貧乏くじを引いた者
「先ずは、決闘茶会の招待状作りだ。」
このボクの字は卑下する様なものじゃない。けれど褒められたものとも言い難い。
「坊ちゃま、私にお任せいただけますか?」
「頼む。見本はこのボクが作ってあるから、それ通りに書けば良い。
ミスしても良い様に予備の紙も用意してある。間違いは罪じゃないからな。」
「ありがとうございます。誠心誠意一筆に込めます。」
「次に……決闘の舞台。これは、特に規定は無いけれど不平等であってはならない事と見苦しくないようにする必要があるな。観戦席も必要になるし、間に合うか……?」
「坊ちゃん。発言してもようござんすか?」
「なんだ?」
「あっしの呑み仲間に槌と鋸の腕っぷしは良いが賭け事の腕はてんでダメな大工がおりやしてね。最近大金スッて大変…」
「要件を頼む。」
「急いでまとまった金が欲しいって腕利き大工がおりやす。突貫料金はいりやすが、声を掛けたら明日朝からでも来てくれると思いやす。」
「元から安く済むとは思ってない。けど大丈夫か?貴族の子息が来るんだぞ?半端なものじゃ金は出せない。」
「へへ、あれでも落ちぶれる前は城も建てたって大工なんで。じゃぁ、少―し水を飲ませに行ってきやす。」
「ったく……一杯だけにしておけよ。」
呆れながらもお調子者の庭師の背中を見送る。
決闘するモンテル=ゴードンとシソーデ=ダイエイトは互いに鎬を削る。
命を奪うことはご法度となっているが、それは命の危機があるということでもある。
極限状態。それはそれは大変であるが、ヤヤーナ=リバルツよりは遥かにマシである。
お茶会でしでかした事が原因でこうなっている二人に対し、茶会で暴れられ、決闘騒ぎになり、何とかその場を収めねばということで『決闘茶会』という催しをやらざるを得ない状況に陥っているヤヤーナは貧乏くじも良いところだ。
しかし、泣き言は言わない。
(このボクの茶会があんな終わり方なんて許される訳がない。カテナさんにあんな顔をさせたことは、アイツにあんなことをさせた責任はこのボクにもある。)
本音も隠している。
そして、やり遂げる。
それがヤヤーナ=リバルツとしての矜持だから。
「えっと、茶会だからまた料理の準備をしないとか……」
「ヤヤーナ様。」
「お茶は、ウチに今ある分で足りるか?」
「ヤヤーナ様。」
「食材は?料理はこの前と同じ方法じゃ……」
「ヤヤーナ様。少し休憩をなさっては?」
「あ、天気も考えないとか……気流操作が得意な者は……」
「ヤヤーナ様、少しは休めましたか?」
「はい。」
メイドが仁王立ちし、主人が縮こまって座っている。休んでいると、言えなくもない。
「時間は有限です。時間は迫っているでしょう。しかし、落ち着いて下さい。」
「けど。」
「ヤヤーナ様1人で出来ることなんてたかが知れています。身の程を知ってください。
まだ2週間あるんですよ。そして、この状態で貴方は2週間続けられますか?」
「出来ません。」
「なら落ち着いて下さい。
貴方は確かにそれなりに有能です。けれど限界はあります。
そして、貴方は有能である以上に人望があります。
貴方の行いが友人を助けるためであることは我々使用人一同承知しています。そして、そんな貴方が大好きだからこうして貴方の力になろうとしています。
もっと頼って、もっと堂々と余裕綽々と振舞って下さい。」
「はい、ごめんなさい。」
「は?」
メイドが主人を跪かせ、あろうことか主人の謝罪に対し、眼鏡を指先で持ち上げながら上から目線で睨みつけている。
「我々は主人の『ごめんなさい』が聞きたくてやっている訳じゃありません。
我々は貴方の『ありがとう』を聞きたいのです。」
「皆、ありがとうございます。」
「あー、坊ちゃん。お取込み中ですか?」
酒瓶を手に庭師が帰ってきた。
「今終わりました。そちらの首尾は?」
「へぇ、クーネさん。声を掛けたら目ん玉キラキラさせて、『明日朝一番から仕事にかかる。』ってことでした。お陰で一杯引っかけるチャンスを逃しちまいやした。」
「ご苦労様です。」
「あぁ、それと、もう1人紹介したい人が……」
「何ですか?」
庭師が部屋の入口に目を向ける。そこから現れたのは……
「ヤヤーナ様、当主様より『浮気者の老いぼれは要らない』と言われてしまい、帰る場所が御座いません。当分、2週間ほど貴方様の使用人として雇っては頂けませんか?
当方、ジー=ヤーンと申しまして、リバルツ家の執事を長年勤めておりました。
この手の決闘の際の雑務やお客様に出す料理の腕に自信が御座います。如何でしょう?」
「是非、お願いします。」
おかしいな、そもそも君が決闘するはずだったろ?どうしてこんな役回りになってるんだ?




