第六十四話 何をしているんだろう?
スキンヘッドに近くて、たまにカツラを被る。まるで八重寺島の多幸寺住職八十里哲平のようだ。だが正直、彼と比べてはいけない。住職は毎朝バリカンで整えている、いわゆる『短髪系イケメン』の部類であって、目の前の男性はそういうわけではない。
「あれ? 年配の人が入ってきたよ。でもさっきの人は自分机にある椅子に座ってる。後から来た人はソファーに座ってる。何やら厳しい表情をしてる。なんだろう? 声を聞くことができる術はないんだよね? 写真は撮っておこう」
五十、いや、六十歳くらいだろうか? 恰幅の良い初老の男性が入ってきた。
『そうですね。さすがにそのような術は開発されていないかと』
「概念はあるんだ?」
『有無は確かめていませんけどね。現状では、中に潜入しないとどうにもなりませんね』
「うん。ありがとう」
『いえいえ』
「あ。後から来た人、何やら怒って出て行っちゃった」
さすがに、盗聴に近い効果のある術はないとのこと。
『そうですね。何が原因かはわかりませんが、短気はいけないと思います』
「うん。僕もそう思う。あ、そういえばほら。カツラをとらないよ。ということはまた誰か。これも写真撮っておこう」
姿を見られる心配もなく、音を聞かれる心配もない。もちろんスマホを見られる心配もない。『隠形の術』はスパイ行為に特化したチートであることは間違いないのだろう。
「あれ? 今度は女性が入ってきた。うちのお母さんより若い人だな。どこかで見た覚えが……、うん。ネットで写真検索して探してみよっと」
『今はそのようなことが可能なのですね』
「うん。あまり当たらないって話もあるけど」
『一八さま。あの女性、ソファーで飲み物を飲んでから、その場に倒れるようにソファにうつ伏せになってしまいました。具合が悪くなってしまったのでしょうか?』
「……多分大丈夫だと思うよ。あの人がいたらお医者さんも呼べるだろうから。とりあえず、写真撮っとこう」
『冷静ですね。一八さん』
「うん。僕は今、任務遂行のためにスパイ活動を行っているんだ。だから非情なんだよ」
『可愛らしい諜報部員ですね』
「吽形さんの古里にも諜報部員っていたの?」
『いましたよ。もちろん』
「そうなんだ。なるほどね、あ、カーテン閉めちゃった。今日はここまでかな?」
駅まで戻って、山手線で品川まで戻る。品川から歩いて東京プリンセスホテルへ戻ってきた。
「すみません、十七階お願いします」
「おかえりなさいませ。えっと、はい。事情は伺っております。十七階でございますね? かしこまりました」
十七階行きのエレベーターに換えてくれる。余計な部屋で降ろしたくない。もし、侵入者だとしたら、お客様に迷惑をかけるわけにもいかない。ポーターの女性の仕事は、案外重要なのであった。
十七階へ到着。部屋の鍵を開けて、荷物からノートパソコンを持ってテーブルへ。
「どう? 阿形さんどれくらいの位置にいるか、わかるものなの?」
『この界隈にはいませんね』
「そういうのまでわかるんだ?」
『はい。ある程度、ですけどね』
資料にまとめてあったもの。『ヒビキ・エージェンシー株式会社』と『松任谷響』。この二つで検索をかけてみた。すると、代表取締役の写真が出てくる。
「あれ? さっきの人のこれ。どう? そっくりじゃない? カツラは違うけど」
写真はオールバックではあるが、生え際に少々違和感がある。おそらくこの写真もヅラなのかもしれない。
「ということはあれだよ」
『えぇ、そうですね』
「あの男が、絵梨佳伯母さんを殺したかもしれない」
『あくまでも容疑者ですが、当時のリストには上がっているのでしょうね』




