コックと坊
アイツはいない。
ここからならカテナが見ることもない。
誰もいないことを確認して……
『身体強化』
曇り空の下、走り出す。
相手がいないから模擬戦は出来ない。
今更新しい魔法を覚えようとしても、多分間に合わない。
なら、今知ってる魔法を使って使って使って使って……勝ってやる。
相手が強いからなんだってんだ。
『身体強化』
走って走って走って走って走って走って走って走って……体が冷えて寒気がして、動けなくなるまで走る。
『火炎』
寒かったから火を出して暖まる。
魔力を加えてもっと、もっと、もっと熱く大きな火を生み出す。
熱いけど今は無視。
『地形操作』
地面にマークをつけて、そこに柱を出す。
より早くより大きく正確に。
『強度強化』
作った柱を力一杯殴る。
衝撃が自分の手に戻ってくる。
痺れて痛い。構うもんか。
殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って………………………………。
「よう坊。そんなもの殴って楽しいか?」
後から声が聞こえた。
「……なんだよ、レイバックかよ……」
「挨拶だな坊。当家自慢のコックがこんな夜更けにスープを持って来たのに。」
雲の切れ間から射す月光がスープ入れを照らす。
「ありがとう。」
「気にするな。朝食の仕込みのあまりで作った有り合わせだ。」
スープの入った容器を投げる。
「あぶなっ…………」
月光の反射を頼りに、なんとか温かい金属に手を伸ばした。
「冷めない内に喰っちまいな。」
トマトベースの赤いスープだった。
色はほとんど解んないけど、匂いと味で解る。
「カテナの嬢ちゃんがいじめられて、カッとなって喧嘩売って、ダイエイト家のところの坊と決闘することになったってな。」
「知ってたのかよ。」
「コックの耳を舐めるなよ。新鮮な野菜の音、肉の火の入り具合、スープの温度。それらは目だけじゃなく耳も使う。
そんな大事なら耳に入る。」
「そうだよ。考え無しに決闘叩き付けて、カテナを泣かして、ゴードン家の名に泥を塗って、家庭教師にも見放される様な大事だよ!
ボクはそんなことやった犯人だよ!」
「落ち着け坊。俺は良いだろと思うぞ。
好きな奴泣かされて腹立たない奴なんているか?いない。
お前さんのやり方は確かに少し乱暴だったし考え無しだった。それは認めよう。
だがな、それを反省して、誰にも泣き付かず、逃げもせず、今どうにか解決しようと足掻いてるお前さんは、中々良い男だと思わないか?」
「そんなこと……」
「それに、だ。魔法で先にちょっかいかけてきたのは向こうなんだろ?
あっちの坊ちゃんが止めずに決闘茶会なんてものを決めたのは、向こうにもしっかり非があると思ってるからだと思うが、違うか?」
「ヤヤーナがそんなこと考えてる訳ない。」
「そうか、まぁいい。体温まったろ?
なら、始めるか。」
「そうする………ん?」
変なことを言った気がした。
ブックマーク新たに頂きました。ありがとうございます。
ここ数日、好調です。




