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僕の、特異点 ──この未来に、僕はいない。  作者: 木村色吹 @yolu


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第29話

 過去の小さな少女は、内海さんから離された手をじっとながめていたけれど、もじもじと体をゆすっている。

 その姿を見てか、半分の内海さんが叫んだ。


『……なんで……離してよ! 私は、あの子といっしょにいるの!』


 内海さんの声は大きい。

 だけれど、僕は絶対に手を離さない。

 どれだけ暴れても、どれだけ叫んでも、だ。


『おねえちゃん、またね!』


 少女の声がした。

 嬉しそうに微笑んで、小さな手を振っている。


『やめてよ! あのときの私は寂しくて辛かった! 私が私を守ってあげないとっ』


 駆け出そうとするが、手は僕が握っているため、動けない。


『離してって!』

「やだよ。僕は、今の君を助けたいんだっ!」


 僕の声に、内海さんの表情が固まった。

 まるで目覚ましのように冷たい雨が体を濡らしていく。

 だけどそれは僕らの存在を露わにする。

 僕は濡れそぼり、内海さんの体は濡れていない。半分の実体のほうもだ。


『わたしは、へいきだよっ!』


 幼い内海さんはにっこり笑い、両腕を広げた。

 その右と左には黒い影の子どもの姿がある。

 駆け出した小さな背は、公園を走り回る。

 その背を消すように、さらに雨が降り始めた。

 すぐの激しい雨粒となり、瞬く間に水溜りを作っていく。


 僕はもう一度、内海さんの手を握り直した。


「絶対に、君を、助けるから」

『……うん。……ありがと……』


 内海さんが手のひらで顔を拭う。

 足元の大きな水たまりには白い影が浮かんでいる。


 それを見て、不意に思い出す。


 白い人を恐れていた吾妻さん……

 白いおじさんとの繋がりを示唆した裕真……


 白いおじさんは、ずっと、僕らを観測し続けていたのか──?


 僕は内海さんの手を取って走り出していた。

 ここからどれだけ遠くとも、僕は走らなければならない。

 初めて視えたあのおじさんが、僕にとってのスタートラインだ。




 ──僕は、ひたすらに走った。

 全身がずぶぬれでも、僕は傘をさそうと思わなかった。

 本当は僕の存在自体を洗い流して欲しかった。


 僕が観測をはじめなければ……


 そう思うたびに、強く握られた手が痛む。

 なのに、内海さんの感触が、雨の冷たさでどんどんかき消されていく気がして、何度も何度も振り返る。


『今の私、どっち側なんだろ』


 息を切らして走る僕とは正反対の内海さんがいる。

 滑るように地面を走り、息も上がっていない。

 彼女の身体は半分あって、半分いないからなのか。

 それでも僕の手が握っている間は、絶対に消えない。

 僕にはわかる。


「どっちでもないよ。内海さんだよ」


 僕が言うと、内海さんは困った顔をして笑っている。

 だから僕は、にっこりと笑う努力をした。

 うまく笑えた自信はないけれど、内海さんの手が、ぎゅっと僕の手のひらに感じる。


 ずぶ濡れのまま走ってきた駅前を過ぎ、繁華街の交差点へたどりついた。

 振り返ると、たった1年でかなり変化がある場所だ。

 高層ビル、ネオンの名前、駅周辺の整備など、目まぐるしい変化がある。

 つい最近であれば、タワーマンションが建ったばかりだ。


『ここって、白いおじさんがいるところだよね?』

「そうだよ」


 息を整えながら歩いていくが、内海さんの存在がとても軽い。

 風船と一緒に歩いている。


『……会って、どうするの?』

「わかんない。……でも、きっと、その人がキーパーソンなんだと思う。吾妻さんが見た白い人って、きっとそのおじさんのことだと思うんだ」


 近づいていく電柱は、昔からあるタイプの電柱だ。

 細く、いろいろな広告が貼られて剥がされた、繁華街特有の汚れた電柱だ。

 ずらりと並ぶ通りの電柱だが、ここから7本目に、白いおじさんは立っている。


「内海さん、視えるかな」

『……うん。視える。……あー、なんか複雑な気分。嬉しい半分、悔しい半分』

「そうだよね」


 理科室の人体模型のように、半分が透けた体の内海さんだが、少し興奮しているのがわかる。

 どんな時でも彼女は探究心の塊なのだと思う。


「行こう」

『うん』


 べったりと張りついたTシャツをはがしながら、息を整えつつ、僕は白い人の前に立った。


「……あの、」


 ずっと俯いたままのその人が、初めて顔を上げる。

 白いおじさんと目が合う。

 目が合うが、おじさんじゃない。

 おじさんなんかじゃない。


 少し、大人びた、僕がいる──


『……来たんだね』


 寂しそうに微笑んだ顔は、未来の鏡を見ている気分だ。

 真っ白な髪の毛と服装に、僕はやつれた顔をしている。

 真っ黒に染まった目の周りはクマだ。唇はひび割れ、肌もくすんでいるが、おじさんではない。20代の青年だった。


『君は、彼女を助けられたんだね。一緒にいる選択肢が、この世界線にはあったんだ』


 ほっとした顔だが、同時に安堵した顔でもある。


『でも、半分だ。……残念だよ』

「元に戻す方法は」

『僕はわからない』


 僕は内海さんの手を握り直した。


「じゃ、僕が探します」


 内海さんを見ると、かすかに微笑んでいる。

 僕はその顔に「大丈夫」と付け足した。


『君は、今までの僕と、少しちがうね。だからなのかな』


 立ったまま、再び俯いた白い僕を、僕は覗き込んだ。


「それ、どういう意味ですか……?」

『そのままの意味だけど?』


 手を繋いだままの内海さんが、僕の前に半歩踏み出した。


『……何人も、知ってるってことですよね?』

『そうだとしたら、なに?』


 白い僕は大げさに肩をすくめたけれど、僕らはそれを噛み砕くのに、時間が必要だった。


『水野くん、それってさ、並行世界ってこと、だよね』

「僕も、そう思う」


 じっと、彼を見ると、見るのをやめろというように、手を振る。


『その、可能性は無限のはずなんだ』


 白い僕は、灰色の空を見上げた。

 まるで世界の一つになったように、雨にも濡れない透けた僕は、さっきよりも色が濃く視える。


『君がしっかり観測してくれたから、僕の存在がこの世界に表出し始めてる』


 僕の目の前にかざした手は、透けてはいるが、奥までは見通せない。

 存在が、浮き出ている。


『でもね、僕はここから動けないんだ』

『私は、動けてます』

『それは、君が半分存在しているからだよ。僕は、この場所から動けない。他の人たちもそうじゃないのかな。正しい場所(・・・・・)へ、ちゃんと移動して、そこから世界を見守る役になる』


 彼は電柱に手を添えて、ぐるりと体を傾けた。

 ポールダンスのように華麗ではないが、それでもゆっくりと回転し、また同じ位置に戻る。

 彼が歩き出しても、すぐに電柱の影から現れる姿に、僕らは半歩、下がった。


『そんなに怖がらないでよ。ここから動けないだけだから』

「なんで、動けないんです?」


 素直な疑問だ。

 他の人も動けていないが、電柱に思い入れがあるなんて、想像し難い。


『ここはね、僕が内海さんに告白した場所なんだ。……そうやって手を握ったのは、ここが初めての場所だった……』


 僕はつい離しそうになる手に力を込めた。

 僕の手は内海さんをここに止めるための、大事な(かすがい)だ。


「今回の世界は、何度目ですか」

『数えてない』

「ずっと、一人で?」

『だって、僕の責任だもん』


 ……ああ、そうだ。


 崩れ落ちるほどに納得する。

 僕は、こういう人間だ。

 全部自分の責任だと押し込んで、抱え込んで、結局、どうにもならないことになる。


『……最初はさ、占いの一つみたいに、使えたらなって、AIを開発したんだ』


 雨音にかき消されそうな声が続いていく。


『引き寄せの法則ってわかる? 量子は観測した時に決定するって性質があるでしょ? だから、自分が叶えたいものを観測するようにしたら、願いが叶うんじゃないかって……』


 彼の足元の水たまりに彼はいない。

 だが、彼が足を蹴り上げると、水飛沫があがった。


『ただのゲームみたいなもんだよ。願いを書いて、AIに観測させるってだけ。だから、内海さんも楽しんでたよ。一番食いついたのは、陽真理さんだった。何度も何度も観測させた結果、いちばん最初の方だったね。消えちゃったの』


 手で、パッと消えたというようジェスチャーをする。


『やっぱりさ、そういうのって欲がからむでしょ? それをAIが、どうも悪と判断したんだよね。悪がいない世界を観測、選択した結果、人類の半分以上が消えていった……』


 子どものように水たまりにジャンプをする未来の僕は、水を跳ねさせることなく、弾みながら言った。


『僕は、みんなを救いたい。救いたいんだ。みんなが残る世界線を探してるのに、みんな、みんな、消えるんだよ……』


 振り返った顔は、雨なのか涙なのかわからないが、しわくちゃの顔で言った。


『でも、なんで君は、内海さんを助けられたの? 僕は何度も助けられなかった……世界は壊れるだけで……。そんな世界、いらないのにね……どこで選択を間違えたんだろな……』



 “世界はいらない”



 そうだ。

 僕が、常に願っていたじゃないか。


 こんな世界、なくなればいい。

 あんな両親、いなくなればいい。

 僕をハブったクラスメイトなんて、消えればいい……



 ……そうか。

 未来の僕は、永遠に、救われない。



「あの!」


 つい、僕は、彼の手を握っていた。


「僕はあなたを観測し続ける。だから、」


 重なりつつある手が白く滲みだす。



「僕は、僕を救いたい──!」



 僕の声に、内海さんの手も重なった。

 半透明の手が、ぎゅっと僕と僕の握った手を包んでくれる。



『私も、助けたい。……だって、私だって、水野くんを助けたいからっ!』



 視えた姿が二重にブレる。

 透けた内海さんに重なっているのは、肩までの髪を揺らした大人の内海さんだ。


 多世界の構造は、布と似ている。

 それこそ、インターステラーという映画の表現を思い出す。

 横方向に広がるのが〈同時に存在する世界線〉。

 縦方向に積み重なるのが〈時間の流れ〉。

 今、ここに、縦の時間軸に存在する内海さんが、今の内海さんに干渉し、未来の僕に触れている────


 白い僕は、しわくちゃな泣き顔で笑っていた。

 彼は、すぐに内海さんの手を握り直した。

 その手が、勢いよく引っ張られる。

 ずるりと離れたのは半透明の、未来の内海さんだ。


 僕の手はいつの間にか彼から離れ、その手でしっかりと未来の内海さんの肩を抱えている。

 なのに白い彼の顔はぐちゃぐちゃに泣いていて、雨を拭おうと手のひらを頬で撫でたら、僕も同じように泣いていた。


「またね、未来の私」


 内海さんの声がする。

 大人の内海さんは、親指を立てて、


『I'll be back』


 そう、つぶやいた。

 未来の彼女も変わらないらしい。

 白い僕は、空いた手でごしごしと顔を擦り、僕に『がんば』と、言いかけたが、一度唇を結んだ。


『瞬間瞬間でいいから、ちょっとでも好きなこと、してみてよ。今の僕なら、選べる。……だから、プレゼントだ』


 手が前に出る。

 握手かと思い、僕も手を伸ばしたとき、目の前で、パチンと指を鳴らされた。

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