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僕の、特異点 ──この未来に、僕はいない。  作者: 木村色吹 @yolu


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第25話

 昼間の学校は、それでも陰気な空気が漂っている。

 理科室を出て、一人で歩きだしたが、不意に独りで歩くのは初めてだと思い出した。


「……いやいや」


 足早になる自分に、何をやっているんだと言うように声を出してみたけれど、強がりの声にもならない。

 湿気った廊下をスリッパでパタパタ鳴らして歩いていく。


 反響する音に合わせて、黒い影の足音が混じっている。

 僕は振り返る。

 だけどそこには黒いモヤしか見えない。

 リアルな実体があるニシダ博士もいれば、黒いモヤもあり、そして灰色に染まった階段の子もいる。

 視え方のちがいは、それぞれ存在する世界の色が違うから、なのかもしれない。

 人間は、赤、緑、青の光が視認でき、色が合わされば白い色、光りとして認識される。

 それは赤いりんごなら、緑と青の色は吸収され、赤い色が反射することで、赤色となる。

 この光りの見え方と同じように、僕が彼らを認識するための波長のようなものがちがうのではないか。


 頭のなかでこねくり回して考えていると、気づけば生徒玄関前に辿り着いていた。

 そこからさらに奥の廊下へ向かえば、例の階段の怪談の場所だ。


 すでに奥の方から声が聞こえる。


「おかしいなぁ。視えないんだけど!」


 陽真理さんの声だ。

 楽しげだが、苛立ちも混ざっている。


「じゃあ、宙が嘘ついたんじゃない?」


 廊下に反響した裕真の声は棘がある。

 僕は反論しようと踏みだした。

 生徒玄関を背中に置き、左奥の教室の前を進めば、あの階段だ。

 なのに、足が止まる。

 これ以上、進めない。


 背後から肩に、手がかけられている──


『『なんで、あんたなの』』


 この声は──

 鼻にかかった少しハスキーな声。


 ──吾妻さん、だ。


『『なんで? なんで白くないの! 白いのに! いっつも白いのに!』』


 耳元で叫ばれる声の大きさに、僕は顔を歪めたがお構いなしだ。

 必死な声は腹の底からの憎しみで満ちていて、がなり声になっている。

 悔しい。辛い。恨めしい。心外。屈辱。不本意。

 どれも当てはまる感情があって、粘度のある悪意が皮膚から染み込んでくる。


『『……ようやく、今回、お金持ちになれたのにっ!!!!』』


 あまりの叫び声に僕は耳を押さえ、頭を抱えこんだ。

 その俯いた顔を覗き込むように、顔が潜り込んでくる。

 強く目をつむっても、瞼の裏に輪郭が浮き出て視える。

 黒い背景に光の輪郭で視える吾妻さんの顔は、眉間に皺がより、落ち窪んだ目玉が僕のシワの数を数えるようにじっくりと見てくる。

 体はどこに、と思うが、首が長く伸びて彼女の体は見つからない。

 腕も指も長い。粘土を細長く伸ばしたのに似ている。

 関節も節も何もない。のっぺりとした腕がぐにゃぐにゃと伸びて、縮んで、僕を囲むように輪を描く。


「……離れて、ください。そんなこと、知らないです」


 声をあげたが、震えていた。

 思っていたよりも、声量がない。

 自分の情けなさにもどかしくなるが、それ以上に、僕にとって、吾妻さんのことなんて、正直どうでもいい。

 僕は、今の、この世界をどうにかしたい。

 それだけだ。


 思い切って目を開ける。

 顔前に顔がある。

 だが驚きはしなかった。

 瞼ごしに視えた景色そのままだ。


 ただ、灰色の肌に逆剥けた唇がやけに立体的で、小刻みに震える唇はずっと“しね”と繰り返している。

 念仏のように唱える呪詛と怒りだけが彼女を支えているのか、ノイズ映像のようにびりびりと揺れる彼女の輪郭がより一層近づいた。

 逃げようと足を動かすも、伸びた体につまづき、僕は尻餅をつく。


「くそ……!」

『『あんたがいなければ……』』


 顔にひっぱられるように体がずるりと移動した。

 尻餅をついた僕を見下ろす吾妻さんの体は2メートルはあるだろう。

 くの字に折られた体は細長く、まるで瓶詰めをされた人間だ。

 小学生の吾妻さん、中学生の吾妻さん、大学生の吾妻さんが、その細長い体に内包されている。

 幾重にも重なった吾妻さんが、イソギンチャクみたいな腕を伸ばしてきた。

 長い腕は蛇のようにうねりながら、ゆっくりと僕の首に迫ってくる。


“ようやく、今回、”


 僕の脳裏で、吾妻さんの声が反芻する。

 まさか、だが、まさかだ。

 いや、きっと、そうだ。


「……何度目、ですか」


 伸ばされた手が僕の首を握る寸前、ぴたりと止まった。

 マトリョーシカの灰色の吾妻さんが、一歩、ずり下がる。


「何度、この世界を行き来したんですか?」

『『うるさい……!』』


 空いた距離を保とうと、僕は廊下を滑りながら移動する。

 うまく立てないのは、腰が抜けているからだ。情けない。

 それでも吾妻さんから目は離さない。


「では、あなただけ、なぜ、怪談をする前にもどって」


 言いかけて、僕は気づく。


「……まさか、ひとりで階段の怪談をして、たまたま戻れた。だから、何度も何度も怪談を繰り返して。その時に、たまたま友だちと怪談を試した。でも、その子は戻らなかった。……いや、戻らなくした……親友が戻る前に、鏡を壊した……のか」


 瞬間に、彼女の幾重にも重なった手が、僕の首を握った。

 振り払う暇もなかった。


『『いいじゃない、なんだってっ!』』


 しだいに浮き上がり始める僕の体にだが、つかんでいる腕に僕は触れることをゆるされない。

 僕はとっさに肩にかけていた内海さんのカバンを放り投げた。

 水筒が入っていたはずだ。

 思った通り、ひどい音が廊下に響く。


『『……だって、お金持ちになりたかった……みんなだってそうでしょ……? 人は騙したけど、殺してないしっ! あの子は勝手に死んだだけだしっ! 今だって別に、犯罪はしてないじゃないっ! 少し大袈裟に言ったぐらいで!』』


 ぼろぼろと暴露される彼女の過去に、僕は嫌悪感しかわいてこない。

 自分の身のために、他人を蹴落としてきたのだ。

 僕は怒りにまかせ、腕を振り、足を振り上げる。

 だが、実体が確定していない彼女の体には影響がない。

 それなのに、彼女たちは僕に触れ、僕を持ち上げるだけの力があることに、さらに怒りが湧いてくる。


『『コントロールされたい人間だっているの!!!』』


 父親がここにいる。

 すべてが自分の思い通りになるように動かないと気に食わない、そして、それをみんなが喜んで受け入れているという、謎の価値観を吾妻さんは持っている。

 吐き気がする。


「……あんた、の、ほう、が、死ね……!」


 しぼりだした僕の声に、僕が驚いた。

 だが、それ以上に吾妻さんが僕を視ている。

 あの話しをしてくれた吾妻さんだ。

 目が合うと、小さく悲鳴があがった。

 まるで、嫌いな虫を潰すみたいに、眼球だけの目はぎゅっと瞑り、彼女の幾つもの手に力がこもる。

 僕はどうにか振り払おうと体を捩って、足を振り上げる。

 壁を蹴られたが、その程度だ。

 大きな音を鳴らし続けることもできないまま、足の力が抜けていく。

 指先もしびれてきた。


「……水野くんっ!!」


 内海さんの叫び声と同時に、僕が落としたカバンが飛んできた。

 僕の顔の前をかすめるように飛んでいく。

 カバンが通り抜ける瞬間、吾妻さんの顔がぐにゃりと歪んだ。


「離してよっ! 離しなさいよっ!!」


 手当たり次第といってもいい。

 内海さんは履いていたスリッパを投げ、玄関に置いてあったゴミ箱すら投げつける。

 視えないが、それでも僕の近くにいることは間違いないからと、内海さんはひたすらに物を投げつける。


『『うるさいっ!!!!』』


 内海さんのスピリットボックスから、吾妻さんの悲鳴とハウリングが轟いた。

 鼓膜を割きそうなつんざく音と同時に、僕の体は投げ出される。

 廊下に転がり、咳き込みながら僕は体を丸め込んだ。

 怪異の気配はないかと神経をそばだてたが、静寂が満ちると、砂嵐が聞こえだした。

 スピリットボックスの音だと気づいたのは、肩を叩かれたからだ。


「だ、大丈夫、水野くん……! ねぇ!」


 優しくゆするのは内海さんだ。

 僕は軽く手をあげて、答える。


「ごめん、カバン投げちゃって……水筒、弁償するから……」

「こんなの、ぜんぜん! ぜんぜんだから!」


 大きなため息をついて、廊下に膝をぺたりとついた内海さんは、僕の肩をなでてくる。


「なんでかなぁ……なんで無理するかなぁ」


 言いながら、内海さんは深く俯いた。

 彼女の小さな声は震えていて、僕はとっさに手を取った。


「ご、ごめんなさい。その、無理は、してないからっ。助けられてごめん。僕が助けなきゃいけないのに……」

「ちがう」

「……ん?」

「そこは、ありがとうでしょ」


 頬を手のひらでこすって立ち上がった内海さんの目は赤い。

 それでも必死に笑ってくれた笑顔がかわいくて、僕もつられて笑ってしまう。


「……ごめん。え、あ、ありがと」


 僕の手を取って立たせてくれた内海さんを退けて現れたのは裕真だ。


「なにあったの? ね? マジなんなの!?」


 僕は肩をすくめるだけにした。

 理由をいえば、もっと機嫌が悪くなる。

 裕真は不安で苛立っている。

 そうやって不安を機嫌で表現できる裕真が羨ましい。

 僕は、隠すことばかり考えてきた。

 そして、今も隠すことしか考えていない。


「次は、ショッピングモールに行こう。あっち、確かめなきゃ!」


 陽真理さんの声に、僕はなるだけ明るく言った。


「それは……。別にそれはナシで、近いから墓地の方に」

「まだ夜じゃないじゃん!」


 裕真がぴしゃりと言う。


「夜に行こうっていったじゃんっ」

「そう、だけどさ」

「なんなんだよ、宙、シラけるだろー?」

「ユウくん、拗ねない。ほら、行こうっ」


 振り返ると、角から顔が見える。

 灰色の少女だ。

 強く噛み締めた頬はひきつれ、唇の端から泡がわいている。

 これほどに強烈な存在なのに、陽真理さんには視えていない。

 理由は、単純だ。

 “観測者”ではないからだ。

 すでに、陽真理さんは怪異(むこう)側にいるんだ────


 僕は気づいたが、それをバカ正直に言っていいのだろうか。

 校舎から出て、車の中に移動したが、まだ話せない。

 だけど、話さないと……

 息を吸い込んだ。


「あの」

「えっと」


 内海さんと、僕の声が重なった。

 僕は怖気づいて、会話を内海さんに譲ることにした。


「じゃあ、私から。あの、……可能性的に、未来か過去の陽真理さんがショッピングモールにい」

「それはない!」


 陽真理さんが言い切った。


「あそこに仮に未来か過去のあたしがいたとして、なんであそこにいるのかわかんないし。チラッてみたけど、ぜんぜんあたしじゃなかったよ? イライラしたおばさん、って感じだったもん」


 左手をハンドルから離し、ブンブンと振る陽真理さんの手首には、あの腕時計が揺れている。

 あの怪異と同じブレスレット型の腕時計だ。

 僕も続けた。


「で、でも、その、お互いを観測すると良くな」

「ヒマちゃんが言ってるから大丈夫だってば!」


 裕真が否定する。

 なぜ、裕真が否定するのだろう。

 エアコンが効いているはずの車内だが、どこか暑い。

 険悪な空気が暑さに拍車をかけている。


「……観測者は、宙だけじゃない。証明しないとっ!」


 裕真の声に、僕は改めて認められない存在なんだと、認識した。

 友人と思っていたかったのに、やっぱり違ったんだ。そういう思いと、友だちと観測者をイコールにできないだけ。という考えが同時に浮かんだ。


 どちらもかもしれないし、どちらでもないかもしれない。

 それでも、僕の存在が否定された気になるのは、間違いだろうか。

 僕が視えることで始まった出来事が、僕を否定するために動いていたと思えてくる。


「水野くん、行こうよ」

「内海さん?」

「……違うかもしれないし、さ」


 内海さんの右手は白いスカートを強く強く握りしめている。

 僕はその手を握る勇気はないから、自分のズボンを握る。


「そうだね」


 歩き出した街の中に、もう、黒い揺らぎがあちこちで蠢いている────

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