非道の鑑
ここでやっていることはフィクションです。
絶対に、復讐は止めて下さい。
ロクな事にならない。
「ゲホ!オホッ!オホッ!オホッ!」
水が気管に入り込み、咽る。
「助けて……ゴホゴホ!助けて‼」
辛うじて井戸の壁にしがみつき、草木に阻まれた空に向かって叫ぶ。
体が痛い。
水が冷たい。
何でこうなったの⁉
アイツの所為だ!
アイツが私をこんな目に遭わせたんだ!
あの下民!この私にこんな思いをさせるなんて!
豚の分際で!
私の慈悲を!最後の情けを無視したんだ!
あの豚!楽に死ねると思うなよ‼
この私を、この私を危うく殺しかけたんだ!
殺人だ!
豚のクセに身の程を知らず、有ろうことか遥か格上の人間様を殺しかけたんだ!
許さない!
絶対許さない!
殺してやる‼
「これは如何かね?」
背の高い叢の中にある、一箇所だけ小さい草花が集まっている場所があった。
見た所、香りのよい草や花が多い。
これらを使った香水擬きならば、簡易設備であってもそこそこ質の良い物が作れるだろう。
「教授…………矢張り、先程の声は気のせいでは無かったのではないでしょうか?」
不安そうな声を頭の中で呟く。
「気のせいさ。ほら、色々有るが、どの香りが良いかね?」
あっさりそれを流して草花を摘む。
陽が傾いて来た。
ミス=フィアレディーからは『日が沈むまでに戻るように。』と釘を刺されていた。
急がねばなるまい。
「教授…………………」
「何かね?」
「誰が居たんですか?」
「…………………………………」
驚きはしない。
彼女には辛うじて気付くようにヒントは渡しておいた。
というより、私(シェリー君の肉体)が知覚した刺激は彼女にも伝わっている。
私と彼女の違いは分析能力くらいのもの。
ある程度考えれば、
『追跡者が誰か?』
『どうしてさっきから追跡者が居ないのか?』
『どうやって追跡者を足止めしたのか?』
くらいは解るように作ってある。
その為に豚嬢を嵌めたトラップを宿舎のものとわざわざ同じ種類にしたのだ。
「ミス=コションですか。ミス=コションを陥れるためにわざわざここまで来たのですか?」
ぎょっとした表情でこちらを見る。素晴らしい。
解る様にヒントを与えたとはいえ、及第点だ。
「あぁ。」
「あの古井戸ですね。」
「あぁ。」
「戻って下さい。今直ぐ。」
「あぁ。」
抵抗はしない。
彼女の意志を尊重しよう。
あの豚!あの豚!あの豚!あの豚!あの豚!あの豚!あの豚!あの豚!あの豚!あの豚!
あの豚!あの豚!あの豚!あの豚!あの豚!あの豚!あの豚!あの豚!あの豚!あの豚ぁ!
絶対に!殺して!やる!
「ここですね⁉」
そんな声が井戸の上から降って来た。
あの声は………
「モー!リー!アーー!ティーー!!!」
怒りで冷め切った体が熱くなる。
脳の血管が脈打つのが解る。
心臓が早鐘を打つ。
「大丈夫ですか⁉ミス=コション!」
ヘラヘラした豚の顔がのぞき込んだ!
「モリアーティー!この豚!私をこんな目にしやがって!」
「え?あの……………」
「五月蝿い!さっさと私を引き上げろ!
お前の所為でこんな目に遭ったんだ!殺す!絶対殺す!
さっさと私を助けろ!この下民!」
シェリー君に任せて井戸を覗き込ませた。
私も傍から見ているが、アレは人を殺す気の眼だ。
どうしようもなく、計算する必要さえなく、解ってしまう。
彼女は助けた所でシェリー君を殺しに来るだろう。
私が仕組んだとはいえ、彼女は報復をされるに相応しい態度であった。
因果応報。
悪因悪果。
自業自得。
身から出た錆。
当然の結果。
自分で自分の首を絞めた。
自身を顧みず、人を豚扱いして、その上で未だ反省の色が無い。
一応、私は豚嬢に何もしていない事になっているのだから、本来は『助けて欲しい。』・『助けて下さい。』という言葉が来てもいい筈だ。
『さっさと私を助けろ!この下民!』・『殺す!』
人に助けを求める態度ではない。
そもそもここまで歪んでいるのだ。
端から反省するとは思っていなかった。
最早彼女を消し去る他、シェリー嬢を助ける道は無い。
「………………わかりました………………待っていてください。」
「サッサとしろ!このクズ!
お前の所為でこうなったんだ!上がったらタダで済むと思うなよ!」
破綻しているな。
話にならない。
フッ
「教授?一体何を?」
「君の不正解行動を正そうと思ってな。
この場合、『助ける』は最も愚かな行動だ。」
「でも………………」
「相手は井戸の中。登ることは出来ない。しかも、周囲に目撃者はおらず、ここに進んで来て井戸の中を見に来る者は皆無と来た。ならば君のやることは決まっている。」
丁度、近くに手ごろな大きさの石が有った。
井戸の幅ピッタリの、丁度井戸で溺れている時に頭から落とされたら一溜まりも無い様な石が。
ゴロン
井戸の淵に石を転がした。
「これが、復讐だ。」
私の言葉にシェリー君が、私の眼に豚嬢がそれぞれ戦慄した。
フィナーレが見えてきました。
12時まで。
何とかやってみます。




