第26話
ショッピングモールは、お盆に入ったのもあり、人でごった返していた。
駐車場の入り口を数回まわったが、空車のランプがつかず、僕らは離れた立体駐車場に車を停めることなった。
「駐車場、あってよかったですね。あの、このまま、花火買いに行くのどうですか?」
「また言う? いいから通路に行こうって」
内海さんは機嫌を損ねないように、どうにかできないか声をかけてくれている。
僕も参戦しようとするが、裕真が僕の服を引っ張った。
横に並べという意味だ。
戸惑いながらも横につくと、雑踏に消え入りそうな声で言う。
「もしさ、」
数人のグループが横を抜けていく。
花火大会がなくなったが、出店はあるから、そこに行こうという会話が聞こえてくる。
「もし、ヒマちゃんの未来か過去がいたら」
裕真に視線をなげつつ、まるで逆流するかのように僕らは人の波と逆らって歩いている。
川流れを割る岩のように、僕らはひと塊りで歩いていく。
だが、後ろを振り返れば、また流れが一つになる。
時間は流れない。
ふと思い出し、なぜか納得できた気がした。説明は、うまくできないけれど。
「……オレ、どうしたらいいのかな」
裕真を見た。
弱々しく吐き出された声に、僕は返事を考えたが、答える前にまた声がかかる。
「どうしたらいい、宙」
裕真を見ると、僕より背が高いはずなのに、今は僕より低い。
それほどに勢いがなく、しぼんでいる。
夏の木々とは正反対に、冬のカラカラに乾いた枝だ。
褪せた色を背負った裕真は、僕の目をみることなく、答えを待っている。
「……じゃあ、裕真はどうしたいの?」
見殺しにしたいのか、守りたいのか、僕には検討がつかない。
あれだけ行くなと止めたのに、だ。
だが、僕は選択した言葉を間違えたようだ。
「なんだよそれ! もっとさ、親身になってくんない!?」
3メートルは離れただろう2人には、裕真の声は聞こえない。
繰り返されるのは、【どうして、何もしないんだ】という内容だ。
確かに、何もしていない。
僕は、何もできていない。
僕はにっこり笑う。笑うことしかできないからだ。
「不安を僕にぶつけないで。僕は遠回しかもしれないけど、行くなって伝えたよ。内海さんもしっかり伝えた。それを拒否したのは誰?」
「だって、宙が観測者なんて……!」
「……嫌だよね」
それだけが理由なんだと思えば思うほど、裕真は本当に陽真理さんを助けたい気持ちがあるのかわからない。
いや、助けたい、とは少しニュアンスがちがう気がする。
昨日、わだかまりを解消したように思えて、あれはテンションの高さで乗り切っただけなのだろう。
僕らから話を聞くための演技だったのかもしれない。
「……もっとさ、内海ちゃんだったら、もっと、良い感じになるのにっ」
そういうことかと納得した。
きっと、昨日の会話から、何度も何度も自問自答して、頭のなかでこねくりまわして、やっぱり納得がいかなかったのだろう。
彼の物語に、僕が観測者であるのは、ふさわしくない。
僕はモブのままでいなければならないのに、能力が与えられたのが……そう、悔しいんだ。
「悪いけど」
僕ははっきり伝えることにした。
「現実は映画じゃないし、僕だって、こんな配役、気に入ってない」
心底驚いた裕真の顔に、僕の方が驚いてしまう。
僕がなりたくてなったとでも思っているんだろうか。
……いや、少し、存在感のある役は欲しかったと思う。
でも、未来の僕ですら、この未来は望んでいない。
人類の7割が消滅する未来など、考えてもいない。
それに、僕が主人公向きじゃないことぐらいわかってる。
意気地なしで、度胸のない僕が、観測者なのはおかしいことぐらい、よくわかってる。
それでも、だ──
「それでも、僕の役割があるなら、なりきるよ。だから、僕は、未来を止める」
すでにショッピングモールに入っていたが、あの通路に行く前に止めなければならない。
足早に前を歩く2人に追いつくと、2人の手首を片方ずつ掴んだ。
驚き振り返った顔に、僕は真面目に言った。
「行かないでください」
「まだ言ってるのっ?」
陽真理さんの声は、金切り声に近い。
大きな通路で痴話喧嘩のような状況に、僕は壁際に移動した。
店舗と店舗の間の小さなスペースに固まるが、僕対3人のような配置だ。
それでも僕は腹に力を込めた。
「何度でも言います。行かないでください。もう、いたる所に黒いモヤが揺れてるんです」
「また、自分は特別って言いたい系?」
苛立った陽真理さんから僕を庇うように、内海さんが移動した。
「なんで、そこまで視ようと思うんです? 危険なんですよ?」
「絶対に視るっ!」
叫び声に近い。
通り過ぎるはずの人が立ち止まるが、陽真理さんの勢いは止まらない。
「あたしは絶対、観測者なの! 観測者っ!」
地団駄を踏むような仕草に、僕が驚いていると、裕真が耳まで赤くして、陽真理さんの肩を握った。
「ねえ、恥ずかしいからさー。確かに宙が観測者なのはおかしいけどさ、ヒマちゃんも観測者じゃなきゃいけない理由はないじゃんっ」
「ユウくんはなにもわかってないっ!」
すがりついた裕真の腕をふりほどくと、陽真理さんの目には涙がいっぱい溜まっている。
震える唇に涙が伝い、床へと落ちていく。
剥がれた化粧が黒い涙の線を描き、あの通路の女性のようだ。
ひきつった顔、充血した目、隠れされたクマが目の下からくっきりと現れる。
ぼろぼろと涙をこぼしながら、しゃくりあげてしゃべる陽真理さんは、幼女といっていい。
「……わかってる。わかってるんだ。アレが、あたしかもしれないって……。でも、もう観測しちゃったんだよ。もう、遅いじゃん……! 遅いんだよっ」
「ヒマちゃん、昨日は、視えたって、喜んでたじゃん……」
「そんなの、怖いからに決まってんでしょっ!」
陽真理さんは顔を両手で覆ってしゃがみこんだ。
まだ震える肩を自分でつつんで、口をへの字に結んで僕を見る。
「あたし……死ぬのかな……」
「死にません」
言い切ったのは内海さんだ。
「水野くんは時間軸の人間がたくさん重なって視えたっていってます。だから、存在が不確実になるだけで、死ではない。ただ観測できるのは、水野くんだけ、ってだけです」
これが、内海さんの解釈なのだと僕は理解した。
どこかそれは都合のいい解釈にも聞こえる。
だけど、誰にも存在を認識されないのなら、それは生きているといえるのだろうか。
存在はしていても、誰にも認識されないのは、怪異と同じだ。
視える誰かに観測されなければ、いないのと変わらない。
視線を感じる。
振り返ると、いつの間にか僕らは壁際にいたにも関わらず、人に流されていたようだ。
連絡通路の付近にまで移動していた。
僕は上半身を左右に揺らしながら近づく未来の陽真理さんに、今の陽真理さんが見えないように立ちはだかる。
陽真理さんはすでにうずくまったままだ。
視線を元に戻すと、風に揺れる布のように不規則に移動している。
だが、視線は僕だ。
今の陽真理さんなど眼中にない。
顔は鬼の形相という言葉がよく似合う。
下唇を噛んだ歯は剥き出し、さらに血が滲む唇はへの字に曲がっている。
鼻と眉間がくっつくほどに皺がより、目は尖ったままだ。
『あんたのせいっ!』
彼女の声が鼓膜に突き刺さる。
『あんたのせいよっ!』
もう一度の声に、陽真理さんの肩が震えた。声が聞こえたのだろう。
この前に視たときよりも、色が濃い。輪郭はブレて視えるが、それでもしっかりと形がある。
おかげで振り乱された髪の傷み具合もよくわかる。
一度カラーリングをしたものの、そのまましばらくされていない。根本がしばらく黒い。
化粧がはがれてごわついた肌、ネイルもはげて、追い詰められた状況にいることだけはわかる。
格好が若いのに、今よりもずっと老け込んでいる陽真理さんが、ここにいる。
『あんたが、あんなもの創るからっ!』
3年後より、未来の陽真理さんにちがいないが、それほど差はないはずだ。
だが、ストレスなのか、未来の状態のせいなのか、陽真理さんの姿はとても痛々しい。
『引き寄せの法則と掛け合わせるからっ! 最悪が現実になったんだよっ! もう止められない。あんたが、夢を叶える装置なんて謳うから……! AIなんかに、あのプログラム食わせるからっ! 最悪、最悪、最悪っ!』
スピリットボックスも声を捕らえた。
それは、叫び声でしかない。
『あたしは、もっと、もっと、もっと、世界を見たかった!』
彼女が大きく振り回す腕は、今の人たちに当たっている。
だが、ぶつかることはない。
そこにいるだろう影の存在に、誰も気づいていない。
気づいているのは、僕らだけけだ。
そして視えているのは、僕と、陽真理さんだけ、だ。
『こんなところに、留まりたくないのにっ!』
頭を振り乱して叫ぶ声は、頭が割れそうだ。
あまりの騒音に、内海さんがスピリットボックスの電源を一度落としたそのとき、
『──ソラが死ねばいいっ!』
影の陽真理さんの両腕が僕の体に絡みついた。
ゴムのように伸びた腕に戸惑っているうちに、僕の体を雑巾のように絞ろうとしてくる。
僕は体を振るも、ただのパントマイムをしている人にしか見えないようで、変な歓声がわきあがった。
僕のもがく姿に、裕真の足は、半分逃げている。
内海さんもまた、大きく目を見開いたまま、開いた口を閉じられていない。
「離して、よ……!」
叫んでも、振り解こうとする腕にも、力が入らない。
体から軋む音が聞こえてくる。
しだいに息がつまり、頭がぼーっとしてくる。
視界が黒く閉じ始めた瞬間、足から落ちた。
顔面が床を滑っていく。
だが、痛みよりもまず空気だ。
落下の際に唇が切れたようで血の味がする。
それでも咳き込みながら、どうにか冷たい床で体を丸め、必死に呼吸を繰り返す。
ようやく戻った視界が明るい。
僕は何度か目をしばたたかせた。
陽真理さんがいる。
僕の前に陽真理さんが立っている。
いや、厳密にはちがう。
未来の陽真理さんの手を取る、今の陽真理さんがいた────




