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虚飾と侮辱

 『ボクを馬鹿にしてるな。』

 そう思った。

 一方的に喋るだけ。

 しかもその内容は全部がペラペラのうそっぽい褒め言葉。

 イヤになってきた。

 カテナ、遅いな。一体何処まで行ったんだろう?

 笑顔で目を細めながら話を聞くフリをして、目だけ辺りを見回す。

 どこかな?どこかな?見当たらない。


 「お返しください!」


 カテナの声がした。

 体が動いていた。

 「ごめん!」

 取り囲んでいた奴らを避けて、声のした方へ走り出す。

 こんな場所で大声を出したらマナー違反だとか、そんなことは考えてない。

 普段から大人しいカテナがあんな風に声を出すなんて、普通じゃない。



 「お返しください!

 それは、先生からお借りした大切なものなのです!」

 手を伸ばそうとするが叶わない。両手を左右からしっかりと掴まれている。

 しかも、振りほどくわけにもいかない。何故なら……

 「メイド風情が首飾りを借りた?

 冗談でしょう?この卑しくて浅ましい泥棒!」

 全身真っ赤なドレスにド派手な化粧、貴金属に身を包んだ反射が目に痛い派手過ぎる女がそこにいた。

 その手には赤いジュース、そして、首飾りが握られていた。

 奪い取った首飾りを、汚いものでも見るように一瞥して。

 「ほら、やっぱり偽物(・・)

 メイドがこんなに着飾ってお茶会に来るなんて、おかしいと思ってたのよ。

 あるわけないでしょう、そんなこと。」

 カヨウ=ダイエイト。

 幾つもの宝石眠る鉱山を持ち、また、それを加工する職人と商人の街を領地に持つ有力貴族の家の娘である。

 そして、カテナの両腕を押さえているのはダイエイト家のメイドである。

 「その服も主人の衣装部屋からくすねたものでしょう。

 そんな泥棒風情が高貴なお茶会に足を踏み入れて殿方を誑かすなど……恥を知りなさい!」

 そう言い放ち、一口だけ口にしていたグラスの中身をぶちまける。

 両腕を押さえられ当然避けられず、頭からそれを浴びる。

 「あなたには過ぎたもの。これで相応しくなったわね。」

 クスクスと両腕から声が聞こえる。

 「これは私が主から与えられたもの。その手にあるものも、先生から借り受けたもの。

 断じて、断じて他者の物を盗むような、主に恥をかかせるような真似は一切しておりません!」

 激高している。

 借り受けた首飾りを奪われ、折角用意してもらえたドレスを汚され、その理由は言いがかり。怒って当然である。

 だが、自分の腕を拘束するメイドに危害は加えていない。

 相手は貴族の娘で自分はメイド。この場にいる主に恥をかかせる訳には、迷惑をかける訳にはいかない。

 だから、自分の中の、感情を、必死に抑え込めていた。

 自分に対して向けられる悪意や侮辱なら、なんてことはない。

 「これの主なんて、まぁ何処の馬の骨なのという話です。」

 だからそれは禁句であった。

 さっきまであった激しい感情が引いていく。

 体の内から沸き上がる熱は引き、冷たくなっていく。

 荒く大きくなっていた呼吸音が静まり、深く、ゆっくりに。

 強張っていた表情が緩く、静かに、そして冷たく笑う。

 「そこまで飾っておきながらこんな質素なメイド相手にわざわざお手間を取るだなんて、随分と余裕なのですね。

 しかし、私のような下賤な者との戯れは早々にお止めになって、貴女の飾り(・・・・・)に寄って来る(・・・・・・)殿方にご自慢をすれば良いではありませんか。

 きっと見て、褒めて下さいますよ、その飾りを。」

 花を愛でる時に見せる笑みは、そこには無い。


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