第20話
「ね、あの動画見たことあるー?」
僕らは一旦、怪異の話から離れることにした。
とても、意識的に。
裕真は最近見た動画チャンネルの話を始めたので、僕らはスマホで動画を検索するも、首をかしげてしまう。
「楽しみ方が、わからないんだけど」
「僕も」
「時代遅れも甚だしくない!?」
裕真の本気の声に、僕と内海さんは顔を合わせて、笑ってしまった。
裕真の友好関係では当たり前の情報が、僕らにかかると全く意味を為さないからだ。
そこから宿題の進み具合、それこそ僕が好きな映画の話もしたり、内海さんが最近読んだ小説の話も聞かせてもらった。
明日は13時ごろにショッピングモールの駐車場に決め、解散の時刻となった。
みんな場所を知っているので現地集合でもよかったが、駐車場からみんなで徒歩移動をする。
「スピリットボックスに声が入る瞬間が、とても美しいんだよ!」
そう、内海さんが譲らなかったからだ。
「──じゃ、また明日ね」
駐輪場から自転車にまたがり現れた内海さんは、手を上げ去っていく。
裕真はこれから陽真理さんが迎えに来るという。
「送ってくってばー」
「なんか、景色見ながら帰りたいんだ。だからバスで帰る。じゃ、明日ね」
「またね、宙ー」
手を振り別れたが、バス停への道を歩きながら、曇天の重さに首がもげそうな気がする。
暑苦しい雲がびっちり広がり、まるで高層ビルの天井だ。
コンクリートを流し込んだ灰色の天井は、ビルとビルの隙間を埋めるようにつながっている。
圧迫感のある道を重々しく歩いて、僕は停留所に到着した。
小さなベンチを囲うように人が並んでいる。
口々に話す会話は、
「花火大会、延期だって」
だけど──
「聞いたか? アイツ、まだ見つかんないって」
「マジかよ!?」
「だから、捜索願い出したって聞いててさ」
大学生だろう男子の会話が聞こえてきた。
よほどありえない人物なのか、聞き手のリアクションが大きいだけなのかわからないが、雰囲気から「事件性のあることに巻き込まれる人じゃない」ということがわかる。
いつから消えたのか、わかる範囲で聞き取りたかったが、乗り込んだバスに彼らは乗車せず、最後まで聞くことはできなかった。
「……あ、」
僕はバスターミナルのひとつ手前のバス停案内を聞き、即座にボタンを押した。
そこから徒歩で帰宅だ。
理由は簡単、単純に、あの通路にいる怪異を見たくなかった。
ただ、その選択は間違っていたのでは? と、5回ほど自問自答した。
「暑いわ……」
暑さが異常だったのだ。
夕方になる前の蒸し暑さにあてられ、今ならTシャツをしぼれば、汗が出てくるのではと思うほど、僕は干からびていた。
家にどうにか到着し、冷蔵庫の麦茶を飲み干し、追加の麦茶を作ってから、一番風呂をいただく。
髪の毛にタオルをあてながらスマホを見ると、母からだ。
今日、残業なの
夕食、ちょっと仕上げておいて
僕は書かれていた通りに仕上げをはじめた。
今日は肉じゃがを予定していたようで、皮をむいた根菜類に、白滝、さらに豚バラ肉がある。
「肉じゃが似てる間に、味噌汁でも作っておくかぁ」
僕は独り言で気を紛らわしながら作業を進めていると、父は定時に終わったようで、いつもと同じ19時30分に帰宅した。
「母さん、まだか?」
ただいまよりも先に言った言葉の意味を僕は知っている。
夕飯が心配なのだ。
いないなら、食べてきたのに。
そう、顔に描いてある。
「今日は残業の日だよ。家族のトークルームに入ってたよ?」
「で?」
「……夕飯、できてるよ」
偉そうに言ってくるが、何一つ自分でしたことがない人だ。
と、僕は思っている。
『結婚するまで、一人暮らしもしなかった節約家』と豪語していた。
だが、文句は容赦ない。
「また冷凍もの? 肉とか焼けない?」
思わず、ため息がでる。
キッチンに大股で歩いて行った僕の背に、
「なんだよ、それ」
父の不機嫌な声が飛んできた。
「今は夏休みだからさ、多少はできるけど、学校始まってもあるよね、こういうこと。だいたい、母さんは残業ない日でも父さんより帰るの遅いよね? それでもご飯作ったり、洗濯したり。父さんは、何してんの?」
「働いてる親に向かってなんだ、それはっ!」
拳でテーブルを殴る。
それは音だけの脅しだ。
僕はもうそれに怯える子どもでもない。
「……みんなで生活してるんだから、できることはしてよ。僕だって、塾、通いたいんだよ。お金はあるって言ってたよね? でもさ、家のことしなきゃならないってなるとさ、時間が足りない」
父はじっと僕を見つめるが、それは脅しに近い視線だ。
「確かに、金はある」
言い切ってから、眉をひそめて睨んでくる。
「お前が塾に? そんなとこ行ったって、なにも変わんないだろっ」
「H大学行きたいんだ。今の勉強じゃ、ぜんぜん足りないから」
「……はぁ?」
突然父は腹を抱えて笑い出した。
「ないない! 父さんでも落ちたんだ。お前が受かるわけない!」
まさか、笑われるとは思っても見なかった。
大きなショックと同時に、親としての信用も消え失せていく。
なんで自分が受からなかったら、子どもも受からないのだろう。
もしかして、受かってもらったら困るのか?
そうだ。
自分より優秀な人間をこれ以上増やしたくないんだ……
「お前は、人の何倍も努力して、努力して、ようやく人並みなんだ。そんなところ、行けるわけがない」
滔々と語るのは、僕がいかにできていない人間か、ということだ。
今まで多少の感謝や尊敬とかあっただろう人物だったはずの父が、ただのオジサンに見えている。
「……おい、話の途中だぞ!」
僕は無言で部屋にあがった。
自室にはストックの水に電気ケトル、カップ麺もある。もちろん、お菓子も常備されている。
怒鳴り声が聞こえたけれど、それに足を止めたくない。聞き続けることなんて無駄だ。
父になんて言わなければよかった。
僕はそのままの勢いで走り、室内用のドアロックを下ろした。
室内用の鍵なんて下ろしたことは今までなかったけれど、今回はつけておいてよかったと思う。
怒鳴りながらドアが叩かれ、ドアノブが激しく揺れている。
僕は速攻ノイズキャンセル付きのヘッドホンを耳にかけ、ベッドに座り、ドアを見ていた。
ドアを壊されないかと、内心恐怖でいっぱいになったが、壊さない程度に一発ドアを殴ったあと、静かになった。
ヘッドホンを外すと、リビングのドアが、力一杯閉められる音がした。
あれほど激しい父は久しぶりに見た。
久しぶりに、というフレーズが浮かんで鼻で笑う。
そうだ。忘れていた。
あの人は、ずっとああいう人だった。
僕はペットボトルの水をポットに注ぎ、スイッチを押した。
ストック棚にある色とりどりのカップ麺を眺めながら、
「消えたいなぁ……」
思わず滲んでくる涙に食いしばる。
あんなに昼間は楽しかったのに。
こういうとき、いつも思う。
僕なんて、消えたらいいのに。って。
机のスマホが震える。
裏にしておいた画面を上に向けると、SPOCに通知が入っていた。
明日さ、みんなで公園でコンビニランチしてから検証しにいこーよー
裕真の呑気なメッセージが、すごく心地いい。
「ありがと」
思わず声がもれた。
普段と変わらない言葉が、まわりがいるのが、本当にありがたく感じる。
僕の返信の前に、陽真理さんからのメッセージが入った。
めでたい!と書かれたスタンプと一緒に流れてきたのは、
やっぱり、視えちゃった! あたしもソラくん側かも!
でもまだしっかりは視てないから! ドキドキするね!
嬉しそうなスタンプがもう一つ押された。
それに反応したのは内海さんだ。
めっちゃすごいじゃないですか! 明日の検証が楽しみですっ!
それ以上は、明日聞くから話さないで! と懇願する内海さんの興奮度が激しく、つい笑顔があふれてくる。
「ありがとう……」
もう一度、僕は画面に向かって言った。
決して、伝えられないありがとうだ。
僕はカップ麺にお湯を注ぐ。
少し、食欲が湧いた。
待っている間に、僕も陽真理さんが視える側なのが嬉しい旨と、ランチの提案を始める。
今日は少し夜更かしになりそうだ。
それぐらいがちょうどいい。




