第四十四話 あれ?
祖母の静江たちは、村長としてまだ仕事が残っているため、数日遅れて帰沖の予定である。来るときと同じように、千鶴と一八の二人で帰ることになった。
「色々と申しわけありませんでした」
「いえいえ」
「それではまた来週末に、ここ羽田へお迎えにあがりますね」
千鶴のためだけに急遽、沖縄営業所を作って斉藤が常駐する案が上がったそうだ。だが、簡単に物件を用意できないということもあり、当面は千鶴に通ってもらうことになる。
来週の末はまだ夏休み中。そのため学校を休まずに東京へ行ける。その点は助かったと思う千鶴だった。
「いかにも芸能人、みたいに学校休みたくないんですよね」
「それは痛いお言葉です。本当でしたら、こちらの芸能科に通っていただく案もあるのですが」
「それは絶対に嫌です。そうするくらいなら、やめま――」
「わかっています。そのために、沖縄営業所を作る予定ですから」
危うく逆鱗に触れるところだったという表情になった斉藤だった。
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那覇空港に到着。国内線の到着口を出てくると、外気の温度が表示されていた。三十三度。沖縄にしては暑いほうである。
「やーくん、これって沖縄のほうが涼しくない?」
「うん、気温的には東京はヤバいからね」
「うん。三十六度、だった?」
「うん。ヤバかった」
羽田から那覇まで、軽く二時間以上あるが実はあっという間についてしまった。なぜなら、一八たちは吽形と話をしていたからである。SF的な、ファンタジー的な存在である彼女の話しは、二人にとって飽きがこない。だからあっという間だったというわけであった。
エントランスには、『美容室碧』の可愛らしい手書きプレートを持った、我那覇京子の姿があった。
「こっちです」
「お姉ちゃん」
「えぇ」
そのままエスカレーターで二階へ上がり、連絡通路を抜けて空港施設の向かいにある駐車場へ。いつもの黒塗りのミニバン車が待っていた。
一八は一番後ろ、千鶴は手前の左側。いつもの席に座った。
「日登美社長が那覇にいまして、夕方お戻りになるとのことです」
「あ、そうなんですね。お母さんと一緒に帰れるんだ」
「えぇ、そうね」
店舗のある新都心のタワーマンションへ到着。ここからなら、歩いてあちこち遊びに行ける。
「十七時には戻ってくださいね?」
「わかりました」
「ではいってまいります」
現在十五時になったところ。二時間は遊んでこられる。だが二人は、タクシーに乗って国際通りへ。沖映通りの突き当たり、むつみ橋信号の筋道を進んでいく。
筋道を進むこと百メートルほど。右側に牧志公設市場が見えてくる。ここは豊富な魚介類から畜産物。さまざまなものを取り扱う市場になっている。
「ここならね、美味しい海老があるとおもうのよ」
「ここなんだね。公設市場って」
「えぇそうよ」
これまで歩いてきた筋道は屋根があるため、風が通れば涼しく感じる。同時に道に面した建物から冷気が流れてくるので、十分に涼しい。だが、公設市場に入った瞬間、世界が変わった。
「うーわ、めっちゃ涼しいね」
「えぇ、別世界ね、ここは……」
贅沢に冷房が使われているように思えるが、なぜならそれは魚介類が置かれているからだと思われる。
通路を進んでいくと、観光客を含め、人が沢山訪れている。
『海老が、とても大きな海老がいます。あ、小さくて美味しそうな海老も』
もはや吽形の目には海老しか入っていない。
ぐるっと見て回りつつ、持ってきたクーラーボックス一杯に魚介類を買いまくった。一八と千鶴がお金を出し合って、千鶴の命の恩人である吽形に報いたいとここへやってきたのだった。
『正直言えば、この海老、あの人にはあげたくなかったりします……』
ぼそっと呟く吽形だった。




