第22話
お店のオープンは11時。僕らの入店時間は11時10分。
人気店だが、すんなりと店内へ進むことができた。
僕らの後ろから、すぐに入場制限がかけられたため、僕らはほっとしたのと、ちょっとした優越感に、笑顔が浮かんだ。
「どれがいいだろ」
陽真理さんと裕真はぴったり並んでショーケースを眺めている。
ケースの中は、全てクラシックなサンドイッチだ。
食パンに挟まって、形は三角形。どこから食べても美味しいのが、この形だと僕は思う。
今は包装されていないが、注文されてからワックスペーパーで巻かれるスタイルだ。
ランチタイムは、プラス飲み物もつけられる。
注文の仕方がショーケースの上に丁寧に記されてあるが、どこぞのコーヒーチェーンのように呪文のようなカタカナ文字に、僕はいつも唯一間違いなく読めるコーヒーを頼むことになる。
「へぇ〜……スープもセットにできるんだねぇ」
内海さんの声に、僕は「うん」と曖昧に返事をしたが、スープもあったのかと今知った。
カタカナの文字に翻弄されて、読みきれていなかった自分に驚きながら、会計カウンターにたどり着くのを待っていた。
ここは、会計カウンターに着くまでにショーケースを眺め、注文を決めておくことが推奨されている。
だが裕真は優柔不断を発揮。陽真理さんが選択肢を狭めて、決定させるという、一手間を経て、2人は注文を終えた。
僕はいつも食べているBLTサンドイッチにアボカドを追加で注文。
ここのは野菜の鮮度がよく、ベーコンのカリカリ具合と旨みがたまらない。さらには自家製マヨネーズと練り辛子の相性が抜群なのだ。
それと、玉子サンドを注文した。思えば有名だが食べたことがなかったからだ。
どちらも半分にカットを頼み、そこにホットコーヒーをつければオーダー完了だ。
隣のカウンターで商品を受け取っていると、内海さんのオーダーが聞こえてくる。
「期間限定のミックスフルーツサンドとー、これも、期間限定ですよね? クリームメロンサンドイッチ。あと、今日のおすすめのナポリタンサンドイッチを。あと、カットしてもらっていいですか?」
さすがだ。
すべて限定になっている……!
茶色の紙袋を揺らしながら車に戻る際、僕は内海さんに提案をした。
「もしだけど、よかったら、玉子サンドイッチ、半分食べない? カットしてもらってるんだ」
「え?」
「嫌だったら、」
「ううん! めっちゃ悩んでたんだけど、やっぱり自分のルーティン崩すの嫌で頼めなかったんだ。じゃあ、ナポリタンサンドイッチ半分、あげるね」
そういって押し込まれた後部座席の僕の横に、内海さんが座っている。
座っている。
……座っている!?
「ねー、宙、なんでBLT頼んだのー?」
助手席からの裕真の声は意外と大きい。
隣の内海さんに意識が飛ぶけれど、僕は助手席に目をやった。
「え、あ、あえ、いつも、食べてて」
「そうなの? 結構、ボリューミーじゃん。食べきれないかなぁって、やめたんだよね」
「見た目より野菜多いから、ぜんぜん食べれちゃう、これ」
支離滅裂な内容だが、その間に隣の内海さんの意味を推測した。
これは陽真理さんが裕真を迎えに行き、裕真はいつもの流れで助手席へ。そしてピックアップした内海さんは後部座席。そのため、サンドイッチを買ったあとも、そのまま後部座席、ということだ。
原因がわかればなんともない。
な、なんともない!
「では、さっそく、行ってみますか。教授もノリノリでカード貸してくれて、めっちゃラッキーだよね」
僕らは開けていた窓を閉め、冷房をガンガンかけながら、C廃校へと向かっていく。
3回目となると、緊張は少ない、はずなのだが、僕にはトラウマがある。
階段の女の子だ。
彼女には、もう二度と会いたくない。
「ねね、宙、階段の怪談、見にいくー?」
裕真ならいうと思っていたが、内海さんがキツい声を上げた。
「そういうこと言わないでくれる? ちゃんと水野くんのこと見てよ。顔色、悪いんだよ?」
「いや、別に、そういうつもりじゃ」
裕真にしてみればただの雑談だ。
僕は内海さんに「ありがと」と返し、助手席の背もたれを殴った。
「どういうつもりでも、もう少し、言葉、選んでよ、裕真」
「でもさー、ニシダ博士のところでランチしようって言い出したのは、宙じゃん」
「僕は、未来を変えたいから」
「そんなの、決まってもいないし!」
機嫌を崩した裕真だが、陽真理さんは変わらずの明るさだ。
「あたし、その提案、めっちゃ嬉しくって。だって、あたしもソラくん側だとしたらさー、ニシダ博士が見えるかもしれないってことでしょ? めっちゃすごくない?」
「そこから可能性あるんですね! ヤバくないですっ!?」
内海さんの興奮もフルマックスだ。
前に乗り出した体を深呼吸で押し留めて、内海さんはサンドイッチにつけたアイスティーを飲み込んだ。
「……やば。また暴走するとこだった」
内海さん越しに窓から見えた外の景色は変わらないはずだが、今日は昼間なのもあって、見え方がちがう。
闇のなかで感じた暗さと陰湿な雰囲気のC廃校は、昼間見れば、灰色の伽藍堂だった。
音もひと気も消えた灰色の四角い塊は、歪なツギハギで繋がって、一つの敷地におさまっている。
かつては騒がしいほどの子どもがあふれ、駆け回り、先生や用務員の男性など、生きていた空間だったはずだ。
面影を探そうと思えば見つかるのかもしれないが、僕には見つけられなかった。
前回と同様にカードキーをかざし、校内へ入っていく。
過去2回の来訪ではわかっていなかったが、校内の植木は丁寧に剪定されており、雑草もきれいに取り除かれている。割れたアスファルトも修繕され、人の手が入っていると分かるだけで、全く印象が変わる。全く廃校の気配がない。
「夜は怖い印象ですけど、昼間は、なんか、田舎の美術館みたい」
駐車する車内で僕がいうと、笑い声がわきおこった。
「それ、田舎の人が聞いたら、絶対怒るやつ」
裕真がいうが、僕は「そう?」と返して、つづけた。
「北海道に親戚いてさ、夏休み遊びに行って、暇だから平日に美術館行ったんだ。……こんな感じ。誰かいるのに誰もいない、みたいな。妙なきれいさと、静けさでさ」
「なら、ゆっくり見れていいね」
内海さんの楽しげな顔に、僕は現実をつきつける。
「展示がおもしろければね」
なるほど。と言わんばかりの顔で、内海さんは口をへの字にした。
残念だ、という気持ちからだろう。
無事にバック駐車が完了し、僕らはいつものルートで校内に入っていく。
「今日は土足でいいよね?」
裕真の問いに、陽真理さんは無言でスリッパを差し出した。
なるだけ汚すなという、暗黙のルールがありそうだ。
なので、僕らはいつもどおり、スリッパをパタパタ鳴らしながら歩きだした。
理科室までのルートに、あの階段はない。
だけど、黒い影がぼんやりと浮きでて、走り回る気配がある。
僕はどこを見たらいいかわからず、買ったサンドイッチの袋に目を落としていた。
少し先を歩く陽真理さんは、何も見えていないのだろうか。
「……ね、水野くん、何か視えるの?」
僕の横を歩く内海さんが小声で尋ねてくる。
裕真と陽真理さんは、昨日見たドラマの話に夢中のようで、僕らの会話には気づいていない。
「……黒いモヤみたいなのがいっぱいいる、……そんな気がするだけ」
「それ、大丈夫?」
「大丈夫。たぶん、ニシダ博士に会うから、緊張してるのかも」
「そうかも。私も、なんか緊張してる」
ぐるりと振り返ったのは陽真理さんだ。
「緊張するの、わかる。あたしもっ!」
だが声は楽しそうで、緊張のカケラも見られない。
自分の可能性に自信があるのだろう。
だが、僕以外に視える人がいるというのは、心強く感じてしまう。
「ニシダ博士、視えたら、どうしよ……」
そう言う声には、期待が含まれている。
僕は思わず笑顔になる。
「視えたら、嬉しいです。僕だけじゃないってなりますし」
「宙だけが、観測者じゃないってことだしね!」
強い語尾で裕真が言った。
まだ根に持っていたのか。声に出しかけて、僕はやめた。
睨んだ目が怖くて、僕は言い出せなかった。
茶化す言葉も選べないのは、友だちなのだろうか。
それとも、僕がおかしいのだろうか。
「まだ根に持ってたんだね……」
冷ややかな内海さんの声が廊下に響いた。
その声は再びドラマの話に盛り上がる二人の反響音と、スリッパの足音でかき消されてしまった。
湿度の高い今日だが、蒸し暑さを感じない。むしろ、肌寒く感じる。
裕真と陽真理さんの会話が途切れると、足音だけしか音がなく、僕は何気なく内海さんを見た。
内海さんも僕を見る。
誰かが何かの話を待っている雰囲気が流れたが、僕も内海さんも、ドラマの話題は持っていない。
だが、その空気はもう終わる。
この角を曲がれば、もう、理科室だからだ。
「私が開けるね」
内海さんが陽真理さんから鍵を受け取り、ドアを開けた。
後ろから続いた僕が見たのは、ニシダ博士だ。
『やあ……。もう、会えないかと思っていたよ、ソラ』
スピリットボックスから、優しげな声が流れた。




