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危険と敗北が生み出す恐怖

 殴られたのは、初めてだった。

 頭の中がガンガンした。

 血じゃない……何かの匂いが鼻の奥でした。

 視界がグルグルして、殴られた場所が痛くて、立ち上がろうとして力が入らない。

 今まで殴られる様な事は、叱られる事だってしたことは無かった。

 殴りかかってくる奴等は何人もいたが、その拳が当たったことは無い。

 徹底的に負かして、その敗北を以て愛しき妹達の名誉を取り戻そうと思っていた。

 殴られるなんて考えてもなかった。

 負けるかもしれないと、今、思った。


 「どうだ!参ったか!」

 歓声が聞こえる。それは、俺に向けられたものじゃない。

 視界の回転が止まってきて、あの卑劣漢が息も絶え絶えで、でも立って、こっちを見ているのが解った。

 自分は今、地面に伏して土にまみれていた。

 『負けるかもしれない』

 それを今、初めて感じた。

 体のあちこちが痛くて、力を入れようとすると更に痛みが増して、止まれ休め倒れろと身体が叫ぶ。

 それでも、それを無視して動こうと思った。

 負けるかもしれない。

 だが、負ける気は無い。

 初めて殴られた。確かに痛かった。


 だからなんだ?

 一発二発殴られた程度で俺が負けるとでも?

 良いだろう、殴られた。こんな屈辱は初めてだ。誇らせてやる。俺を殴れた事を明日から威張ると良い。

 だが、その前にお前は跪かせる。

 俺の妹とメイド達を侮辱したお前には、今俺が味わった分も加えてキッチリ屈辱的な敗北を与えてやる。


 生まれて初めての殴打でシソーデ=ダイエイトの心は乱れていた。

 頭が揺れていた。

 アドレナリンも駆け巡っていた。

 結果、思考から冷静さと賢明さが消え、とある魔法の行使に踏み切る。



 モロに入った。

 それでも、未だ立ち上がる。

 トドメを刺したいけど、こっちも一気に魔力を使って限界まで身体を動かして、息切れしてる。

 何かされる前に動きたいけど、下手に動いてしくじったらそれこそ洒落にならない。


 「俺相手に何発も当てたこと、褒めてやろう。」

 立ち上がって何を言うかと思ったら、そんなことを言い出した。

 「は?何言ってんだ?」

 何様のつもりだ?エラそうに。

 「俺を相手にしてここまで闘って、俺に攻撃を当てたんだ。たとえ相手が卑劣漢であっても、褒めるのは当然だ。俺は、正々堂々とした貴族だからな!」

 大声で叫んで、その勢いで倒れそうになってる。フラフラしてる……フリじゃなさそうだ。

 「だから、俺は!お前を!全力で叩き潰してやる!

 光栄に思え!負けても自慢して良いぞ!」

 目が明らかにおかしい。

 畳みかけようとして、足が動かなかった。

 「え?」

 『地形操作』でも仕掛けられたかと思ったけど、そんなことはない。

 そして気付いた。構えたままの手が震えていた。



 いいね、ありがとうございます。

 ところで、実況解説席と舞台上の往復という描写の行き来は読み辛くはありませんか?

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