第28話
僕らは一番下の階へと降りていく。
そこには夏休み特集と銘打って、ワゴンでさまざまな商品が並べられていた。
ワゴンのひとつに、手持ち花火のワゴンがある。
階段上に積まれた花火は、プールバッグのような大型のものから、A2サイズぐらいの平べったいものまで様々だ。
「僕はこの大きのにしよ」
「私は手持ちが多いのにする」
僕らはそれぞれに花火を抱えて、レジにいく。
蜃気楼のなかで人を見ている気分だ。
揺らいだ黒い人の前に僕らは現金を並べていく。
「ここに、店員さんいるの?」
「うん、黒いモヤでいるよ」
言いながら出したお金は、少しの小銭と、大げさな1万円札だ。
「太っ腹だね」
笑う内海さんに、僕は肩をすくめた。
「だって、お釣りはもらえないもん」
「そうだよね」
「なので、内海さんの分もまとめて払います」
「おぉ、めっちゃ太っ腹っ」
ケラケラと笑って、嬉しそうに花火を抱えて小走りしていく。
白いスカートがふわふわと揺れて、飛んでいく綿毛を追いかける子どもみたいだ。
花火を抱えて追いついた僕の手を、内海さんはぎゅっと握る。
「こっち! 近くにね、いい公園があるの」
歩きだしたけれど、夢のなかにいる気分だ。
きっと内海さんもそうなんだと思う。
僕らの足は弾んだままだが、周りはちがう。
大半の人が消え、まばらに残った人たちは不安と恐怖で身をすくめている。
振り返るばかりで前に進めない人、名前を呼ぶ人、ひたすらに叫ぶ人、ただ泣きじゃくる人……
僕らのように普通に歩いている人も、もちろんいる。
きっと何が起きているかわかっていない人なのだと思う。
「だいぶ、減っちゃったね」
「……そうだね」
「なんでそんな顔するの?」
「だって」
手が強く握られる。
「……ちがうとは言い切れないけど、それでも、ちがうって、私は言うよ」
「ありがと」
「やめてよ」
また強く握られた。
僕はその手を握り返す。
「だいぶ、暗くなってきたね」
「なら、花火、きれいに見えるかもっ」
「そうだね」
街灯がぽつぽつと道標のように灯る歩道を歩いていく。
車は走ってはいるが、途中で事故を起こしてる車が何台もある。
「あ、こっち、近道なの。道路からも離れるし、安全だよ」
引っ張られて入った道は、裏路地だった。
ビルとビルの隙間で、延々とダクトから油の匂いや熱い空気が吐き出されている。
美しい路とは言い難いが、野良猫の気分になればそれほど嫌な路じゃない。
妙な熱気が通路に充満していて、僕らは笑いながら走り抜けていく。
「昔ね、よくここ通って公園に行ったんだっ」
「こんな道、なかなか知らないよ、フツー」
「私、子どものときは探検家だったから」
どのぐらい走っただろう。
肩で息をしながら抜けた通路の先に、公園が現れる。
「……昔は、もっと広いと思ってたんだけどなぁ」
額で汗を拭った内海さんが驚いた声を出した。
ブランコと鉄棒があるぐらいの、本当に小さな公園だった。
子どもの頃だと広く大きな場所も、大人になると小さく狭い場所に変化するのだ。
「あるあるだけど、寂しいね」
「……うん、ちょっと、寂しい」
僕らは一つだけ備えつけられたベンチを陣取ると、そこに花火を広げた。
いっしょに買っておいたライターで花火用のキャンドルに火をつける。
今日は湿気った日ではあるけれど、風はない、いい日だ。
「湿っぽいから、つきづらいかなぁ」
内海さんは手持ち花火のねじられた紙の先に火を灯す。
じんわりと火が伝って、火花が上がった。
「大丈夫そうだね」
赤、から白、オレンジと色を変えていく手持ち花火を振り回す。
細かな火花が雪のように散って、地面に落ちていく。
僕は少し離れて、打ち上げ花火に火をつけた。
噴き上がる火花は色とりどりに染まり、ときに形を変えて薄暗い公園を明るく照らす。
さらにポンポンと音を立てて、小さな火花が丸く咲いた。
「きれーい」
「うん、きれい」
僕も手持ち花火に持ち替えて、色が変化する様子を見つめていた。
消えないうちに次の花火に火をつけるという、効率的な動きで花火を消費する僕に、内海さんが言う。
「風情がない」
「……そう?」
「もっと1本1本の花火の命を味わって」
「はぁ」
僕は今持っている手持ち花火の火をじっと見つめながら、聞いていなかったことを聞いてみる。
「内海さん、いつから、怪談とかそういうの、好きになったの?」
「……小6のときだねぇ」
新しい花火に火が灯る。
ばちばちと火花が大きく出る花火で、屈んだ内海さんの膝が白く輝いている。
「それがさぁ、のめり込んだきっかけは、初めての告白を受けたときなんだけど」
「しょ、小学校なんだ……」
僕の衝撃を無視して内海さんは続ける。
「そのときね、好きとか付き合うってよくわかってなくて、ただ仲良く帰ったりするんだと思ってたの。でね、私、その頃から都市伝説とか怪談話の考察するのが大好きで、ずっと延々と話してたんだ。好きなんだから、こういう話も好きなんだって勝手に思って。そしたらね、すごい噂を立てられちゃって」
「……どんな?」
「あいつは、魔女だって」
「なに、それ……」
僕のひきつった笑いに、内海さんはけらけらと明るく笑った。
「子どもってさ、怖いものが好きなくせに、そういうのが好きな子は変人なんだって。学年はもちろん、下級生にまで『魔女』って呼ばれて。だから私、中学校、ほとんど不登校だった。中学受験するには遅かったしね」
一瞬、白く照らされた顔が、暗く沈む。
花火が終わったのだ。
別な花火をつけた内海さんの顔は優しいけれど、視線は地面にしばられている。
花火を見ていない。きっと、この公園に埋まった過去を見ているんだと思う。
「……だから猛勉強して、この高校に入ったの。私を誰も知らないところに行きたくて。で、考察を極めようって思いついて、量子力学の世界に行こうって決めたんだ。現実に起きているなら、絶対に証明できるはずだから」
視線は強く、真実を絶対に見つける意志がある。
その大きな瞳が右へ動く。
「……もう、来ちゃったか」
内海さんが見下ろした場所に、白いワンピースを着た女の子が立っている。
顔を上げたその子に、僕は内海さんの手首を取った。
とっさに間に入った僕を内海さんは、優しくよけようとする。
「重なるって聞いたから、同じ服にしてみたんだ? よくない?」
「何がだよっ!」
興奮気味の僕の声は大きい。
この子は、間違いなく、内海さんの過去だ。
少女の落ち窪んだ目、絶望している視線の先に、今の内海さんがいる。
「……実はさ、前に、見つけててさ」
「な、なんで」
「この公園、小学校の頃、よく来てたんだ。辛くて嫌いで、思い出深い公園。きっとさ、そういう思い出の場所にしばられるんだろうね」
内海さんは、そっと前に出た。
頬に雨粒が当たる。
僕はさらに前に出る。
「嫌だ!」
「大丈夫だよ、水野くん」
「何が、大丈夫なんだよ! 内海さん、ダメだよ。僕が助けるからっ」
「もう、始まってるのに?」
トンと、優しくも強かに後ろに押され、尻餅をついた僕の前に、二人、手を繋いで立っている。
「水野くん、楽しかった! すっごく!」
「やだよ! ダメだって!」
「私、ぜんぜん、後悔してない。……あ、少しだけ嘘。もっと研究したかったーっ!」
笑顔で手を振った内海さんが、小学生の内海さんと目を合わす。
少女の小さな手も僕に振られた。
白い線のように雨垂れが落ちる中、二人はきれいに重なって、黒いモヤになる。
瞬間、僕は内海さんの手を握って、強く引っ張った。
ずるりとはがれた内海さんの体は、半分透けているけれど、それでもここにいる。
僕が、観測する限り、ここにいる。
「──僕は、君の観測をやめない。絶対に、君を消させないっ!」




