第18話
「ドッペルって、ドッペルゲンガーの?」
内海さんはいいながらアプリを開いて確認しだす。
僕はそういうのは疎い。もちろん、やってもいない。
そっと2人の様子を伺っていると、内海さんがスマホを僕に向けてくれた。
「これ見て、水野くん」
そこで出してくれたのは、本当に知らない誰かか投稿したものだが、そこにはっきりと書かれている。
『子どもの自分が、懐かしい公園にいたんだけど
めっちゃノスタルジー
#ドッペル #ドッペルゲンガー』
『年上の女の人、わたしとおんなじとこにホクロと、エクボもあったんだけど! キモ!
#ドッペル』
『家のなかに、なんか、俺がいるらしい
一人暮らしなのに #ドッペルゲンガー』
僕は言葉にならない。
何が起こっているのかわかるだけに、息が詰まりそうになる。
「場所まで特定はできないけど、たぶんね、たぶん、近隣じゃないかなとは思ってるんだー」
裕真がそういいながら、タブレットのスクショを数回動かした。
こういう投稿をする人は、日常的な動き、特にカフェへの来店やランチ、夕食の報告など、よくしているものだ。
どれも、この市内をはじめ、近郊のお店であるのがよくわかる。
「……というわけ。で、オレは、宙に謝ろうと思ってる」
何かと思っていると、メロンソーダが届いた。
裕真はそれに口をつけないで、僕と対面になるように腰をずらす。
「からかいたかった、ってわけじゃ……いや、からかってたとは思う。でも」
「でも?」
僕が言葉を返すと、裕真は俯いた。
俯いて、また僕を見る。
「視えていないことを、確認したかった」
「やっぱり、嘘ついてるって思ってたんじゃん」
内海さんの声に、首を振った。
「ちがうって。そうじゃなくって」
「ううん、ちがわないと思う」
内海さんはコーヒーカップに口をつけた。
つられて僕もコーヒーを飲む。
それを叱られた子どものように上目遣いで僕らを見ながら、裕真がぼそりと声を繋げた。
「……なんていうのかな。共感覚もってる人っているじゃん。どっか特別で。オレもそんなのになりたかったんだと思う。だから……」
それを聞き、今度は僕が声を繋ぐ。
「ごく普通の、何の取り柄もない僕がそういうのをもっているのが、許せなかった。だよね」
「そこまで言ってないって」
苦笑いをする裕真だが、また俯いた。
「……そうかもしれない。……いや、そうだと、思う」
深呼吸する。
そして、裕真は吐き出した。
「……だってオレも何かになりたかったから」
僕だってそうだ。と、返したくなる。
だけど僕の視えることなんて、ただの現象に過ぎない。
結果ばかりで、過程ではない。
特に素晴らしいものでもない。
それなら、友好関係が広く、勉強ができるほうが、すでに何かになれている気がする。
でも、持っている人は、持っているものに気づかない。
常に持っているから、みんな持っていると勘違いしてしまうんだ。
僕なんか、何一つ、取り柄もないのに────
「──裕真は、もう、たくさん持ってるよ。それに、ちゃんと何かになってる。例えばクラスの人たちからは、頭いいって知られてるし、ユーモアもあるし、一目置かれてるよ。とってもすごいことだと、僕は思う」
顔を上げて、裕真は照れくさそうに首をかいた。
「ちがうよ。それは、なんかちがうと思うんだ」
「私はわかるかも」
内海さんは、うーんとうなったが、いい例えを見つけたようだ。
「なんていうのかな、本をたくさん読んでてすごいっていわれても、読もうと思えば読めるでしょ? でも、本を書くってなるとそれは全然ちがうことじゃない。そういう、似てるけどちがう存在って、憧れちゃうんだよ」
「そうかな。僕は2人が羨ましいから」
「「なんで?」」
声が揃った。
2人も揃うとは思ってなかったようで、顔を見合わせている。
「僕は、その、わかると思うけど、協調性っていうのかな、なんか、足りなくて、いつも人の後ろをついていくばっかりで。前を歩けないんだ。2人はちがう。ちゃんと選んで、前を歩いてる」
「そう?」
内海さんが驚いた顔をした。
「それなら、もう水野くん、もうずっと前から私の前にいるけどな。すっごく追い越されないように、私ががんばって早歩きしてる」
吹きだした僕に、つられて裕真も笑う。
まだ、わだかまりはあるけれど、無視できる程度のわだかまりだ。
僕はぬるくなったコーヒーを飲み干した。
みんなもそれぞれ飲み物に口をつけていく。
心地いい空白のあと、僕はテーブルに出したままのタブレットに指をさした。
「ね、もう一回、ドッペルゲンガーの話、聞かせてくれる?」
そうだったと言わんばかりに、手早くタブレットを操作した裕真は、昌平と哲哉とのやり取りのスクショを画面に映し出した。
「オレ、怪談系の動画とかよく見てるの知ってるからか、昌平からまず連絡来たんだよねぇ」
2人のやり取りがある。
ざっと見た感じ、昌平は肝試しに行ってから、何か変だといい出している。
あれだけ頻繁なやり取りがあったのに、昨日の夕方にぴたりとやり取りが途絶えた内容だ。
「で、どこに行ったの?」
内海さんはいつの間にか眼鏡をかけ、取り出していたノートに手早くメモをしていく。
「それが、あのH小学校の、横の墓地!」
「あの横に墓地なんかあるの?」
驚いた僕に、裕真が笑う。
「廃校になってからできた霊園なんだ。だからめっちゃ新しいとこなんだよー。知らなくてフツー」
さらに内海さんが追加した。
「できた当初から怪談が絶えなかったんだよね、そこ」
「そうなの!?」
驚いた僕に、内海さんは得意げに説明してくれる。
「そ。穴場なホラースポット、だったんだ。よくあるタクシーに乗った人をここまで届けた、とか、人魂が見えたとか、ありきたりだけど、話は絶えなかったの。で、ちょっと有名な配信者が凸して、一気に広まったって感じ。だから今は結構厳重になってるよ。お墓の敷地の周りは網が張られてるし、出入り口も一つだけ。監視カメラもけっこうあるって噂だけど」
裕真が、「それがさー」と呆れた口調で話を続けた。
「でも、ほとんどがダミーで、北側の網の穴から入れば、散策ができるっていうんで、行ったんだって」
タブレットから流れたのは、動画だ。
スマホで撮影をしていたようだ。どちらかわからないが、声が入っている。
ただ画面は暗く、足元しか映されていない。
スマホのライトで歩いているのだろう。
ついでの動画、と言った雰囲気だ。
そこに声が入る。
2人のやりとりだ。声は小さいが、聞き取れなくはない。
『ね、誰かいる?』
『うそだーやめろよー』
『え? なんか、中学の制服着てるやついる。うわ……俺に似た着方してる。キモいわ〜』
『マジ? 誰もいないって』
『……え? 見間違いかなぁ』
2人の男のやり取りだが、はっきり聞こえた。
「昌平は中学のとき、冬になったら制服の下に絶対パーカーを着てたんだって。真夏なのにそれと同じ格好で、すごく印象に残ってて。そのパーカーも奇抜な色で、学校中探しても被らない派手な色だったらしいんだ。だから、もう一度見に行こうって。昌平の真似してるやつ、晒しあげようって魂胆だったらしい。で、昨日、もう一度墓地に行ってから帰ってきてないんだ」
僕は首を傾げる。
なぜなら、哲哉は哲哉を見ていないからだ。
僕の表情から察したのか、内海さんがノートにペンをトントンと叩きつけた。
「なんでもう1人も?」
「それは、わからない。でも、失踪してるのは間違いないよ。……あれ? クラス用のトークルーム、見てない?」
スマホを見ると、バッジがついている。
開けば、クラス用のトークルームだ。
管理者という名前でメッセージが入っている。
浜田昌平くんと、加藤哲哉くんの行方がわかりません
ご存知の方は、小さな情報でもいいので教えてください
私個人へメッセージをくれても構いません(石田)
石田は担任の名前だ。
このトークルームは学校および担任が管理している連絡網の役割がある。
それは、本当に昌平と哲哉が失踪している、ということになる。
連絡は今朝の10時頃。
僕にとって色々と心が忙しなかった時間帯だ。気づかなくても仕方がない。
「クラスのルーム、通知設定切ってたから気づかなかった」
「私も」
内海さんもかい! と、ツッコミたくなるのを抑え、僕は改めて他のやりとりに目を落とす。
特に有益な情報はないようだが、『肝試しなんかいくからだよ』というメッセージを入れている人がいる。
「あのさ、このメッセージいれてるのって、岩本だよね?」
僕が画面を見せながらいうと、裕真がうんと頷いた。
「岩本、肝試し行ったの知ってたってことだよね?」
「そうなるよね。なんでだろー?」
「岩本くんも含めて、本当は3人でいく予定だったとか?」
僕は腕を組んで、うーんと唸った。
「仮に岩本が行く予定だったとしても、あまり意味ない……いや、岩本が失踪系の話を知っていて、行かない判断をしていたなら、関係ある……?」
「じゃ、岩本に連絡してみるねー」
フットワークが軽いのは、裕真もだった。
僕は、2人から判断の速度を見習おうと、ノートに速度と書き込んだとき、スマホに通知が入る。
台風情報だ。
台風の速度が遅くなり、さらに方向が定まっていない。
だが間違いなく花火大会は延期だろうと顔を上げたとき、裕真がスマホをつきつけてきた。
掲げられたスマホの画面には、岩本からの返信がある。
あそこさ、ばあちゃん曰く、神隠しがあったっていっててさ
岩本のメッセージはさらに増えていく。
なんか、そこら辺って、神隠し多いじゃん?
昔、小学校で生徒がいなくなったりもしてるしさ
だから、あんまし、よくないって伝えたんだけど
「やっぱり、昔からあるんだ……」
内海さんの目が輝きだした。まるで珍しい宝石の原石を手に入れたような、恍惚そうな表情にも見える。
僕はニシダ博士の言葉を思い出していた。
線がゆるい、という言葉だ。
どちらの世界も存在し、そちらの世界も選ばれなかった、もしくは選ばれたから、その混ざった世界線に観測した人が囚われている────
この観測も、たまたま観測したに過ぎないはずだ。
いや、観測しやすい環境なのだとしたら、誰もが囚われてしまう可能性がある。
「ね!」
裕真が楽しそうに声を上げた。
「もしかしたら、怪異になった2人、その墓地にいるかもしれないってことだよねー?」
「ヤダよっ」
僕はとっさに断っていた。
行きたくない!
元に戻せもしないのに、僕が観測したら、もっと最悪になる。絶対そうだ。
「最悪になる、とか思ってるでしょ?」
内海さんが頬を肘で支えて、ペンで指をさしてくる。
いきなり、ウインクしてきた!
「もう、すでに、全部最悪。これ以上ないから大丈夫だってっ」
僕は素早く俯いた。
茶化されたことよりも、内海さんの仕草がヤバい。
陰キャの僕には刺激が強すぎる……!
裕真を見ると、澄ました顔で僕にウインクしてきた。
真顔で受け取るが、これは別になんとも思わないの自分の心に不思議だ。
「じゃあさ、観測ツアーしない?」
裕真が手を上げ、提案しだした。
「まず、あのショッピングモールの通路のとこ、して、墓地でしょ? 最後は学校のグラウンドで花火でもしない?」
僕と内海さんは顔を見合わせる。
「明日、花火大会、きっと延期だもん。いいでしょー?」
裕真のダブルデート企画は水面下で続いていたようだ。




