第三十七話 お姉ちゃんの初仕事を見学 そのさん
一八は撮影の見学ということで、準備に忙しいスタジオの隅で千鶴が出てくるのを待っている。隣りにいるのは、千鶴のマネージャーの斉藤真奈美。
「あの、斉藤さん」
「どうぞ真奈美さん、または真奈美お姉さんと呼んでください」
「それじゃ、斉藤のお姉さん」
「そんな、……切り餅じゃないんですから。それにしても頑なにお姉さんと呼んでくれないのですね?」
「そういうのはいいですからこっちに置いといてですね、斉藤さん」
「はい、何ですか? もしかして、一緒にアイドルを目指していただけるとか?」
「そういう冗談ばかり言うなら、お婆さまに相談しますよ?」
「ごめんなさい、反省していますお願いなので相談しないでくださいお願いします」
「はいはい。それでですね、この撮影は何のなんですか?」
やっと本題に入れた。一八はやれやれという感じに苦笑する。
「今朝軽くご説明させていただいたかと思いますが」
「はい。雑誌のモデルだと」
「そうですね。雑誌のモデルというのはですね、何か特別なテーマでもない限り、季節を先取りした衣料の撮影をし、掲載するものなんです」
「ということは、今が夏だから、秋か冬の?」
「半分正解です。ただこれは絶対に失敗できない理由がありました」
「そんなこと、言ってましたね」
「はい。実は、雑誌の創刊号で、表紙と巻頭ページを飾る撮影なのです。じゃじゃーん」
「……それってヤバいじゃないですか?」
「はい。ヤバいとかそういうレベルのものではありません。これ失敗したら、私の首が確実に飛びます。地道に成績を積み重ねて、やっとチーフになったばかりなんです」
「あははは……」
正直笑えない事実だった。それでも千鶴なら成功する。そう思ってお願いされた。祖母の静江も許可を出した。千鶴もそれを受けた。それなら一八は信じて見守るしかない。
「本当はですね、昨年新人発掘のコンテストを行いまして、優勝した新人のタレントさんに内定していたんです。ただ、ここの編集長さんが、イメージと違う。髪の色をなんとかできないか? そう言われたわけですね」
「髪の色、ですか?」
「はい。その新人タレントの子がですね、綺麗な栗色なんです。だからといって、この撮影だけのために黒染めをするわけにもいかないんですね。契約が続く限りまた染めなければならないので」
「あー、うん。なんとなくわかります。お姉ちゃんの髪、綺麗ですからね」
「そうなんです。まるで日本人形のように艶のある美しい髪質。その上、あの可愛らしさ。どこの事務所にも負けません。絶対に成功すると、私はあのとき思ったんです」
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一八が待つ撮影スタジオの隣りにある、控え室の姿見前。
「素晴らしいわ、とんでもない美少女、ううん、美人さんよ。うちのモデルさんなんて束になっても敵わないわ。私だってほら、横に並んだら霞んじゃうもの」
リラックスさせようとしてくれているのが、千鶴にも十分伝わってくる。
「そんなことありません。宝田さんの腕がいいのだと思います」
棒読みの塩対応に聞こえるが、素直に千鶴に褒められているのがわかる。そうして照れているの大柄な男性は、龍童プロモーション専属メイクアップアーティストの宝田大五郎。
「あら嫌だ、褒めても背中を押してあげることしかできないわよ」
「十分嬉しいです」
「それじゃ、いきましょ。今日この場で、歴史が変わるわよ」
「宝田さん、それは言い過ぎです」
盛り上げようと背中を押してくれる彼に対して、すん、という感じに斬って捨てる千鶴だった。
宝田がドアをあけて、千鶴の道を作ってあげた。少し薄暗いスタジオの中、遠くに広くて明るい撮影場所。背景は大きな液晶の画面で、桜の舞うどこかの坂道が見えていた。




