表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕の、特異点 ──この未来に、僕はいない。  作者: 木村色吹 @yolu


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/30

第30話 最終話

 つま先がアスファルトに触れる。

 そのせいで僕はつまづいた。

 転びはしなかったが、よろけた体を支えてくれた人がいる。


「大丈夫ー?」


 裕真だった。

 僕は慌てて辺りをみるけれど、そこは駅前で間違いない。

 だが、裕真の顔が幼い。

 髪の毛も黒いし、背も僕と同じぐらいだ。


「……夢?」

「寝ぼけてんの?」


 そう肩を叩いてきたのは、──辰哉。


「え? 辰哉? なんで?」

「本当に寝ぼけてるな、こりゃ」


 辰哉の声かけに、改めて僕は辺りを見回した。

 少し古い景色に、自分の格好もかなり幼い。

 履き潰しているシューズは、小6のときに買ってもらったコンバースだ。


「待って。え? 今って、西暦、何年?」

「はぁ?」


 辰哉の声に、呆れと怒りが込められている。

 僕はそれを無視し、冷静な声で繰り返す。


「お願い。西暦、何年か教えて欲しい」

「……西暦20X4年だけど?」


 間違いない。

 3年前だ。

 僕は3年前にいる。

 中学1年になりたての頃でまちがいない。

 右手の紙袋は文房具店で購入した際の袋がある。

 中学に入学して、4月末の日曜日、僕と辰哉と裕真で駅前に買い物に出た日だろう。

 裕真とは小学校からいっしょだが、辰哉は中学から同じ学校になった。

 特に辰哉とは入学式から席が近いのもあり、読んでいる漫画も一緒で、何かと話が合う友だち、だった。……この日までは。


「ねえ、あの向こうの電柱にいるの、その白い人ー?」


 裕真のこの日の表情を初めて僕は見た。

 小馬鹿にした、にやけた笑顔だったなんて……

 あの時はわからなかったけれど、この顔は話を信じていない茶化した笑顔だった。


 ……そうだ。

 僕が“視える”とみんなに自慢げに伝えたあの日が、今だ。


 ──中学1年、クラスで初めて仲良くなった3人で、駅前の文房具店に行った日の帰り道、僕は意気揚々と語った。

 そして、翌日からハブられたわけだ。

 主犯は、裕真、なのだと思う。

 黒い記憶がむくむくと蘇って、脳裏にわきあがっていく。


「ねね、どこ、白い人ー?」


 楽しげを装った裕真の声に、僕はふりかえった。


「……えー? そんな話、してたっけ?」


 とぼけることにしよう。

 仮にこれが夢ではなく、意識だけが過去に戻る“タイムリープ”なのなら、ありがたく活用させてもらう。

 僕だって、黒い歴史を繰り返したくはない。


「えー? してたじゃん。ついさっきー!」

「まあまあ裕真、落ち着けって。なんか寝ぼけたこと言ってたし、疲れてんだよ、宙だって」

「疲れてるの当たってるかも。テスト勉強で寝不足だし」

「もー。せっかく楽しみにしてたのにー」


 不貞腐れる裕真に笑うが、たぶん、僕がハブられる未来は変わらない気がする。

 都合のいい口実がなくても、僕が次のテストで裕真よりも上位になれば、間違いなく実行される。

 テストの返却後から、ハブられ方が半端なかった。

 この当時は1ミリも気づいていなかったけれど、予想は正しいと、今の僕は思う。


「裕真こそ、なんか家で金縛りにあったとか、言ってなかったっけ?」


 適当に話を振ってみれば、裕真は大きくてを振りながら否定した。


「オレ? そんなの、一度もないよー?」

「え? ないの? 俺、あるんだけど!」


 逆に食いついたのは辰哉だ。


「なんか、昔からさ、そーいうのちょくちょくあってさ」


 意気揚々と語り出したが、辰哉がハブられることはない。

 彼は中1の後期で、サッカーのジュニアユースに合格し、卒業するまで羨望の的だった。


 辰哉の話を聞き流しながら、僕は次第に不安にかられてくる。


 これが夢だったら?

 本当は、あの消滅した世界から、夢のなかに逃避しただけだったら……?


 だが、今の現実を、本当の現実だと証明できる方法は、正直、僕にはない。

 僕は大きく深呼吸した。


 証明できないのなら、証明できるまで、自分らしく過ごしていこう。

 両親との溝も埋まっていないけれど、世界はまだ崩れていない。

 僕が観測しても、世界は消滅を選択していない。

 それなら、僕が僕らしく、叶えたい目標に近づく努力を今から始めればいい。

 それは物理学かもしれないし、宇宙物理学になるかもしれないし、量子力学を極めたくなるかもしれない。

 未来の僕からの約束を叶える努力をしていこう──


「ほんと、今日は結構、歩いたねぇ」


 僕は雑貨屋で買った腕時計を見ながら言った。

 時刻は15時を過ぎたところだ。

 夕方にもなりきれない時間、人の数も少ない。

 途切れてしまった会話を振ることもなく、そのまま歩いていると、あの白い未来の僕が立っていた道路が現れた。


「明日からの学校、マジ、めんどくさいわぁ」


 辰哉がげんなり肩を落とすが、裕真もそれにならったように肩を落とした。


「オレは、明日の体育がいや」

「体育なんて、走ってりゃいいんだからさー」

「辰哉が体力ありすぎるんだよ」


 くだらない話をしながら、僕の視線は電柱に向いている。

 僕は足をぴたりと止めた。


 ──確かめたい。


 その気持ちが目の前で僕を引き止めてくる。

 僕は息を吸って、大きく腕を振りあげた。


「……あ、ごめん! 買い忘れあった。悪いんだけど、先、帰っててもらっていい?」


 僕が二人から離れると、裕真は少しほっとした顔をする。

 僕が辰哉と仲がいいから、離れると裕真の居場所ができるからだ。


「俺、付き合おうか?」

「辰哉、大丈夫だって。ちゃんと、僕、目、覚めてるし」

「ほらー、辰哉、帰らないと門限あるじゃーん」


 裕真が辰哉を引っぱった。

 バスの出発時刻は、あと40分もある。

 だが裕真は辰哉を離したくないのだ。


「じゃ、ね!」


 僕は2人に手を振り、少し道を戻って、コンビニで時間を潰す。

 そして遠回りをしながら、ようやく、あの電柱に向かって歩き出した。

 いや、走っていた。

 ずっと遠くから見える電柱の下を見つめる自分がいる。


 周りの景色は、少し違う。

 奥の方にタワマンがまだないし、道路の整備も整っていない。街路樹も残ったままだ。


「……ただいま」


 なんとなく、言ってしまった。

 きらした息を整えながら、古い電柱の前に立ち尽くす。


 僕はじっと目を凝らした。

 何もない。

 誰もいない。

 未来の自分は消えている。

 白いフードの男性は、どこにもいない。


「……じゃあ、僕が、この世界線の観測者、なのかな……?」


 未来の僕は、また別の世界線を見守っているんだろうか。

 未来の内海さんといっしょに、どこかの世界線で、生きているんだろうか。

 それとも、今の僕や今の内海さんに統合されているとか……


「……いや、どっちにしろ、僕だ。……同じなのに、2人になった途端、存在の所在がわからなくなるんだなぁ。昔の映画の、ミッキー17みたい。……でも、白い僕の未来はここにはないんだ。不思議だな……」


 つい、考えたことを声に出してしまった。

 けれど、心のなかで呟いておくことなんてできなかった。

 苦しくて、重くて、本当は大声でぶちまけたい。

 だけれど、誰も信じてくれない話だ。


「……未来の宙、元気だといいな。僕は、今はまだ、元気だからさ」


 細めの電柱に触れると、ただ冷たかった。

 僕は奇妙な感覚がして、つい、電柱に背を預け、かがみ込んだ。


「こら、ソラ! 走ったら膝に悪いよっ」


 思わず声の方を向いたのだが、それ以上に圧強めに駆け寄ってくる物体がある。

 それは1メートルぐらいの距離から飛び跳ねた。

 まっすぐ僕の胸に飛び込んでくる。


「……うっ!!!」


 鈍い声をあげて、尻餅をついてしまった。

 屈んでいたおかげで大した衝撃はなかったが、なかなかの重さだ。

 なんとか抱えたけれど、このふわふわの物体は、……黒猫だ。

 しかも、もっちりとした贅肉を蓄えている。

 重量感抜群の黒猫に驚いていると、


「す、すみません! うちのソラがっ!」


 何度も頭を下げるラフなジャージ姿の美少女……

 ──内海さん!?


「え、いや、え、あ」


 言葉にならない。

 幼い顔なのに、もう、すでに内海さん!

 いや、当たり前なんだけど!!

 でも、衝撃すぎる。

 高校生じゃない内海さんを見られたことが、本当に、奇跡すぎる……!

 大人になってから、好きな人の卒業アルバムを見る感覚なんだろうか、これは……


「大丈夫? ケガとかない?」


 ぼうっと見惚れてしまっていた自分に驚いた。

 すぐに目を伏せ、頭を振る。


「は、はい、大丈夫です。……あ、えっと、大きな猫ちゃんですね……」


 僕は、腕のなかで丸まっている物体を撫でた。

 腕のなかの真っ黒な猫は、黄金色の瞳で僕をじっと見上げて、目を細めている。

 よほど気持ちがいいのか、ゴロゴロと喉を鳴らす音まで聞こえてくるが、僕は猫のあやし方はど素人だ。人懐こい猫のようでありがたい。


「ちょ、猫ちゃんって……!」


 僕の顔をまじまじと見て、また、ふふっと吹き出した。


「君、同い年ぐらい、だよね?」

「……え、あ、うん。あ、あの、この猫も、ソラっていうの?」


 抱えながらなんとか立ち上がった僕に、内海さんが一歩近づいた。


「僕も宙って名前で。水野宙。中1」

「ふーん。……私は内海しずか。私も一応、中1。ソラはね、最近、家族になったんだ。あ、ソラって名前は、私がつけたの。いい名前だよね。ずっと気に入ってて」


 内海さんの“一応”という言葉に、僕は頷いていた。

 内海さんの黒い過去は、まだ拭われていない。


「こんなにソラが懐くなんて珍しいかも。またたびでも服にふってる?」

「そんなわけない、はずなんだけどな。僕が臭い、とか?」

「それは違いそうだけどなぁ」


 内海さんは高校の入学式の印象とはちがう。

 お茶目で、とても可愛らしい。

 だけど変わらない部分もある。

 小さな手提げバッグに文庫本が入っている。しかも3冊。


「私ね、ここの電柱、なんか気になっちゃって。ソラの散歩ルートにいれてるんだ。水野くんも?」

「僕にとっては、その……うん、この電柱はすごく大切な場所なんだ。変だよね」

「へぇ〜。いいんじゃない?」


 内海さんはじっと電柱を睨んで、僕に振り返った。


「ここ、なんかいたりする? 気になるってことは、“何か”の存在があるってことでじゃない?」

「そうだね。でも、どうだろ。……いたのかもね」


 内海さんが腕を伸ばすと、ソラがぐんと腕を伸ばした。

 華奢な内海さんに抱っこしてもらうためだ。


「よいしょっと。やっぱ、重いよ、ソラ。ダイエットがんばろうね。……えっと、それじゃ、ね、水野くん。あ、宙くん、だね」


 胸の辺りで手を振りながら、歩き出した内海さんが、どんどん離れていく。

 出会えたのに、離れていく。


 もう、会えない──


 よぎった感覚を遮るように、僕はたまらず声をかけていた。


「あの、内海さん! あのね、もしだけど、もし! 高校生になった僕が君と出会ってて、スピリットボックスで怪異を探した記憶がある……っていったら、その、……興味、あったり、する……かな?」


 僕に振り返った内海さんは、いぶかしげに顔を歪めている。


「……あの、それって、……高校生で、私とあなたが出会って、夏休みにスピリットボックスで怪異を探した記憶がある、ってこと……?」


 改めて言い返されると、突拍子もない話だ。

 さらに、ナンパの口実としては最低&最悪の内容といっていい。

 掴みは、最悪だ。最悪すぎる……


 でも、でも!

 実体のある内海さんに出会えて、本当によかった。

 それだけでも、いいじゃないか……


 僕は会釈をしてから後ろを向いた。

 あまりにもバカな話だ。


 肩を落として歩き出したが、盛大に叩かれた。



「……ちょっと待って! それ、未来の記憶ってこと? え? タイムリープ的な? やばくない!?」



 耳を赤くして、鼻水を軽く啜った内海さんが、そこにいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ