ。

 圧縮された空気が暴風となって轟音と共に吹き抜けて行く。エコーの斬撃をウルクナルが受け止めたことで爆発としか形容しようのない衝撃波が生まれたのだ。


 ウルクナルが一度に五千もの魔力を吐き出せる、一発分の火薬しかない大砲だとすれば、エコーは最大千の魔力を銃身が焼き付くまで撃ち続けられる、スクラップ寸前のベルト給弾方式のマシンガン。

 壊れかけのマシンガンであるエコーは、己の肉体が限界を迎える前に決着をつけようと、魔力を大盤振舞。ただの剣一振りに、五百から千もの魔力を注ぎ込んだのだ。


 一刀、一刀が上級魔法にも匹敵する魔力消費だが。エコーの斬撃から業火が噴きだしたり、竜巻が発生したり、巨石が現れたりはしないし、一撃必殺の剣でもない。


 増魔力剤をオーバードーズしている為か、ウルクナルとは比べ物にならない程に魔力操作が雑なのだ。故に、効率が劣悪。また、剣が鋼鉄製であることも威力を減衰させている一つの要因である。エコーが用いている剣がもし、金や銀などの貴金属か、ドラゴンやワイバーンなどの高位魔物鉄ならば、丁度ウルクナルが装備しているグローブ同様、些細な減衰すら発生しなかっただろう。皮肉にも、足がつくのを防ぐ為に選択した鋼鉄の剣に、エコーは足をすくわれたのだ。


「オラッ」

 五、六と連続して拳を叩き込んだが、その全てがエコーの剣に防がれてしまう。剣の腹を叩いたので、通常の鋼鉄剣ならば容易に折り曲げられるのだが、魔力を這わせた剣は凄まじく堅い。まるで、分厚い鉄壁を殴っている感触である。


 エコーの薙ぎ払い一文字をグローブの手甲を用いて受け止めたウルクナル。腹を蹴り、吹き飛ばした。魔力を纏っていたウルクナルの蹴りは、エコーを砲弾に変え、遠くの茂みや樹木を薙ぎ倒す。

 エコーを吹っ飛ばした方角を睨んでいたウルクナルだったが、周囲が森で無風であるにも関わらず、背後で風の音を耳にする。

「――!」


「その首貰い受けるッ!」

 気付いた時にはもう遅かった。背後、それも剣の間合いまで近付いていたエコーの、渾身の一薙ぎが首筋に――。ウルクナルは懸命に、魔力を動員し、首の防御を厚くする。


 蹴り飛ばされたエコー同様、ウルクナルも吹き飛ばされた。が、無様に木々をクッションにして立ち直すのを良しとせず、魔力操作によって空中で反転、地面に腕を突き刺し、楔とする。両足を地に戻したウルクナルは、もう何度目になるか数え忘れた愚直なまでの突撃を敢行。ウルクナルとエコーの殺し合いは更に加熱する。


 貪るような短期決戦。ウルクナルは攻めに徹し、エコーに背を向けようとはしなかった。持久戦ならば、ウルクナルが圧倒的に有利であるにも関わらずである。彼はこのような闘いを渇望していたのだ。モンスターとの闘いではなく、信念ある者との闘い、血沸き肉躍る意地と意地のぶつかり合い。


 ウルクナルは今、満たされようとしていた。

「何がお前を駆り立てるのか……」

 一旦、斬り合い殴り合いから距離を取ったエコーが、好敵手に問い掛ける。


「お前は、この俺よりも重い、命を賭してでも守るべき何かを背負っているとでも言うのか」

「……と言うと。エコーは、その誰かを守る為に、闘っているのか? 増魔力剤の苦痛を耐えているのもその人達の為?」


「そうだ」と、悲痛な面持ちをしたエコーが吐血するようにウルクナルと話す。ウルクナルは額に皺を寄せた。


「私は、負ける訳にはいかないのだ。私が死ねば彼女も殺される。――お前程の実力者ならば、あの方も引き入れて損はないと考えるはず。どうだ、我々の仲間にならないか?」

「――無粋だな」


「え?」

 ウルクナルは道端に転がる羽虫の死骸でも見る目線をエコーに注ぐ。熱と殺意で飽和していた場の空気が冷却され、弛緩していく。楽しい、楽しい闘いは今終わった。これからは退屈極まりないお片づけを始めなければならないらしい。


「無粋なんだよ、命乞いなんかしやがって。お前はそれでもSSランク冒険者か? 本当に、ドラゴンを葬ったのか? 冒険者五万の上位百人に数えられる一人なのか?」


 ウルクナルは、懐から丸薬を取り出し、四粒服用する。

 増魔力剤だ。一時的に魔力生産量は百倍にまで増強され、ウルクナルの干上がった杯に相応の痛みを伴いながら魔力を流し込む。


「真剣勝負の終盤に、自分がいかに不幸で、いかに重い責任を背負っているか、そんな自慢話を聞く為に、これまで殺し合いをしてきた訳じゃない。野暮なんだよ、そう言うのは、所詮、負け犬の遠吠え、悪あがき。同情を誘って、隙あらば背中を刺そうとしたんだろ?」


「ち、違う! 俺は――」

「例え、違っていても、だ。この暴力がものを言う世界で、それも命を賭けたやり取りの最中に、魔物討伐のプロフェッショナルであるSSランク冒険者が、窮地に陥ったその時、敵に己の背負っている命と責任を見せびらかすなんざ、下の下。魔物相手に同じことしてみろ、お前、問答無用で嬲り殺されっぞ?」


「――――」

 エコーは口をポカンと開き、何も言えずに硬直する。とうに泉は枯れていた、増魔力剤の効力が切れたのだ。肩の力を抜いた彼に、千もの魔力の塊が激突する。


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