それぞれの思いと思惑の夜
夜。
事情を聴いたゴードン家当主はシェリー君の宣言に対して何も言わなかった。
薄く、優しく、シェリー君とクソガキを見てただ一言、『そうか……。』とだけ言った。
後程、シェリー君には休暇が与えられた。名目は『毎日働いていた分』ということだった。
技巧を尽くしたコックの夕食を終え、自室に戻る。
「私が、悪かったのでしょうかね?」
自問自答に近い問い、だが苦悩を帯びた声だった。
手元の宝石を光に当て、ため息を一つ。
「いや、そんなことはない。君は悪くない。寧ろ良いくらいだ。」
「あの発言、どこまで信じれば良いでしょうか?」
「『証言』なんてものは乾いていない粘土の様なものだ。いくらでも捏ね、元の形なんて全く残さないようにすることも出来る。
だが、『やるべきこと』と『やりたいこと』は違う。
折角休みを貰ったんだ。好きに有効活用するといい。」
それを聞いて、シェリー君が黙って目を瞑る。
「であれば、私は私のやりたいように、やりましょう。」
立ち上がった。
迷いは無く、目は先を見ていた。
扉が静かに叩かれた。
「夜中の来客とは、珍しいものだ。」
「招かれざる…ではないので構いませんよ。」
扉を開けると、予想通りの客人がいた。
「…………久々だな。」
溶けた蝋で封印をした後で、そう呟く。
事情は聞いた。
モンテルの思いは解るし、正しい。
だが、シェリー先生の考えは深く、先を見ている。
大人として、父として、子の肩を持つべきだろう、持ちたい。
『感情で目の前だけ見てはいけない。』そう、言われた気がした。
だから、自分に出来ることは精々これくらいだ。
流石に、封をしたまま破るなんてことはあるまい。
「申し訳ありません。」
頭を下げる。
誰がやったかではない。客人らがやったことであっても、自分は主人である。
他の客人に不快な思いをさせたことに変わりはない。
挙句に勝手な決闘の見届け人になり、貴族の子息二人を『決闘茶会』などという下らない催しの見世物に仕立てようとしている。
大失態だ。
頭を下げたまま、沈黙が続く。息が苦しい。
「私は、お前に言ったな。『好きにせよ、全ての責任はこの私が取る。』と。」
「はい。その言葉を頂きながら私は許されざる失態を犯しました。処罰は受けます。」
「信賞必罰、当然のことだ。だが、今のお前の振る舞いは完結していない。
今日の茶会、そしてそこで起きた失態を取り返そうとして行う『決闘茶会』なる愉快な催し。
それら全てを鑑みてお前への処分は下すべきだ。」
「……ごもっともです。」
「もういい、早く行け。頭を地に擦り付けても何も起こらない。この私であってもな。」
「はい、失礼いたします。」
「旦那様、誠に勝手ではありますが、暇を頂戴したく思います。宜しいでしょうか?」
「暇、だと?」
「はい。孫の様に可愛がっている子どもが友の尊厳を守るために庇い、窮地に陥っているそうなのです。
それを助けるべく、馳せ参じたいのですが……。」
「貴様は我が家の執事であろう。忠誠を誓うのは一つにせよ。
年甲斐も無く浮気をする老骨など私には要らん、何処へなりとも行け、好きにしろ。」
「はい。それでは、長い間お世話になりました。これにて、失礼いたします。」
「先生、俺の魔法をもっと巧く、強くしてくれ!」
「先生、俺の剣術をもっと鋭く、強くしてくれ!」
「先生、俺の槍術をもっと速く、強くしてくれ!」
「先生、俺の体術をもっと重く、強くしてくれ!」
自分が師事する者達に片っ端から声をかける。
自分が負けるなんて、最初から最後まで思っていない。
自分が勝つ光景だけ、最初から最後まで目の前にある。
だが、それでも、足りない。
より圧倒的な勝利を私のこの手に。
より圧倒的な敗北を不届き者に。
そうでなくては、妹の名誉は永遠に傷付いたままだ。
リアクション、SNSでの宣伝、ありがとうございます。しれっと楽しく拝見しております。
そして、いつの間にかなろうの投稿文字数が300万を超えていました。
凡骨にしては積みあがりました。皆様のお陰です。ありがとうございます。




