四十三服目 怪氣学園S(19)
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『カノア・クロード』
かつて師匠に言われた事を、カノアは思い出していた。
煙術師としての彼女の師匠であり、そして同じく煙術師であったが、亡くなった現在は、カノアを教え導く先祖の霊の一体として彼女に寄り添う、カノアの祖父を師匠としていた男の一人の言葉を。
『お前は、優し過ぎる』
それは、人によっては褒められし事柄。
だが、煙術師にとってその言葉は……欠陥品である、と言われているにも等しい言葉だった。
『その優しさは、常人であれば問題ない。普通だ。しかし、我々煙術師にとって、それは致命的な弱点となりうる』
カノアは、そんな師匠の言葉を……黙って聞いていた。
『なぜならば我々は、この惑星の霊的秩序の守護者。この惑星の力だけで対処できない霊的事象を鎮める者。人としての感情は、必要最低限しか持たないようにするのが……我々煙術師の正しい在り方だ』
解っている、と彼女は心の中で言った。
しかし解ってはいても……この思いは。
生者だけでなく、死者も助けたいというこの思いは変えられない。
『そんな我々が、生者死者の気持ちにのめり込むものではない。それに、下手に相手の感情にのめり込めば……その心の隙を、真の敵である〝奴ら〟に突かれる』
『奴ら? それはいったい何者なんですか?』
カノアの隣に、師匠に質問をする少年がいた。
彼女の兄弟子である、別の部族の少年だった。
『ビリー・マンチェスター。それは、先入観などを持たずに……己の目で、耳で、実際に確認するべき事だ。私がわざわざ教えるべき事ではない』
師匠は、溜め息まじりにそう返した。
『だが、師として、助言だけはしておこう』
しかし彼は、弟子達に対して厳し過ぎる事はなかった。
『たとえ、如何なる相手だろうと……絶対に心を揺らすな』
ただしそれは。
年下の者への甘えによる助言ではない。
『お前達の存在は……この世界のために在らねばならないのだから』
世界の秩序の守護に必要な存在を。
無駄に失わないようにするための助言だった。
※
「…………ッ」
そんな、懐かしい夢の果てに……カノアは目覚めた。
と同時に、周囲を漂う異臭に顔をしかめる。
自分達の持つ煙草を基にした、不完全なる煙草の煙の臭いだ。
と、そこで彼女は、ハッとして懐を探った。
自分が、鏡の中へと……今まで見つけられなかった、敵の本拠地かもしれない鏡の向こう側に引きずり込まれた事を思い出したのだ。そして引きずり込まれてから今までの間に、己の武器である煙草を取られている可能性もあった……のだが、
「ッ!? え、ある!? いや、あってよかったが……どうしてあるのじゃ?」
しかしパイプ煙草も、残り少ない煙草の葉もあった。
いやまさか、葉が残り少ないから何もできないと思われたのか。
「いや、それよりも……周囲の状況の確認が先じゃな!!」
だが今は、武器の有無以前の異常事態だ。
意識が途絶える直前の記憶が確かならば。ここが、鏡の向こう側に存在する未知の空間だとするならば。なんとしてでも脱出し、態勢を整えた上で改めて突入して千桜と美彩を救出しなければならない。
なのでカノアは、まず己がいる場所の情報を把握しようとした……その時だ。
「…………ぁ、ノア……ち……」
部屋の片隅に、捜していた千桜の姿を。
鏡の中の空間内に充満している、不完全なる煙草の煙を浴び続けた影響か……顔色が悪くなった彼女の姿を、発見したのは。




