第五十三話 夏休みのうちに
祝賀ムードにも似た、料亭のような個室客間の畳の上。嬉しさを共有している日登美と千鶴、一八の三人。そこで疑問を投げつける隆二。
「どうしたの? とてもいいことじゃない? 県内一の難関校に通いたいって言うんだから」
「いやそこだけど、それだと那覇に住むことにならない?」
「大丈夫よ。お店の近くにマンションを探して借りるもの」
「いやいやいやそうじゃなくて。俺、寂しくなるんじゃない? ずっと留守番みたいなものだよ?」
「あ」
「あ」
「あ」
「「「忘れてた」」」
隆二はある提案をする。
「週末、何もなければ八重寺島に戻ってくること。これを了解しなければ俺、認めないもんね」
「あなた、そんな子供みたいなことを言わなくても」
「だってほら。俺は一階が仕事場じゃない? 俺だけぽつんとここで生活することもあり得るわけよ? 例えば日登美さんが那覇にいるとき、台風が来たりしたらさ」
「あ、確かにそうだわ」
「うん。あり得るわ」
「うん。あるかもね」
腕組みをして、頑固オヤジを真似している隆二に対して、千鶴と一八は、
「うん、いいよ」
「そうね、致し方なしかしらね」
「え? いいの?」
これで千鶴たちは東比嘉大学の付属中学と付属小学校を受けることになったのだ。
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八月二十日。朝十時に東比嘉大学付属の当落が、メールで連絡がくることになっている。
新学期が始まる前に、特別に編入テストを受けさせてもらったのが昨日。八重寺島村長と東城市長が直接会談。そこであっさり決まったらしい。
「五十九分。さぁどっちかしらね? 落ちたら知らないわよ」
変に煽る日登美。余裕な表情の千鶴と、手を合わせて祈っている一八。
「来たわ。どれどれ?」
日登美の仕事用ノートパソコンのメールボックスに、東比嘉大学学生課からのメールが入った。
「え? そんな……」
「え?」
「え?」
「う・そ・よ。おめでとう、千鶴、一八。試験勉強を一切していないとは思えないわ。やっぱり私たちの娘と息子は普通じゃないわね」
「おめでとう、千鶴ちゃん、一八くん。じゃ、俺、お店開けてくるね」
十時は下の喫茶室碧開店の時間だったのである。
日登美はスマホを取り出してどこかへかけていた。
「――あ、京子ちゃん? 私、あのね、あの部屋の契約書。え? もう不動産屋さんにいたの? え? 絶対に合格すると思ってた。わかってるわねー。うん。払い込みして、鍵ももらっておいてくれる? 私たちこれから見に行くから。それじゃお願いね」
「うわ。お母さん、それほんと?」
「準備してたのよ。必要なものはあっちで買って揃えるから、さ、行くわよ?」
「うん、いこ? やーくん」
「うんっ」
一階へ降りる。珍しくお店を通ろうとしたのだが、既にお客さんが入店していた。仕方なく日登美たちはメールで声かけすることに決めた。
「『あなた、行ってくるわ。帰りは明日かしら?』送信」
「『お父さん、また来週ね』送信」
「『お父さん。タコさんたちも連れていきます』送信」
阿形と吽形は一八の両肩に鎮座している。
『週に一度帰るなら外出と変わらんな』
『えぇ、そうですね』
歩きで港に向かう日登美たちだった。
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那覇に到着。
なんと、契約したマンションは、日登美の店舗があるタワーマンションの隣り。歩いてゼロ分。これは驚きの展開だった。
「よくこんなところ見つかったのね?」
「不動産屋さんに私の同期がいまして、無理矢理探してくれたんです。オーナーさんがなんと、千鶴ちゃんのニュースみていたらしくて、審査なしでオッケーが出ちゃったらしいんです」
「あらまぁ。千鶴姫様々だわね」
「やめてよ、お母さん」
「あははは」
隣のマンションは二十階建て。その十九階に部屋はある。3LDKでリビングが広い。セキュリティもかなり高くて、千鶴対策も問題なし。屋上がオーナーさんのフロアで、常時住んでいるから手がかかっているマンションでもあった。




