45.傲慢な人
厨房でひとり、とんかつを揚げる。隣ではカレーをコトコト煮込んでいる。
中辛を目安に香辛料を入れてじっくりと野菜から旨味を煮だした、私好みのカレー。
テオはカレーが好き。
でもそれはこのカレーでも、ましてや私が作ったカレーでもなくていい。
料理人さん達にレシピは教えた。料理のプロが本気で研究して作り上げたカレーはなによりも美味しいに違いない。
それは他の料理も同じ。
物珍しさの特異性を私は一つ喪失した。
興味の抜け落ちていくものにいつまであり続けるのだろう。
きつね色に揚がったとんかつを油切り網のバットに上げていく。あとは食べやすい大きさに切り分けて盛り付けるだけ。
配膳や準備をお願いしようと扉の方向へ振り向いた。
はずだった。
「セナ…」
けれど、視界は温かでよく知る香りに包まれていた。
背中に回る腕は離さまいと強く。
「どうかしましたか?カレーはもうすぐできますよ」
放してほしいと背中をトントンと叩いた。が、力が緩まることはなくさらに抱擁は固くなる。
解かれる様子は一向にない。
「本当にどうしたんですか?」
「…私は。セナを好いている。傲慢だと分かっていても、私と同様の愛情を持ってほしいと思う」
「えっと?いきなりどした?」
唐突に告白なのか独白なのか分からないことを言い始めたんだけど。
私はどうすべきなんだ?
「セナのいた世界とここでは常識も価値観も何もかもが違うだろう。私は公爵家の次男であり、騎士団長をも拝命しているが、異世界人でも精霊契約者でもあるセナとは釣り合いが取れない。ただ早くに出会い、権力でもって婚約者の座に収まった。セナの気持ちを蚊帳の外に置いて。それでも私は愛されたい。他もでもない、セナに」
「…」
…言ってることヤバイな。私の気持ちは無視するけど自分の気持ちには応えてねって、自己中過ぎでは…?現代日本だったら確実に離婚か婚約破棄を推奨される発言だぞ。
あとやっぱり公爵家の圧を掛けてたのか。色々納得だわ。
「セナ?」
返事を求められても困る。こっちはドン引きしてる最中なんだから。
「…テオに言い寄る令嬢達とやり口が同じなんだよなぁ…」
「うぐっ…」
何を返していいか分からず、ポロリと本音が零れてしまった。クリティカルヒットで思った以上にダメージを食らっているらしく拘束が緩んだ。
これを機にスルッと腕の中から抜け出してテオと視線を合わせる。行き場を失った手を持て余して、傷つき途方に暮れているような表情で瞳を揺らしている。
自分の発言を顧みてからその顔をする権利があるかどうかを一回思案して欲しい所だ。
「さっきのは失言でした。申し訳ございません」
「…いや。セナの言う通りだ。私は自分が嫌悪するにもかかわらず、行動を顧みなかった。好意を持たれなくて当然のことをしていたのだと今気が付いた」
「え、今更…」
「ウッ…申し訳ない…」
「あ、いえ…」
綾に影響されてかまた思った事がそのまま口をついてしまい、お互いに気まずくて無言となった。
きっとテオなりに何かを伝えようとしてはくれていたんだと思うんだけど、如何せん内容が酷過ぎる。第三者の添削と確認が必要なレベルだ。
「…簡単に要約すると。仲良くしたいってことで良いですか?」
「私はセナと愛し合いたい」
よくもこう堂々と恥ずかしげもなく真っ直ぐ剛速球を投げられるな。ちょっと感心する。
「テオ次第だと思いますが?」
「…はい」
また思考がまとまる前に発言してしまった。このまま会話を続けていると、思ってもないことを言いそうな気がする。
「とにかく!今は皆さんを待たせてしまっているので、また今度話しましょう」
「それは出来ない」
「…何でですか?」
「アヤノ様に背を押されて来たからだ。後手に回すな、と」
綾なりに気を使ってのことだろうとは思う。
が、しかし。融通の利かないテオにこのタイミングでこれをやるのはやめて欲しかった。
王族の方々を待たせるなんて一般人には気が重すぎる。
「折角だから出来立てを食べて欲しいんです。駄目ですか?」
「駄目という訳では…」
テオの目が泳いでいる。
我ながら気持ち悪いと理解していても、メイドさん曰く惚れた相手のお願いは聞き届けたいものらしい。効いているかは分からないけど、自分の都合を押し付けるのは良くないとさっき反省したばかりだからか、返答に困っている。
「テオにも母国の主食を好きになって欲しくて頑張って作ったんですよ?昼食の後に護衛という体で部屋に来て下さい。それなら仕事を言い訳に時間を作れるでしょう?」
「それなら、まあ…」
よし!これでまだ傷は浅く済んだ、はず!
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