48.悪くない
今日はテオと共に馬車で城下町へ向かっていた。
王都は大きく二つの区画に分けられる。
貴族や商人などの裕福層が利用する貴族街と一般市民が日常的に利用する市民街。
私としては気楽な格好で市民街をブラブラしつつ買い食いを楽しみたかったけれど、警備上の理由で貴族街になった。
私が異世界人であることを公言してから以前にも増して過保護に干渉してきている感じで「治安の良い貴族街はいかがでしょうか…!?」みたいなプレゼンを何回もされて流石に折れた。
姿は見えないけれど、今も陰から護衛されてるはず。
見られてることを意識して楽しめないかもと思っていたけど、柔らかいクッション素材の座面から伝わる車輪の振動と小窓から覗く街並みだけでも期待に胸が躍る。
王都なだけあって貴族街でも人通りが結構多く馬車の交通量もすごくて、貴族街は時間がもっとゆったり流れてて賑わいがないのかと思ってたけど違ったみたい。
画面越しにだけ見たことのあるロンドンのような石畳とレンガ調の建造物。
ショーウィンドウのガラス展示の華やかなドレスやバッグ。
時代の流れを感じさせるアンティークショップ。
上品なマダムやお嬢さんたちが優雅に談笑するカフェテリア。
通りかかったことは何度かあったけど、こうして街をゆっくり見たことはなかったから全部が新鮮で目移りしてしまう。
「まずはどこに行く?」
「行きたいお店がいっぱい出来ちゃったんだけど、とりあえず服屋さんかな」
素敵な街並みに後ろ髪を引かれるのを何とか振り切って小窓の景色からテオへ向き直る。
「足りていないのか?」
「ううん。仕事着がもう何着かあったほうがいいなと思って」
「そうか。おすすめの店があるからまずはそちらに向かうとしよう」
テオが御者台に繋がる連絡窓で行き先を告げた。
暫くしてすぐ馬車は右折に入ったようで身体もそちらへ軽く引っ張られ傾いた。
「もう少し早めに言っておけば良かったね」
「いいや。セナと馬車に乗る機会もなかなかなかったから偶には良いじゃないか」
「そう?ならいいけど…。テオは行きたい所本当にないの?」
今日のお出かけは完全にテオを付き合わせる形だ。出掛けることはもう何日も前から決まっていたけれど、特に希望はないらしい。
私は服に靴に小物、スイーツなどなど…久しぶりのショッピングで買いたいものがいっぱいある。
「セナと行けるなら私はどこでもいい」
「行きたい所が出来たらすぐに言ってね?」
「分かった」
お互いにとっての良いテンポで会話をしているうちに服屋さんへ到着した。
テオのエスコートで馬車から降り、入店する。
店員さんの恭しい挨拶と流れるような個室案内。高そうなソファに座るよう促されて自分がVIP客なのだと錯覚してしまいそうだ。
「いらっしゃいませ。本日はどのような品をお求めでしょうか?」
「彼女の物を。筆頭魔法士用ローブに合う服と靴をいくつ見繕ってもらいたい」
「かしこまりました。少々お待ちください」
深々とお辞儀をした店員さんを見送って数分後、何着ものコーディネートされた服が並んだガーメントラックがいくつも運ばれて来る。それに合わせたアクセサリーや靴もディスプレイが設置された。
「お待たせ致しました。どうぞご自由にご覧下さい」
「そうさせてもらおう」
スッとソファから立ちあがって商品に手を伸ばすテオに倣って私も好みの服を探していく。
夜会ほどとはいかないまでも結構フリルやレースを使用したワンピースが割合多く、ほぼドレスと言って差し支えない華やかさだ。確かに筆頭魔法士達はこういう服装の人が沢山働いている。
「ずっと思ってたんだけど。仕事するのにもっとシンプルで動きやすい服装じゃダメなの?」
背伸びをして店員さん達に聞こえないようにテオの耳元で囁く。
上げていた踵を戻して上目遣いで見上げれば背を屈める彼の姿があり、その動きに合わせてスッと耳を寄せる。
「筆頭魔法士になる令嬢のほとんどはいい嫁入り先を求めて入団する。それでお互いに競い合っていった結果、服装は職務とは不釣り合いに豪勢になっていったらしい」
「決まりがある訳じゃないの?」
「ないな。むしろ筆頭魔法士が討伐に参加する際は口頭で注意するようにしているくらいだ」
「職務に支障を来たしてる…」
「まったくだ」
呆れた様子のテオは仕方ないと現状を諦めているらしい。
私は少し悩みつつも既に持っている仕事着に似た物を二着と装飾が控えめで動きを制限しなさそうなきれい系のワンピースを三着、それらに合わせた靴を三足選んだのだった。
自分で代金を払う気満々だったのだが、知らぬ間に会計に配達の手続きも済まされていた。あとでお金を渡そうと思ったのだが、これも先回りで断られてしまった。
以前テオに支払わせた治療費や食費その他諸々のお金を使う機会もなく自分の給料もほとんど貯蓄に回り、過去最高額を更新中。また今度プレゼントでも贈ろう。折角あるのに使わないのはもったいない。
この場は言葉で感謝を伝えて店を後にし、エスコートを受けて馬車に乗り込んだ。
「ああいったデザインが好みなのか?」
馬車が出発して暫くの後、テオが問いかけてきた。
「うん。派手過ぎないから仕事に着て行ってもいいかなって。それに仕事場で浮いててちょっとなとは思ってたから」
平民で精霊契約者というだけでも浮いていたのに異世界人であることが公になってさらに悪化した。この短期間での周囲の変わりようを知っているテオは「そうか」と一言発するのみでこの話題を終わらせてくれた。
服を選んでいる間にランチ時を少し過ぎていたためそのまま最近オープンしたカフェへ向かう。
店内のほとんどが女性でテオが入店した瞬間から注目の的になった。
注文をして気軽なカフェだと思ってテオとおしゃべりをしていたら、前菜から配膳されてきた。思わぬ展開に遅いながらに背筋を伸ばした私をテオは目だけで笑った。
ムッとしつつ口に運んだ季節の野菜を使ったサラダは甘くて瑞々しく、次々に運ばれる濃厚ポタージュや白身のムニエル、プラムの甘酸っぱいソースが掛かったソテー……どれも美味しくて笑われた事なんて忘れていた。
最後はバラや葉を模したクッキーみたいなお菓子だった。不思議な食感で最初はほろっと崩れるんだけど、舌の上でとろりと溶けてなくなる感じ。でも、軽くなくて紅茶にすごく合った。
美味しい料理に上機嫌で次に向かったのは小物屋さん。
ユリアさんオススメのお店で、可愛らしい動物をモチーフにした小物を多く取り扱っていた。
大まかに店内を一周している時にふと目に飛び込んできた子猫の置物に一目惚れして、即購入。
それからも色々な所へとテオを振り回して、帰り際にはユリアさんやメイドさん達用にお土産のスイーツを買って帰城したのだった。
「今日はありがとう。また明日」
「また明日。おやすみ」
「おやすみなさい」
テオが馬車に乗り込んで来た道を戻っていく。それが見えなくなるまで見送って自室へ向かった。
我が儘傲慢美人だったのが、ここ最近では綾のアドバイスを受けてただの神々しい美形にバージョンアップしつつあって私としては嬉しい限りだ。
ちゃんと知ろうとしてくれるなら、これからの長い人生を一緒に歩むのもいいかもしれない。
次回、最終話。




