第三十八話 お姉ちゃんの初仕事を見学 そのよん
千鶴が身につけているのは、この界隈で一番有名な私立高校の制服。安っぽいコスプレなどではなく、実在するシチュエーションで撮影は進んでいく。
笑顔で歩いたり、軽く走ったり、自転車に乗ったり、傘を差したり。まるでその場にいるようなデジタル処理された背景が展開するのだが、けっして千鶴が霞むようなことはない。
何校のも制服に着替え、その度に違うシチュエーションで撮影が続いている。撮影時間中は、ドキュメンタリーのように映像へ記録されている。だからカメラが回っているときは、一切気を抜くことができない。
それでもふと、表情が緩んだ際にみせる、等身大、年齢相応の微笑みは、見ている者の心をぎゅっと掴んで離さないだろう。
そんなとき、一八の後ろを走って、舞台袖へ抜けていく影が確認できた。
『一八さん。今、何かが後ろを通りました。間違いなく、千鶴さんに害意を抱いています』
(え?)
その瞬間、何かがギリリと軋み、数秒後にブツリと千切れる音がした。同時に、千鶴のいる場所の天井から、複数のビデオライトが落ちてくる。
『間に合いません。『隠形の術』をかけます。一八さんは千鶴さんを守ってください。ワタシは犯人を捕らえます。大丈夫です。絶対に死ぬような怪我にはなりません。さぁ、ヒーローになってください』
(はいっ!)
一八は走った。椅子に座って撮影を受けていた千鶴を抱き込むようにして、背中でビデオライトを受ける覚悟をした。
『動かないで』
千鶴の耳元で小さく囁いた声は、一八の声ではない。まるで音の悪いスマホのスピーカーから聞こえてくるかのようだ。だがその言葉を信じてか、千鶴はその場から動かなかった。
背中に複数のビデオライトが降り注ぐ。痛い、かなりどころか気を失いそうになるほどの激痛が走る。それでも吽形は、死ぬような怪我にはならない。そう言ってくれた。
それならやせ我慢をするのが自分の役目。ヒーローはいつも耐えるのが仕事。その先に、尊敬されるヒーロー像があると思って信じて疑わないのだから。
確かに痛いものは痛い。それでも骨が折れたりしている感はない。その上、瞬間的に痛みはしたものの、すぐにその痛みも引いている。
『一八さん、容疑者は気絶させておきました。他の機材の落下も阻止いたしました』
(了解です)
一八は千鶴にこう囁いた。
『そこの女が犯人です、あとはお好きなように』
一八は現場から退避する。途中、吽形と合流して斉藤の隣へ。ここまで一分足らずである。
『怪我は治っていますね。骨にも筋肉にも異常はないと思われます』
(これって本当に治ってるんですね)
『また敬語に戻ってますよ?』
(あ、そうだった)
『ヒーローが何かはまだ理解し切れていません。ですが一八さんは、立派なヒーローだとワタシは思いますよ』
(ありがとう。吽形さん)
千鶴は立ち上がって、一八とは反対側へ歩いて行く。足を止めた足下には、おそらく先ほどまではここにいなかった女性がうつ伏せになって倒れている。手には大きめのペンチにも似た、ワイヤーカッターと思われるもの。それをハンカチで包んで持ち上げると、うつ伏せになっている女性の背中に上品に腰掛ける。
「どなたか、警察へ連絡していただいてもよろしいでしょうか?」
ここが劇場の舞台だとしたら、一番後ろの席まで、二階席、三階席まで通るようなしっかりした口調、凜とした声。
「斉藤さん、いたら返事をお願いします」
「は、はいっ」
一八は斉藤の背中をぽんと押して促した。
「わたしはしばらくここから動けませんので、一八を安全な場所へお願いします。あと、警察関係者が来たら対応をお願いします」
「はいっ、しょ、承知しましたっ」




