第三十四話 ヒーローのためにそのいち
部屋に備え付けられた机の上には、スマホが入っている鞄、ボディバッグがある。そのボディバッグを手に持ってみる。すると、まるで最初からそこになかったかのように消えていくではないか?
(これっていわゆる、『範囲バフ』みたいなもの?)
『なるほど、ゲームの中の何かに例えているわけですね。おそらくはそのバフというのが魔法の効果にあたる、と?』
(すごいすごい。その通りだよ、吽形さん)
『ワタシが一緒にいる限り、このバフは消えることがありません。これは元々、ワタシたちが普通に使える、そうですね。わかりやすく表現するなら、工学迷彩でしょうか』
(おぉおおー)
『認識阻害の効果もございます。もちろん、防犯カメラにも写りません。実際は大気中の水分を変換して、鏡のように反射させているだけです。そのため、一八さんが手に持っている鞄などにも効果が出るというわけですね。これは一八さんがワタシたちの眷属となった、身体の変化のひとつと思って頂けたら良いかと』
(すごい、すごいすごいすごい)
『とにかくですね、外に出てみましょう。どれだけ効果があるか、ワタシも確認しながら調整をしたいと思いますので』
(うんっ)
一八はこの部屋のカードキーをボディバッグに入れる。そっと内開きのドアを開けると、誰もいないことが確認できる。
(それじゃ、ミッションスタート、だね)
『えぇ、そうでございますね』
廊下に出て、エレベーターの前に立つ。下へいくボタンを押す。するとすぐに到着。一度ドアが開く。
『乗ってください』
(はい)
『ボタンは押さないでくださいね』
(はい)
すると十秒くらいしただろうか? 自動的にエレベーターは降りて行く。一階に到着する。
『はい、出てください』
(はいっ)
すると、一度開いて五秒ほどで閉まるようだ。
『これで少なくとも、誰に気づかれることなく一階まで来られます』
(おぉおお)
『問題は、……あ、今です』
ポーターの女性が出て行く。なるほど、そのタイミングを計っていたのだろう。
(はいっ)
ホテルから出て、スーパーの道へ向かって百メートルあたり過ぎたとき。
『では「隠形の術」を解きますね』
(うん)
すると一八は自分の腕が確認できたのである。
「凄いね。まるでヒーローみたいだ」
スーパーに到着。エビ関連のインスタントソースが思ったよりも充実していた。
「あった。エビマヨとバジルソースもだ。あと、これもこれも、小さいオリーブオイルも買ってと、確か海老は二日分あるからまだいいとして」
『これ、見た目が美味しそうですね』
(あ、それ買った。これね)
会計を済ませて一八たちは出てくる。ホテルから五十メートルほどのところで『隠形の術』を発動してもらう。実に便利なもので、下げているマイバッグの擦れる音まで阻害してくれるという術だった。
ポーターの女性がエントランス内に戻る際に、一八は侵入。するとエレベーターから降りてきたのは、さっき祖母の部屋に来ていた龍童永来とマネージャーの斉藤だった。
何やら機嫌良さそうな二人。おそらく良い関係を結べたのだろう、と一八も思った。
『今です』
エレベーターにはなんと喜助が、隣には千鶴がいた。どうやらさきほどの二人を見送りに来ていたのだろう。
あの隙のない喜助も、千鶴も一八がここにいることに気づく素振りを見せない。あっという間に十七階へ到着。先に喜助が降りて、続いて千鶴が降りる。その隙に一八は降りておく。
千鶴が部屋に入ろうとした際だった。
「千鶴お嬢様、明日は午後から先ほどのご用事がございます。ご旅行の途中ではございますが、お忘れのないようお願いいたしますね」
「お爺さま、千鶴でしょう?」
「そうだね、千鶴。うちの静江さんのためと思って頑張っておくれ」
「うん。頑張るわ、お爺さま。おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ。千鶴」
エレベーターが上がっていき、千鶴は部屋へ入る。そのタイミングで一八もドアを開けて中に入った。




