戦いは既に
戦いは既に。
クーネは主人の手腕について賞賛していたが、茶会は始まったばかりだ。
「ヤーンさんが下拵えはしてくれたが、仕上げと盛り付けは未だだ、仕上げるぞ。」
「テーブル2-3のフルーツが少なくなってきてます。追加お願いします。」
「坊ちゃん嬢ちゃんの親が来てる。ワインを地下倉庫から持って来い!こっそりな。」
「料理出来た。3-5テーブルへ。」
「給仕の数が足りてない。誰かヘルプを!」
貴人の茶会の裏側で、リバルツ家の使用人達は修羅場を駆けていた。
あくまでこれはヤヤーナ=リバルツの茶会。リバルツ家当主の持ち物を自由に使う権利は無い。
「本当にありがとうございます。」
クーネが礼を言った相手は厨房で炎と格闘する一人の男。
細腕で幾つもの鍋と炎を操り、この修羅場にあって余裕綽々とばかりに不敵な笑みを浮かべて指示を出す男。
「クーネ、何言ってるんだ?
俺は今日、旦那様から偶然休みを貰ってて、手持無沙汰になって厨房に来て、料理の勘が鈍らない様に鍋を振ってるだけだ。コックの俺にとってそれは自然なことだ、だろ?…………まぁ、旦那様には内緒だがな。」
「……感謝いたします。」
「クーネ、お前は戻ってろ。大事な大事な坊ちゃんを一人にしてやんなよ。」
「……なんのことでしょうかさっぱりですが、承知いたしました。」
あぁ、つまりそういう事だ。
人数は限られている。が、今日何故か休日を取っている使用人達と何故か体調不良で休みを貰っている使用人達がここにいるお陰でなんとか間に合っている。
だがそれは表面張力ギリギリのコップの様なもの。ちょっとしたきっかけで崩壊する。
何かがひっくり返る音と悲鳴が厨房の外から聞こえた。
「なんですか?」
「も、申し訳ありません。ペフィンガンが、ペフィンガンが料理を落としてしまいました……ぁ。」
厨房に現れたメイドがノロノロ泣きそうになりながら現れた。
「……ッ!」
ここに来て表面張力が決壊した。
コンロは空いている。だが貴人相手に料理を振舞える程の腕の持ち主は限られている。
「どうすっか……」
「すみません、片付けてきます……ぅ。」
メイドがペコペコいそいそノロノロと外に出ていく。
俺が作る?今ある分で限界だ。腕の本数が足りない。
誰かに指示して作らせる?無理だ、人に指示しながら自分の調理は頭が足りない。
「失礼いたします。厨房はこちらでよろしいでしょうか?」
細く、柔らかく、然程声を張っていないのにこの修羅場で通る声が聞こえた。
いつの間にか、燕尾服に片眼鏡姿の線の細い男が目の前にいた。
「ジー=ヤーン先輩より要請があり、参りました。エリズと申します。
もし、そこの料理長様。少しお節介焼きで料理好きな執事はご入用ですか?」
「出来んのか?」
「先輩には今一歩及びませんが。」
なるほど、坊ちゃんの手伝いだけじゃなく今一歩及ばないまで手配してたか、あの執事様は。
「作るものは……」
「先程地面に零れた料理ですね、把握しています。」
腕まくりをして瞬く間に調理を始めた。
その動きは到底素人のそれじゃない。
「……頼んだ。」
さて、こっちも仕事に取り掛かろう。
にしても、ペフィンガンってのは、そそっかしい奴だ、新人か?
「ヤーン様、戻りました。」
「おや、クーネ先輩。厨房の手伝いは大丈夫でしたか?」
穏やかに微笑みながら他の数倍の精度と量の給仕をこなしていく。
「坊ちゃんのところに戻るようにと。」
「はは、確かにその重大な役目は貴女にしか出来ませんな。さぁ、坊ちゃんはあちらです。
私も後程折を見て厨房に向かうと致しましょう。
流石に料理長ばかり孤軍奮闘させるのは忍びない。」
戦いは既に。
ブックマーク、評価が快進撃を続けています。ありがとうございます。
展開が鈍いよりサクサク進む方が、書くモチベーションが上がることに今更気付きました。
年末までに決闘茶会の一先ずの決着は、つくかな?と。




